トヨタvsプジョー、さらに多くのメーカー参戦か?未来のル・マン24時間レースの姿を探る
トヨタが3連覇を達成して幕を閉じたル・マン24時間レース。
モナコGP(F1)、インディ500(インディカー)と並んでル・マンは「世界三大自動車レース」に数えられるが、近年は総合優勝を争うメーカーがトヨタだけで、トヨタvsプライベーターという構図のレースは盛り上がりに欠けていた。
自動車メーカーの華やかなワークスチームが総合優勝を争ってこそ、人々のル・マンへの関心は高まるというものだが、ル・マンとFIA WEC(世界耐久選手権)は来年以降、最高峰クラスのテコ入れに新規定を導入することになっている。
21年からハイパーカーが登場
2012年に始まったFIA WEC(世界耐久選手権)の最高峰、LMP1クラスは今年限りで幕を閉じる。アウディ、トヨタ、ポルシェがそれぞれ異なるアプローチのハイブリッドシステムを搭載したプロトタイプカーを導入したLMP1だったが、3メーカーのワークスカーが揃ったのは2014年〜16年の3年間だけ。
盛り上がりが短期間に終わったのは複雑なハイブリッドシステムを持つプロトタイプカーが高コスト体質だったということにある。スポーツカーレースの歴史の中で最もハイレベルな技術開発競争が行われたとも言えるが、F1並みにかかる開発コストは費用対効果が合っていなかったというのが正直なところだろう。
そこでル・マン24時間レースのネームバリューを活かし、LMP1よりも低コストで参戦できるソリューションが、新しい最高峰クラスのLMH規定だ。いわゆる「ハイパーカー」と呼ばれる規定で、最新のレーシングテクノロジーを詰め込んだ究極のスーパーカーで戦う舞台にしよう、というわけだ。
LMH規定ではベースとなる車両が20台以上製作および販売されるので、90年代にポルシェ911 GT1やトヨタGT-One(TS020)などが走った時代に近いイメージだ。車両のホモロゲーション(承認)が5年間有効で、レーシングカーとして長く使用できるのも特徴となっている。
そして、最高出力は現在のLMP1の1000馬力から750馬力程度に抑えられ、ル・マンでのラップタイムは3分30秒程度(LMP1は3分15秒〜20秒)を想定。マシンのデザイン、エンジン、ハイブリッドの有無などクルマづくりの自由度が高い一方で、レースではGTクラス同様に、BoP(性能調整)によってイコールコンディションに近づけられることになる。
この規定はメーカーやハイパーカービルダーからするとメリットが大きい。レースの車両規定に合わせた、レースでしか使えないマシンを製作するよりも、自分たちが作りたいハイパーカーを製作し、それをベースに作ったレーシングカーで出場できるからだ。
トヨタはLMP1マシンのトヨタTS050の技術を盛り込んだ「GR Super Sport Concept」を2018年の東京オートサロンで披露し、ハイパーカー規定によるレース参戦をいち早く示唆した。
FIAやル・マンを主催するACOにすれば、GTE-Proクラスに参戦する自動車メーカーがハイパーカーに興味を示してくれると思っていたのだが、手を挙げたのはハイパーカーのヴァルキリーを持つアストンマーティンだけ。しかし、同社はオーナーが変わり、今年2月に急転直下の参戦計画凍結を発表してしまった。
そして、9月に延期されたル・マン24時間のレースウィークになって、フランスのプジョーが2022年からの参戦を正式に表明した。当初はLMP1に参戦するレベリオンと提携しての参戦計画されていたが、レベリオンは今年2月に今季限りでの撤退を発表。プジョーは独自のワークス体制を敷き、ハイパーカーでル・マンに復帰することになった。
プジョーといえば、3.5L自然吸気エンジンのグループC規定の時代にトヨタとル・マン優勝を争った好敵手。2022年にはメーカー対決が見られることになりそうだ。
(Twitter: 2022年からの参戦を正式発表したプジョーのツイート)
2021年はトヨタvsアルピーヌ?
