新幹線の壁 本当に越えなければならないのは「4時間の壁」ではなくて「1万円の壁」という現実。
いつのころからか、新幹線に乗ってもらうには「4時間の壁」があると言われるようになりました。
乗車時間が4時間までであれば新幹線。4時間を超えるようであれば飛行機にお客様は流れる。
飛行機というのは空港までのアクセスがありますから、新幹線に比べると飛行時間は短くても区間所要時間はその分がプラスされます。
それを考慮に入れても、新幹線で4時間を超える乗車時間であればお客様は飛行機を選択する。
これが、新幹線が越えなければならない「4時間の壁」という問題です。
昨今ニュースになっている青函トンネルの高速化は、まさしくこの4時間の壁を越えるために検討されているもので、新幹線が最高速度で走るとトンネル内の風圧ですれ違う貨物列車が脱線してしまう影響があるから、貨物列車の形を変えて風圧を受けにくくしましょうとか、日中時間帯には貨物列車を走らせるのをやめましょうとか、あるいは貨物列車は船で運びましょうなどという議論が始まっているのです。
でも、その「4時間の壁」というのは本当に存在するのでしょうか。そして、その「4時間の壁」を越えることができれば、本当に新幹線は飛行機に勝てるのでしょうか。
筆者はどうもそのあたりが、以前からまことしやかに言われている割には、実際のところ現実的ではないと考えています。
2地点間の輸送における壁
東京から西へ行くとします。
東京ー新大阪 2時間40分(のぞみの標準的な所要時間)
東京ー岡山 3時間20分
東京ー広島 4時間0分(最速列車は3時間56分:4時間の壁を切っています)
東京ー博多 5時間0分
新幹線ではこれだけ所要時間がかかります。
そして、どの区間も並行して飛行機が飛んでいます。
岡山までは新幹線利用者が多いですが、広島になると新幹線と飛行機が同じ比率になります。
博多になると断然飛行機で行くという人が多くなります。
これが、いわゆる4時間の壁と言われているものです。
東北、北海道方面では
東京ー仙台 1時間30分(はやぶさの標準的な所要時間)
東京ー盛岡 2時間10分
東京ー新青森 3時間10分
東京ー新函館北斗 4時間15分
新幹線開業前までは東京から仙台、盛岡(花巻空港)まで飛行機が飛んでいましたが、新幹線ができて航空路線が廃止されたのはこの4時間の壁と言われています。でも不思議なことに3時間10分の青森でも、今の時点で東京からの飛行機が1日6往復飛んでいますし、手前の八戸でも新幹線での所要時間が2時間50分程度にもかかわらず、東京からの飛行機が1日3往復と数は少ないものの就航しています。
もちろん函館は東京からの航空路線として、新幹線開業前からたくさんの便が飛んでいて、今でも1日10往復もの便が就航しています。
こういう現実を前に、青函トンネルの貨物列車を運休させたり、貨物列車を丸ごと船に乗せたり、あるいは新幹線の車両の先頭部分をもっともっと鼻を伸ばして、乗るお客様の数を減らしてでも速度をあげて、あと15分か20分、東京からの所要時間を短縮させることで、本当に新幹線に軍配が上がるのでしょうか?
鉄道関係者のこの考え方は実に不思議な思考回路のような気がしてならないのは筆者だけでしょうか。
なぜ「4時間の壁」にこだわるのか
ではなぜ鉄道会社も、監督官庁である国も、新幹線のスピードアップにそれほどまでにこだわるのでしょうか?
