発売から2カ月超 抽選販売が続くPS5 「売れない」報道真相は
昨年11月に発売されたソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション5(PS5)」ですが、2カ月を超えた今も抽選販売が続いてます。そして日本での販売数が伸びないのを受けて、PS5やソフトが売れないという話を見るようになりました。過激な見出しをつける「まとめサイト」だけではなく、新聞社からも「ダメ出し」の報道がありました。
【参考】PS5、ソフトが売れず転売の影響浮き彫り 日本市場軽視で消費者離れも(産経新聞)
もちろん、商品の品不足で批判を受けるのは企業の宿命です。昨夏、ゲーム機「ニンテンドースイッチ」やコミックス「鬼滅の刃」もそうだったように、批判は受け止めるしかありません。品不足に加えて、高額転売も横行し、販売店の対応もある程度の限界があるため、興ざめした人もいるのも確かでしょう。
なお転売対策として、ソニーが提供するネットワークサービスの個人情報を利用して、PS5を直売にするべきだったという声もありますが、販売店を無視することになるので、良策とは言い難いところです。仮に直売をしても、目先の利益につられて転売する人が一定数出るのは確実でしょう。
転売について「メーカーが解決するべき」との声もありますが、転売が「合法」である以上限界はあります。現状は、売り手の創意工夫と、転売商品を買わないという消費者の良識に頼るしかありません。報道でも転売の有効な対策が示されていないように、打つ手がないのが現状です。
◇PS5が「売れない」根拠
それはさておき、今であればPS5について「売れない」というイメージの記事を組み立てられるのも確かです。
PS5の初年度(2021年3月末まで)の世界出荷数は760万台以上を計画し、多くは主戦場である欧米に向けて出荷されて売れています。一方、ゲーム雑誌「ファミ通」を発行するKADOKAWA Game Linkageによると、日本での推計販売数は累計30万台に届いていません。これまでのゲーム機の発売初期と比べても少ないのは確かです。「日本はゲーム大国」というイメージがありますから、「なぜ日本への出荷割り当てを増やしてくれない?」となるわけです。
そしてPS5の専用ソフトはまだタイトル数がそろっていないし、PS4用ソフトとの併売がほとんどです。そもそもゲーム機(PS5)が普及してないので、ソフトが売れようはずがありません。つまりダウンロード販売を含めても「PS5のソフトが売れてない」というのは事実と言えます。
今は、発売4年目を迎えたニンテンドースイッチが大ヒットしているので、スイッチの売れ行きと比較すれば、PS5の「売れない」感はさらに強く出せます。
何より「PS5」と「売れない」の両ワードの組み合わせは刺激的で、面白いネタを常に探すメディアには魅力的に見えるでしょう。ただ、それは「落とし穴」にもなっています。
◇日本のプレゼンス低下には触れず
まず、日本市場でゲーム機が以前より売れなくなった事実があり、ソニーのゲーム機にはその色合いが濃いのです。世界のゲーム市場は約17兆円で、半分はスマホゲーム、残りをPCと家庭用ゲーム機で分け合う形になります。家庭用ゲーム機の世界市場規模は約5兆円なのですが、うち日本は約4000億円にすぎず、これ以上の伸びも見込みづらいのです。ところがこの手の「日本市場の軽視」という記事では、日本のシェアが低いことにはほとんど触れません。触れるとPS5の日本への出荷数をしぼる理由が正しくなるからです。
前世代機であるPS4の世界出荷数は1億1000万台以上ですが、日本のシェアは1割以下と推定されています。日本で爆発的に売れているニンテンドースイッチの出荷数でも、日本のシェアは4分の1もありません。「日本で専用ゲーム機が売れなくなったのはなぜ」という話になると、スマホゲームの普及ともに「日本の消費者(ゲームファン)の購買力が低下した」と指摘する関係者もいます。少子高齢化・人口減もありますから、日本市場の購買力向上が難しいのは確かです。
また「PS5の専用ソフトが売れない」という指摘もありますが、PS5に限らずとも、ゲーム機の発売初年度、専用ソフトの売れ行きは苦戦するのが普通です。ゲーム機がある程度普及しないとソフトをヒットさせるのは難しいからです。
さらにPS5は、PS4のソフトと互換性がありますし、ゲーム機(PS5)だけを買ってしまえば、人気ソフトが遊べる仕組みが用意されています。会員数4600万人を誇る有料ネットワークサービス「プレイステーションプラス」(月850円~)に加入すれば「モンスターハンター:ワールド」や「ファイナルファンタジー15」「バイオハザード7」などがプレーできるからです。しばらくPS5のソフトがそろわずとも、「プレイステーションプラス」の安定収益があるので持ちこたえられる……PS5が普及するまでの時間稼ぎができるわけです。また利益の高いダウンロード販売では、発売済みソフトの期間限定値引きなどができる強みもあります。
◇批判も興味の裏返し
話を元に戻しますが、PS5本体が店頭に売れ残っているわけではないのです。新型ゲーム機の発売初期には専用ソフトが売れない傾向にあることと、専用ソフトがなくてもしばらくは遊べるようにしたビジネスモデルには触れず、かつサブスクの収益にも言及せず、日本市場のプレゼンス(存在感)が低くなったことを説明せずに、「ゲーム機の転売でソフトが売れない」「日本市場の軽視」というのは、主要因とはいえませんし、説明も足りません。
そもそもゲームビジネスの仕組みをゲーム機とソフトだけで説明するのは過去の話でして、今では有料ネットサービスがカギになっているからです。サブスクの収益があるからソフトが短期的に売れないことを織り込んでビジネスモデルを組み立てられるようになったのですね。にもかかわらずソフトの売れ行きだけで論じると、妙なことになるわけです。
ネットでのPS5の品不足の批判は額面通りに受け取れず、興味があることの裏返しです。本当に興味がなくなれば、書き込みもしないはずです。いきつくところ、ユーザーの不満の本音は、PS5の日本向け出荷数が少なく手に入らないこと、転売が横行していることです。「ソニーは日本の企業だから、日本の出荷を優先してほしい」という心情があるのかもしれませんが、必要以上の日本のひいきは「他市場の軽視」になります。
ソニーは世界でビジネスをしており、ゲーム事業であるソニー・インタラクティブエンタテインメントのトップが日本人でないように、さまざまな国籍の人たちがいます。そして最も売れる地域に商品を売るという、ビジネスでは普通のことをしているわけです。
むしろソニーは、PS5の発売時期について日本を先行グループに入れたり、日本のコアユーザー好みのソフトをラインナップに加えたりして、一定の配慮をしている様子すらありました。しかし熱狂的なゲームファンからすれば「PS5が手に入らない」という事実がすべてなのも確かで、その切実な訴えは純粋であり、ゲームへの熱烈な“愛”の証でもあります。こうした消費者の不満を伝えるのも報道として大切ですが、メディアなのですから背景は的確に伝えて欲しいところです。
ともあれ「日本市場の軽視」の声は、家庭用ゲーム機が世界的なビッグビジネスになったことと表裏一体であると言えます。日本のプレゼンスが小さくなるほどに成長したのですから、それはゲームファンとして寂しくも、ある意味喜ばしいことにも思えるのです。