ハイパーカー規定は予想以上にメーカーからの良い感触を得られなかったが、トヨタが参戦を表明しているからには動き出すしかなかった。
2021年3月から始まる新シーズンにはトヨタの他に、LMP1に参戦していたバイコレス、そして米国のスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウス(SCG)が参戦を表明。今年と同様5台程度にしかならないと見られる。
しかし、ここに来て2021年に新たな刺客が登場した。ルノーのチューニングブランドであるアルピーヌがLMP1マシンでの参戦を発表したのだ。
アルピーヌはシグナテック・アルピーヌとしてLMP2クラスに参戦し、2018年、19年と2年連続でル・マンのクラス優勝を果たしている。ただし、車名はアルピーヌを名乗っているが、実際には他の多くのチームが使うオレカ07の名前を変えたものだ。
ルノーは2021年からF1ワークスチームもアルピーヌの名称に変更することになっており、同ブランドのプロモーションを強化していく姿勢で、その一環としてハイパーカーと混走が認められる2021年はLMP1マシンで総合優勝を狙っていく。
実はアルピーヌが使用するマシンはFIA WECでトヨタTS050のライバルとなったレベリオンR13。レベリオンは今季限りでの撤退を表明しており、そのリソースを使うことになる。当初はプジョーが復帰に向けて提携していたレベリオンがルノーのアルピーヌに車両を渡すとは、何とも皮肉である。
とはいっても、レベリオンR13のシャシーはオレカ07のOEM車であり、LMP2でシグナテック・アルピーヌが使い続けてきたアルピーヌA470(オレカ07)と基本的に同じもの。エンジンも同じギブソン製4.5L・V8で、LMP2ではパワーが600馬力に抑えられる。
LMH(ハイパーカー)はル・マンで想定ラップタイム3分30秒程度に性能調整されるが、それと混走するアルピーヌも当然、同じように調整される。3分30秒といえば、今年のLMP2がちょうどその辺りのタイムとなり、アルピーヌはすでに充分にデータがあり、信頼性があるリソースを使って挑戦しようというわけだ(レベリオンは2020年も総合2位、4位で完走)。
当然、他のチームがアルピーヌの真似をして、既存のプロトタイプカーで参戦してもおかしくはない。リソースはあるので、短い準備期間で参戦できるし、総合優勝に向けて千載一遇のチャンスだと捉えるのもアリだろう。
せっかくハイパーカーが走り出すのに、水を差すような既存のプロトタイプカーの参戦表明であるが、ル・マンの歴史を振り返ると、例外車の参加を認めて台数を確保するというのはレギュレーションの移行期にはよく起こる「ル・マンあるある」なのだ。
アメリカとの共通項、LMDhが大本命?
さらに2022年からはアメリカのIMSA(イムサ)が統括する「ウェザーテックスポーツカー選手権」とFIA WECの共通レギュレーション、LMDh規定がスタートする。LMDhはル・マン・デイトナ・ハイブリッドを意味し、ル・マン24時間レースにも、IMSAのデイトナ24時間レースにも出場できる新プロトタイプカー規定である。
(Twitter: IMSA)
IMSAの現行レギュレーション、DPiの発展形となる規定となっており、シャシーはLMP2がベース。オレカ、ダラーラ、リジェ、マルチマチックの4つのコンストラクターが製作するものを使用するが、ボディワークは下面を除いて自由にデザインできる。
また、エンジンはメーカー独自で開発できるが、ハイブリッドシステムはボッシュ製の共通のもの。ハイブリッドと言っても、エンジンの最大出力が630馬力なのに対し、共通のモーターから得るパワーは50馬力程度と小さい。
トータルパワーが680馬力程度のLMDhと750馬力のLMHがBoP(性能調整)されて、最高峰クラスとしてル・マン、デイトナの総合優勝を争うというコンセプトだが、もう何が軸なのか分からなくなってきている。ル・マンもデイトナもお互いの事情を鑑みながら、助け合ってメーカーの参戦を促していくしかないのだ。
LMH(ハイパーカー)規定はロードカーの販売で、レースで培った技術を詰め込んだ製品を顧客に提供できるというメリットがある。一方でLMDh規定は完全にレースのコスト削減策に主眼を置いた規定になっており、少ない予算と開発規模でレース活動を行いたいメーカーにとっては好都合なレギュレーションだ。
現在のIMSAのDPiにはダラーラのシャシーをベースにしたキャデラック、オレカのシャシーをベースにしたアキュラ(ホンダ)、マルチマチックのシャシーをベースにしたマツダが参戦しており、LMDh規定に移行することで彼らがル・マンにも出てきてくれたら嬉しい、というのが主催者のACO側の本音だろう。
ただ、ホンダとマツダと日本メーカーが出ているが、予算も活動もあくまで北米の現地法人が主体になっており、トヨタ、プジョーと戦うためにル・マン挑戦となれば、北米法人に丸投げというわけにはいかないだろう。
(Twitter: Mazda Motorsport /マツダのDPiマシン、RT24-P)
そして、LMDhへの興味を示しているのがポルシェである。過去19回、ル・マン24 時間レースを制した最多勝の耐久王にとって、20回目の優勝がかかっている。近年は電気自動車のタイカンを発売し、フォーミュラEにも参戦するポルシェだが、やはりブランド戦略の軸となるのは耐久レース。ポルシェが参戦を表明すれば、他のメーカーも刺激することになるだろう。
とはいえ、コロナ禍はまだ続いており、自動車業界の業績は今後も厳しい。LMH規定は2021年からスタートするが、LMDh規定は車両が揃うのが2023年になるとも言われており、このタイムラグと景気の悪化がさらなる迷走を産まないことを祈りたい。