筆者が考えるその大きな理由は、彼らが鉄道の専門家だからです。
鉄道会社の偉い人というのは、学校を出て鉄道会社に入り、ずっと鉄道一筋で生きてきた人たちです。
中には中途採用で入った人もいるかもしれませんが、大きな組織ではそういう人たちは主流にはなれない構造がありますから、偉くなる人というのはほとんどの場合、最高学府を優秀な成績で卒業し、社会人になった時から鉄道一筋で純粋培養された人たちというのが新幹線を走らせる鉄道会社の現状です。
国もそうですね。出先機関などにいる若い人は別として、霞ヶ関でものを考えている偉い人たちというのは、鉄道会社の幹部と同じように純粋培養された人たちが多く、鉄道畑、航空畑など「畑」とよばれるところで長年その業界を見てきているような人たちです。
そして、そういう専門家集団は、その分野について細かく考察するということは得意ですが、視野が実に狭いという弱点を持っています。
あまり国の悪口を言うと怒られそうですからちょっと付け加えますが、最近、貨物の機関車に私鉄の電車を連結して北海道を走らせようなどという奇想天外な発想が出てきているのは、国の上の人たちがフレキシブルになって来ている証拠ですから、近い将来には隅田川貨物駅(東京都荒川区)から貨物列車に併結されて札幌行の寝台列車が走ることになるかもしれないと筆者は期待しているのです。しかし、そうやって国の方はフレキシブルになって来てはいるものの、実際問題として、鉄道の専門家集団であることは間違いありません。そして鉄道の専門畑を歩んできた人たちというのは、地べたの上を一生懸命走ることしか考えていないのです。
お客様というのは、今の時代たくさんの選択肢を持っているにもかかわらずに、です。
筆者は40代後半まで20年以上航空会社に勤務した後、公募で選ばれて、いすみ鉄道という小さな会社ではありますが、鉄道会社の社長に就任し9年間にわたり社長として鉄道の仕事をしてきました。こういうことは筆者の人生では「神様のいたずら」のようなものであり、日本の世の中では筆者のような経歴は異端なのです。つまり、鉄道業界や国の幹部から見ると、ときどき突拍子もないことを言い出す筆者は「あいつは馬鹿か。」という存在なのですが、筆者的には「鉄道業界と航空業界の両方を経験してきた日本における貴重な人材である。」と考えるのであります。(笑)
そしてその「異端児の馬鹿の目」で見ると、4時間の壁というものは確かに存在するかもしれないけれど、それ以外に越えなければならない壁が存在するのではないかということなのです。
越えなければならないのは「1万円の壁」
新幹線という乗り物が、「乗っていて楽しい乗り物」であり、「乗ってみたくなるような乗り物」であれば、たとえ5時間かかっても6時間かかっても、お客様にとって「新幹線で行こう」という動機になると思います。でも、昨今の車内販売廃止に見られるように、鉄道会社は一部の路線を除き、新幹線に「乗って楽しい」とか「乗ってみたくなるような」列車の要素を排除して、できるだけオペレーションコストを低くして、それでいて運賃+特急料金というシステムは守りたいと考えています。そのために目指しているのが「4時間の壁」ということなのでしょう。
でも、それはあくまでも上記で述べたように「2地点間の移動」のための手段として考えた場合の論理であります。
新幹線も飛行機も、あるいは高速バスも、「移動」という商品です。「移動」を商品と考えた場合、お客様に商品を選んでいただくポイントというのは、価格、所要時間、快適性、サービスなどさまざまです。その中で新幹線の強みというのは「所要時間」であると鉄道会社は考えているようで、その所要時間を短縮するために頑張って越えようとしているのが「4時間の壁」ですが、その他の価格、快適性、サービスなどはどう考えているのか疑問が残ります。
これは東京ー青森間のバス、飛行機、新幹線の比較サイトです。
東京から4時間の壁を50分も切っている青森ですが、実は新幹線は時間でも価格でも敗者になっていることがわかります。
新幹線という商品は決して速くない、でもその割には安くもないのです。
青森はあくまでも一例ですが、今、日本全体でこういうことが起きています。
