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なぜ米国FDAはタバコの「ニコチン量規制」へ動いたか

石田雅彦科学ジャーナリスト
米国FDAのスコット・ゴットリーブ(Scott Gottlieb)長官(写真:ロイター/アフロ)

 2018年3月15日、米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration、以下、FDA)が、米国内での紙巻きタバコに含まれるニコチンの量に上限をつける計画を発表した。これによりタバコを止められないのはニコチン依存という病気という認識をはっきり打ち出すとともに、規制当局として電子タバコが流行している米国においてニコチン量のコントロールを急ぐ。

オバマ政権の遺産FSPTCA

 FDAはすでに2017年7月28日、タバコ関連疾患を低減させるための規制計画を発表している(※1)。これもタバコに含有されるニコチンの割合を中毒性がない量まで引き下げなければならないとする内容で、この発表の結果、米国のフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)を傘下に持つアルトリア・グループや英国のブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)など、タバコ会社の株価が大きく値を下げた。

 昨年からFDAは加熱式タバコ(加熱式電子たばこ)の米国内での販売認可について消極的な態度を示しているが、今回のニコチン量規制と同様、タバコ規制当局としてFDAにはこうした規制を強行できる法的な根拠がある。それは、オバマ政権時代に成立した家族喫煙防止タバコ規制法(Family Smoking Prevention And Tobacco Control Act、以下、FSPTCA)だ。

 このFSPTCAでは、タバコに含まれるタールやニコチン、その他の有害物質についてFDAが規制権限を持つとされている。2009年からFDAはタバコ規制当局として強権を発動してこなかったが、2016年のトランプ政権発足により新たにFDA長官になったスコット・ゴットリーブ(Scott Gottlieb)はタバコ問題に積極的だ。

 ゴットリーブ長官は、医師でもありニューヨーク大学医学部で教鞭をとっていたこともあり、タバコがどんなに大きな健康被害を米国民に及ぼしているか、よく知っているのだろう。もちろん、ニコチンがタバコにとって重要な薬物だということも熟知しているはずだ。

 受動喫煙を含むタバコの煙が、多くの病気の原因となることは広く周知されている。FDAも「米国ではタバコにより毎年約48万人が死んでいる」とし、「タバコによる経済的損失は年間約3000億ドルに達する」という。

 一方、タバコを止めたいがどうしても止められない喫煙者も多い。止められない理由は、タバコがニコチン中毒という身体的な薬物依存症であると同時に、喫煙習慣により心理的な依存症にもなっているからだ。禁煙するためには、ニコチンという薬物依存と心理的な依存から脱却しなければならない。

ニコチンという薬物による依存症

 タバコを止められない理由が、ニコチンという薬物と心理的なものにある、という認識はまだ多くの人に共有されているわけではない。FDAの施策は、ニコチンというタバコに含まれる薬物による依存症という側面をより広く知識普及させる目的もある。

 現在ではBATになっている米国のタバコ会社にブラウン・アンド・ウィリアムソン(Brown & Williamson Tobacco Inc、B&Wタバコ)があり、かつてラッキーストライクやパーラメントなどは同社から発売されていた。このタバコ会社は、ニコチンの中毒性を知りつつ長く隠蔽し、より中毒性を高めるための研究をしてきたのだ。

 1993年、内部告発により同社の陰謀が明るみに出たが、この事件と一連の顛末はアル・パチーノとラッセル・クロウが出た映画『インサイダー(The Insider、1999)』で描かれたので知っている人も多いだろう。B&Wタバコから出た有名な言葉に「タバコ産業のビジネスとは、依存性のある麻薬、すなわちニコチンを売ることである(1963)」というものがあるが、同社はアンモニアなどを添加することでニコチンの中毒性を高める研究をしていた。

 タバコ会社は、喫煙者がどの程度のニコチン量でタバコを止められなくなるか、よく知っている。そのギリギリの分量を調整し、ニコチン依存症という喫煙者を減らさず、加熱式タバコを含むタバコを売り続けることがタバコ会社の目的だ。

 今回のFDAの計画では、最終的な目標を「ニコチン依存にならない量に抑える」としているが、喫煙者を燃焼によって生じる有害物質から遠ざけると同時に電子タバコや加熱式タバコについては厳密に評価するとしている。タバコ会社は新製品を出すたびに新たにFDAから販売承認を受けなければならないが、昨年の発表では葉巻やパイプタバコは2021年8月8日まで、電子タバコについては2022年8月8日まで申請猶予としている。

 従来の紙巻きタバコはこれに入らないため、今回のニコチン量規制の対象となる。今後、ニコチン量の上限値をどこに設定するかや、規制はいつどのように行うかなどについては、パブリックコメントや科学的データなどに基づいて決めていくようだ。

将来的に米国の喫煙率は1.4%へ

 FDAは研究者に対し、ニコチン量によってどれくらいの影響があるか評価する研究を行わせている。米国の医学雑誌『New England Journal of Medicine』のオンライン版に出た論文(※2)によれば、ニコチンの含有量規制をすれば、1年以内に約500万人の喫煙者を禁煙に導くことができるようだ。

 この研究では、ニコチン量規制により新たにニコチン依存症になることが避けられる人は2100年までに3300万人を超え、若年層の喫煙回避に効果的と予想している。また、規制を続ければ将来的に喫煙率を1.4%(現在の米国の喫煙率15%)にまで下げる可能性もあるようだ。

 米国の投資家ウォーレン・バフェット(Warren Buffett)はタバコという商品について「作るのに1セントしかかからないのに売るときには100倍の1ドルになる。おまけにユーザーは病みつきになり、好みのブランドに対するロイヤリティは驚くほど高い」と語った。

 研究者の中からは、ニコチンの量を減らしてもタバコ商品の売上げを伸ばすだけと批判的な声もある。ニコチン依存症の喫煙者は、自分が満足できる分量のニコチンを摂取する傾向があるからだ。ゴットリーブ長官は「規制を実施すれば、高いニコチン含有量の闇タバコが密売されるなどの予期できない問題が生じる可能性もある」というが、ニコチン量規制と違法タバコの問題は別だろう。

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今回のニコチン量規制が実施された場合の米国の喫煙率予想。破線はベースライン(何もしない場合)で灰色は予想範囲、実線が予想率。Via:Benjamin J. Apelberg, et al., "Potential Public Health Effects of Reducing Nicotine Levels in Cigarettes in the United States." The New England Journal of Medicine, 2018

 日本では財務省と厚生労働省が主にタバコの規制当局になっているが、米国でニコチン量規制が行われた場合、どうなるだろうか。

 日本のタバコ市場はJTの寡占もあり閉鎖的だ。国内への波及や影響はそう大きくないだろうが、この動きが世界市場へ拡がっていくとJTとしてもニコチン量について考えなければならなくなる。

 おそらく、英国やEU諸国のタバコ規制当局もFDAの決定に何らかの影響を受けると考えられる。加熱式タバコの販売認可なども絡み、今後もFDAと米国の動向には注視していきたい。

※1:「電子タバコにまつわる『企み』の兆候とは」Yahoo!ニュース個人:2017/8/28

※2:Benjamin J. Apelberg, et al., "Potential Public Health Effects of Reducing Nicotine Levels in Cigarettes in the United States." The New England Journal of Medicine, DOI: 10.1056/NEJMsr1714617, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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