マイナビ仙台レディースの心臓、MF長野風花の原点。礎を築いた2年間と、シャビ・エルナンデスのプレー。
【マイナビ仙台の攻守を支えるキーマン】
ボールを奪ってからゴールネットが揺れるまで、わずか6秒。まさに電光石火だった。
WEリーグ第4節、マイナビ仙台レディース対ちふれASエルフェン埼玉戦。マイナビ仙台が決めた2点目は、稀に見る美しいカウンターだった。
その起点となったのはマイナビ仙台のMF長野風花(ながの・ふうか)。自陣右サイドでボールを奪うと、相手陣内に広がったスペース目がけて右足を振り抜いた。距離にして60m超のロングフィードに、FW宮澤ひなたが快足を生かして相手DFより一歩先に追いつき、左足でコントロールした次の瞬間、鋭いシュートがゴールネットを揺らした。
「チームメートの特徴を活かすことを意識して、味方の動き出しや、相手の一瞬の隙を逃さないようにしています。相手がこうきたらここが空く、というスペースの使い方や、アグレッシブにプレーすることなど、学ぶことが多くて毎日充実しています」
その言葉からもわかるように、長野は味方を生かすことで輝くボランチだ。飛び抜けたスピードや高さやドリブルがあるわけではないが、柔らかいボールタッチで相手の逆を取り、長短の精緻なキックでチャンスを作り出す。
そのプレーはなでしこジャパンの池田太監督の目にも留まり、ダブルボランチを組むMF隅田凜、FW宮澤ひなたと共に、10月の新生なでしこジャパンのトレーニングキャンプに招集された。代表のジャージに袖を通すのは久しぶりで、代表合宿期間中、長野は「レベルの高い選手たちとプレーできることが本当に楽しいです」と、生き生きした表情で語っていた。
昨季までは、なでしこリーグ2部だったちふれASエルフェン埼玉(現WEリーグ)でプレーしていた。マイナビ仙台に移籍した今季、最高峰のプロリーグでも同じポジションで変わらずに活躍できていることは、長野の非凡な調整力を示している。それは、長野が2部でプレーしていた時から意識的に身につけてきた能力でもある。
「昨年までちふれ(EL埼玉)で2年間、状況に応じてボールをどこに置くか、といった細かいプレーを学びながら、速いプレッシャーの中でもプレーできるように日々、意識して取り組んできました。だから、WEリーグでゲームスピードが上がった中でも、2部との大きな差を感じることなくプレーできています」
【礎を築いたEL埼玉での2年間】
今年22歳になる長野は、日本の女子サッカー選手では前例のないキャリアを歩んできた。15歳で出場した2014年のU-17W杯で優勝、2016年の同大会(準優勝)で大会MVPに選ばれ、2018年のU-20W杯では、背番号10を背負って世界一に貢献した。なでしこジャパンのデビュー戦を飾ったのは、19歳の時だった。
一見、誰もが羨むエリートコースを歩んできたように見える。だが、長野自身は常に現状に甘んじることなく、自分が成長できる環境を選び取ってきた。
最初の移籍は2018年。ユースからプレーしてきた浦和レッズレディースを離れ、自身の成長と出場機会を求めて韓国女子サッカーリーグの仁川現代製鉄レッドエンジェルズにプロ契約で移籍した。日本よりもフィジカルの強い選手たちがしのぎを削る中で1年間、過密日程の連戦も経験してタフさを身につけた。
二度目のチャレンジは2019年。韓国からの復帰先として、当時2部だったEL埼玉を選んだことだった。
当時、フランスW杯と東京五輪を目指すなでしこジャパンの候補に入っていた長野が、国内1部ではなく2部へ移籍したことは、衝撃を持って受け止められた。W杯が半年後に迫る中、2部にステージを移すことで代表から遠ざかるリスクがあったからだ。
それでも移籍を決断した理由は、当時EL埼玉の監督を務めていた菅澤大我氏(現・FC町田ゼルビアアカデミーダイレクター)との出会いだった。当時、長野は移籍の理由をこう語っている。
「今までは、深く考えずに感覚的にプレーしていた部分がありました。でも、菅澤(大我)監督の練習に参加させてもらったら、感覚ではできないことが多かったんです。自分の課題が練習の中ではっきりと分かるようになって、『そこから逃げてはいけない』と思いました」
当時19歳ながら、地に足をつけて成長したいと腹を据えた長野の想いを受け止めるように、クラブも2部では異例のプロ契約を締結した。
