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ダイバーシティを体現 舞台「チョコレートドーナツ」に見た演劇の力

中本千晶演劇ジャーナリスト
※記事内写真 提供:株式会社パルコ 撮影:引地信彦

「ダイバーシティ」という言葉を最近よく耳にする。日本語でいうと「多様性」の意味だ。国籍、性別、年齢、価値観などの多様性を受容し、様々な人材を活用することで組織を活性化していこうという考え方である。

 むろん反対の余地はない。だが、現実の世の中での建前と本音のズレのなかで、この言葉ばかりが妙に声高に叫ばれることへの違和感を感じてきたのも正直なところだった。

 

 さて、東京・PARCO劇場にて12月20日に開幕が叶った『チョコレートドーナツ』はゲイのカップルとダウン症の少年の物語だ。2012年に封切られ、話題を呼んだ映画の初の舞台化である。演出を手がけた宮本亞門の熱望により実現したのだという。翻案・脚本は谷賢一が担当する。

 ゲイであることを押し隠しながら、社会の差別や偏見と戦うべく検事局で働くポール(谷原章介)はある日、ショーパブで自由奔放に歌うルディ(東山紀之)に一目惚れする。

 一夜を共に過ごした二人が巡り合ったのが、ルディの隣の部屋に住むダウン症の少年マルコ(高橋永・丹下開登 ダブルキャスト)だった。母親から育児放棄されたも同然のマルコを自分が引き取って育てるのだといって譲らないルディ。その思いにほだされたポールは、自分とルディは従兄弟ということにして、生活環境の整ったポールの家に引き取るという策を思い付く。

 どこまでも真っ直ぐ、そして触ると手が切れそうなナイフのような感性を持つルディ。不条理なことばかりの世の中と折り合いながらも、忍耐強く戦い続ける選択をしたポール。対照的なカップルが育む愛はどこまでも一途だ。

 進行役を務めるポールの声が良い。世間との橋渡しが求められる役どころは、バランス感覚を持ち合わせたポールにはぴったりである。

 1幕、束の間の幸せなひととき。マルコが初めてポールの家にやってきた場面で、突如として涙が溢れてきてしまった。あわてて鞄の中のハンカチを探したが、ふと横を見ると隣の席の人も同じようにハンカチを目に当てている。それはまるで心がほどけていくような感覚、これまで感じたことのないような心地よい解放感だった。

 ああ、ダイバーシティの真の効用とは、もしかしてこういうことなのだろうか? ふと、そんなことを思う。

 二人はマルコに惜しみない愛情を注ぎ、大切に育てた。だが、やがてウソがばれ、マルコと二人は引き離されてしまう。諦めず、マルコの養育権を取り戻すべく裁判に挑むポール。一転して2幕は緊迫感あふれる法廷劇が続く。

マイヤーソン判事(高畑淳子)が下した判決は…?
マイヤーソン判事(高畑淳子)が下した判決は…?

 3人の周辺にも個性的なキャラクターたちが多数登場する点が、映画との大きな違いだ。映画に登場する人物たちも、より深く描きこまれている。

 映画のように俳優の表情の微妙な変化で心の動きを伝えることができない分、周囲の人物との関わり合いの中でルディとポールの生き様を浮かび上がらせる。演劇ならではの工夫だ。

 

 いつもルディを温かく見守るショーパブのオーナー(八十田勇一)、ポールの同僚でいつも憎まれ口を叩くが根は純粋なキャリー(穴沢裕介)、彼なりにポールの将来を案じる上司ウィルソン(モロ師岡)、その天真爛漫さが世の中の表舞台の象徴のようなモニカ(妃海風)などなど。極め付けは、温かみと冷徹さの匙加減が絶妙なマイヤーソン判事(高畑淳子)だ。

 みんな、それぞれの価値観に誠実に生きており「悪い人はいない」のだ。それが救いでもあるけれど、「それでも差別はなくならない」という絶望でもある。

マルコと踊るモニカ(妃海風)。ウィルソンはポールに彼女との結婚を勧めるが…
マルコと踊るモニカ(妃海風)。ウィルソンはポールに彼女との結婚を勧めるが…

 「正義」を伝えるのは難しい。多くの場合お説教じみてしまうし、結局は他人ごとで終わる。だが、この作品から伝わってきたものはそのいずれでもなかった。1幕で感じた、あのえもいわれない解放感を忘れたくない。これが演劇の力なのかなと思う。

 ラストシーンの照明の使い方にも痺れた。

 ハッピーエンドとチョコレートドーナツが大好きな男の子マルコ。さて、このお話のその先に「ハッピーエンド」の可能性はあるのだろうか? それは観客一人ひとりのこれからに委ねられている、ということなのだろう。

 

 マルコ役の2人は。ダウン症の人のためのエンターテインメントスクール「ラブジャンクス」の所属で、お稽古も2人に配慮しながら進められたという。この作品の制作もまたダイバーシティを体現している。

 

 2020年は演劇界もまたコロナ禍の打撃を受けたが、この作品も公演関係者の感染による公演中止に見舞われた。開幕にこぎつけられたことを喜ぶとともに、感染された方の回復を祈りたい。

 年明け1月には長野、宮城、大阪、愛知の各地での公演が予定されている。無事の開幕が実現し、この作品のメッセージが全国各地の人に届くことを願っている。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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