アメフトで「勝利よりも大切なもの」とは ~スーパーボウル優勝コーチから日本アメフト界への提言(1)~
ここ1ヶ月ほど世間を大きく騒がせた大学アメリカン・フットボール騒動。
テレビのワイドショーでは、アメフトとラグビーの違いが分かっていない『知識人』たちまでが野次馬的にこの喧騒に加担していた。
多種多様な意見が出たが、アメフトのエキスパートは今回の問題をどのように捉えたのだろうか?
全米大学体育協会(NCAA)とNFLの両方でコーチを務め、NCAAとNFLの両方でチャンピオンに輝いた日系アメリカ人のロッキー瀬藤氏からのアドバイスをお届けする。
まず簡単に瀬藤氏の紹介から始めたい。
日本からアメリカに移住してきた両親の下、日系2世としてロサンゼルス近郊で生まれ育ったロッキー。
大学アメフトの名門、南カリフォルニア大学(USC)のフットボール部でプレーし、卒業後にはコーチとしてUSCに残った。2003年と04年には全米王者2連覇に貢献。2009年にはディフェンス全体の責任者であるディフェンシブ・コーディネーターに任命され、10年には師事していたピート・キャロル・ヘッドコーチ(HC)に引き連れられてNFLのシアトル・シーホークスに移籍。シーホークスでもキャロルHCの参謀役として活躍し、鉄壁ディフェンス陣を作り上げ、14年と15年に2年連続でスーパーボウルに出場。14年のスーパーボウルではペイトン・マニング率いるデンバー・ブロンコズを8点に抑えて、スーパーボウル優勝を飾った。その手腕はリーグでも高い評価を得ており、シーホークスでも15年からはアシスタント・ヘッドコーチに昇格してキャロルHCを支えてきた。
また、アメフトの安全性のスペシャリストでもあり、USAフットボール協会と一緒に「ショルダータックル」を普及させて、アメフトの安全性を高めている。早稲田大学で臨時コーチを務め、アメフトのコーチ理論と指導方を教えた経験もある。
そんな瀬藤氏は敬虔なクリスチャンでもある。2016年のシーズン終了後には、「イエス・キリストの福音を伝える」ためにシーホークスのコーチ職を辞任して、キリスト教の牧師へと転身を遂げた。
アメリカでも考えられないルールを逸脱した危険なプレー
「危険な当たり方で、当たったタイミングもとても遅かった」と問題となったプレーを見た感想を口にした瀬藤氏は「フットボールはフィジカルでタフなスポーツだが、それらはルールで認められた範囲内でしか許されない。あの当たりは明らかにルールから逸脱したものだった」と指摘する。
少年時代からフットボールをプレーして、フットボールに30年近くも関わってきた瀬藤氏にとっても、「これまでにあのようなヒットは見たことがない。あれよりも乱暴で危険なヒットを見たことはあるが、あんなに遅いタイミングでのヒットは考えられない」と言い切るほどに異常なもの。
「映像を観たときに、私はボールの行方を確認していたので、初めは何が起こったか分からなかった。もう一度見返して、あまりにも遅いタイミングでのヒットに驚いた。現場にいたコーチ、選手、ファンが反則のプレーに気付かなかったのは理解できる」
プロ並の収益を誇るNCAAでも勝利至上主義は好まれない
瀬藤氏がコーチを務めていたUSCなどのNCAAの強豪大学ではスポーツ収入が1億ドル(約110億円)を超える大学が30校以上もあり、その収入の大部分がフットボール部によるものだ。
プロスポーツ並の売上と規模を誇るアメリカの大学アメフトでは、コーチの報酬もNFLに劣らない。NCAAのヘッドコーチの中で最も給料の高いアラバマ大学のニック・セーバンHCの年収は1113万ドル(約12億円)で、500万ドル(約5億5000万円)以上を稼ぐコーチは10人もいる。
これだけ経済規模が大きくなってくるとプロと同じように『勝利最優先主義』になりそうなものだ。
「USCのような名門校だと勝利という結果を残せなければ、首になってもおかしくはない」と瀬藤氏は勝利の重要性を口にするが、「勝利はとても大切だが、キャロルHCは勝利を追い求めるのではなく、自分たちが持つ能力を最大限に発揮してプレーすることを強調していた。選手、コーチ、試合に関わるスタッフの全員が最大限の力を出せば、試合に勝利する可能性はとても高まる。大学バスケットボール界の伝説的なコーチであるUCLAのジョン・ウッデンも「勝利」を追い求める指導はしなかったが、彼は7連覇を含む10度も大学バスケ界の頂点に立った」と勝利だけを念頭に置いた指導はしないと説明する。
勝利よりも大切なもの
周囲から勝利を求められるコーチたちは、結果を出さないと大金を保証されないが、勝利よりも大切なものがあることを常に自分たちに言い聞かせていると言う。
「お金が持つ力は大きく、人や組織を惑わしてしまうこともある。だからこそ、コーチたちは、なぜこの仕事に就いたのかという気持ちを忘れてはならない。子供の頃にフットボールをプレーした理由は、このスポーツを愛していたからであり、お金のためではなかった。スポーツを愛して、チームメートを愛して、コーチを愛する。(瀬藤氏が育て上げた)シーホークスのディフェンシブバック陣は「Legion of Boom(ブームを巻き起こす軍団、爆音軍団)」、略してLOBと呼ばれていたが、中心選手の1人だったカム・チャンセラーはLOBは「Love Our Brothers(兄弟愛)」の略だと何度も言っていた。NFLでも愛がプレーする大きなモチベーションになっている。選手、コーチとしてUSCではたくさんの素晴らしい経験をさせてもらい、思い出もいっぱいあるけど、最も大きな財産はフットボールを通して築いた人間関係であり、信頼関係なんだ」
NFLの歴史に名前を残す名将として名を残し、スーパーボウル優勝チームに与えられるトロフィーに自らの名前を付けられたビンス・ロンバルディ氏も「勝利が全てではなく、勝利のための努力が大切」と選手たちに説きながら指導をしてきた。