その後、同クラブでは2シーズンプレー。結果的には2シーズンとも、タイトルに手が届かなかったが、日々の練習からサッカーを論理的に考える習慣が身につき、自身のプレーを着実に進化させた。長野本人が語る。
「『サッカーってこういうことなんだ』と、新鮮な感覚で学びながらプレーの幅を広げることができて、一つのタッチでもこだわるようになりました。今は『ここでボールを受けたらこのスペースが空く』というイメージがいつも頭の中にあって、相手の変化に対して判断を変えられるようになったり。以前に比べて簡単にボールを失うことがなくなったと実感しています」
新たなスキルを身につけながら、自身がピッチ上で最も大切にしている「ボールを受ける前の準備」を磨いてきた長野。キックのバリエーションも増やし、マイナビ仙台ではセットプレーのキッカーとしても存在感を見せている。
また、EL埼玉では、リーグ最長のキャリアを持つFW荒川恵理子との出会いも自分を大いに成長させてくれたという。年齢は20歳も離れているが、大先輩を前に萎縮するどころか貪欲に懐に飛び込み、「プロの一流の姿勢を隣で学びました」と、長野は目を輝かせる。
「ガン(荒川の愛称)さんは、自分が試合に出ていても出ていなくても、毎日、練習に取り組む姿勢が変わらないんです。『元気がないな』と思う日が1日もなくて、まったくブレなかった。それを見て、すごいな、と何度も思いましたし、自分もこうあるべきだな、と」
向上心が強くて人懐っこい長野を荒川も真っ直ぐに受け入れ、2人はまるで仲の良い姉妹のように波長が合っていた。
「ガンさんの髪型(アフロ)をいじることもありましたし、ぐいぐい行ってましたね(笑)。一緒にプレーしていてもすごく楽しかったし、いろいろな時間を一緒に過ごさせてもらって、本当に感謝しています」
【バルセロナの司令塔を教材に】
EL埼玉での2年間で選手としての礎を築いた長野だが、19年のW杯と東京五輪ではメンバー入りはならず。「もちろん、悔しさはあった」というが、日々、やるべきことは変わらない。荒川が教えてくれたように、長野はどんな時も、一日一日の練習を大切にしてきた。
東京五輪はテレビで観戦したという。画面越しに見る海外のトップクラスは、パワーやスピードに加えてテクニックも進化していると感じ、「自分がピッチに立っていたらどうプレーするか」をイメージしながら、頭の中で熱い戦いを繰り広げた。
映像を見ながらのイメージトレーニングも、長野にとっては習慣の一つだ。練習の合間や試合前によく見ているのは、かつてバルセロナを率いた司令塔のプレー動画らしい。
「シャビ(・エルナンデス)のプレーは異次元で、そこが見えているんだ!と。キックの質も高いので、自分のプレーに置き換えて見ると、勉強になることがたくさんあるんです」
シャビの身長は170cmで、海外の男子選手では小柄だったが、ピッチを俯瞰するような視野の広さと精密機械のような技巧で、バルセロナのサッカーに強さと美しさを共存させた。そのプレーを何度も見てイメージを膨らませながら、長野は試合のピッチに立つ。
マイナビ仙台は、11月6日(土)に日テレ・東京ヴェルディベレーザ、13日(土)に三菱重工浦和レッズレディース、そして21(日)にINAC神戸レオネッサと、国内3強との3連戦に臨む。WEリーグ初年度の優勝を狙うマイナビ仙台にとって、真価が試される1カ月となるが、長野に気負いやプレッシャーはない。
「今までの試合とは、強度もプレッシャーの速さも強さも変わってくると思いますが、自分たちのサッカーをしっかり表現して、自分自身も違いを見せられるようなプレーをしたいと思っています」
開幕から3勝3分と無敗をキープし、暫定3位(11月5日現在)につけているマイナビ仙台は、前線にスピードのある選手が多く、ダイナミックな攻撃が魅力で、選手層も厚い。その中でも、フル出場でチームを支えるボランチの長野は、松田岳夫監督が目指すアグレッシブなサッカーを支えるキープレーヤーだ。
強豪との3連戦でしっかり成果を残すことができれば、マイナビ仙台の躍進はもちろん、長野自身の代表復帰への道筋も見えてくる。11月29日(月)に予定される海外遠征のオランダ戦のメンバー入りも現実味を帯びてくるはずだ。
ブルーのユニフォームに映える背番号11は、どんなプレーでチームを導くだろうか。
*表記のない写真は筆者撮影