そして、若者を中心にした利用者が「どこへ行こうかなあ。」と旅行先を計画するときに、まずこういうサイトを見て、新幹線で行こうか、それとも飛行機で行こうか、バスで行こうかということを考えているのですが、考えているのは目的地への手段だけでなく、「どこへ行こうか」という目的地そのものも選んでいるのです。
京成上野駅構内に大きく掲示されている格安航空会社(LCC)の広告です。
沖縄県の下地島(宮古)に新しく開設する航空路線のPRですが、成田から宮古まで6990円。
こういう広告を見たら、若者たちは「へ~、行ってみようか。」となりますよね。
若者ではない筆者のようなおじさんでも行ってみたくなります。
この価格は就航記念キャンペーン価格で、アイキャッチの意味で大きく金額が出ているものだと思いますが、ご存じの通りLCCはマーケットの状況に応じて細かく料金設定を変えてきますから、それを上手に利用すれば、今の時代だいたい片道1万円あれば全国どこへでも旅行ができます。
ということは、新幹線というのは商品としての価格の問題を克服しない限り、せいぜい利用されるのは1万円の範囲内。
東京から見ると、福島、新潟、長野、静岡の先あたりまでということになるでしょう。
つまり、新幹線で片道2万円も払って旅行へ行くぐらいなら、LCCで南の島へ行きましょうというのが若い人たちを中心に始まっているのですから、長野も軽井沢も那須高原も伊豆半島も、もしかしたら競争相手は沖縄であり北海道であり、場合によっては海外になる時代だと言えるのです。
そう考えると、新幹線の沿線は観光地としての魅力がどんどん失われていく可能性があるということで、観光旅行をこれからの重要な地域産業と考えた場合、上記のような「旅サイト」の検索対象から新幹線は価格面ではいとも簡単に外れてしまうことになりますから、新幹線沿線地域は「何処かへ行きたい。」と目的地を探す旅行者の初期需要には答えられない地域ということになります。
初期需要がなければ当然リピーター需要もありませんから、そういう地域の産業は今後はじり貧になってくる。
そして、そういうことが若い人たちから始まっているのです。
日本全国の田舎がどうやって都会人に自分たちの地域を振り向いてもらうかという時代に、今新幹線が走っている地域はもちろん、新幹線が来るのを待ち望んでいる地域の人たちも、全く別の戦略を考えなければならないと筆者は考えます。
では、その全く別の戦略とは何か。
それは、「何処かへ行きたい。」と考えている人たちではなく、「わざわざ行ってみたい。」というお客様のマーケットを掘り起こすことで、そういうマーケットを上手に見つけだすことができた地域は、新幹線がなくても、LCCが来なくても、都会から遠くても、生き残っていけると筆者は考えます。
例えばの話ですが、先述の青森を例にとると、「何処でもいいから旅行に行きたい。」というマーケットではいくら新幹線が通っているとはいえ、お客様の選択肢から外れるかもしれませんから、「ぜひ、青森に行ってみたい。」というマーケットを探すか、あるいは創造しなければならないということです。
そういう時に、例えば「津軽鉄道のストーブ列車」の存在は、地域にとってのスーパーコンテンツであると言えるのです。
なぜなら、あの津軽鉄道のストーブ列車は、東京の人ばかりでなく、外国人も「わざわざ乗りに行きたくなる存在」であって、それに乗るためには青森へ出かけようという気持ちになるからで、津軽鉄道に乗りたいということが、「青森県」という観光商品を購入する強い動機になっているからです。
私の知り合いで、田舎の町の商店街の講演会で、「皆様の敵はアマゾンにいるんですよ。」と言った人がいます。
今から5年ぐらい前の話ですが、「俺がこう言ったら、皆ポカーンとしていたよ。多分わかってないんだろうなあ。」と笑っていました。
あの南半球のアマゾン川のどこに商売敵がいるんだ?
当時の田舎の人たちは、きっとそう思ったことでしょう。
でも、今なら皆さんご理解できますよね。
だったら、「越えなければならないのは1万円の壁」ということも、きっと、そのうちご理解いただけるのではないかと期待しております。
世の中に新しい需要を見つけること、需要を創造するということは、そういうことだと筆者は考えますが、いかがでしょうか。
※文中の写真は筆者撮影。