受動喫煙防止「厚労省150平方m案へ後退」報道の意図
昨日(2017年11月16日)の新聞テレビなど各メディアに「受動喫煙防止対策で厚生労働省が、飲食店の喫煙許容面積を150平方m以下にすると後退」などという内容の報道が踊った。筆者は、これら報道の出所がどこか疑問に感じたので、厚労省の健康増進課に直接、確認してみた。
厚労省は「後退検討などしていない」
すると「そんな検討はしていない」という回答で「どこからそんな情報が出たのかわからない」と怪訝な様子だ。厚労省としては「今年3月に出した『受動喫煙防止対策の強化について(基本的な考え方の案)』から変わっていない」とする。この案では面積基準がないが、その後、塩崎恭久前厚労相の答弁などを含め、厚労省では「30平方m以下」の飲食店を喫煙可と想定するなどとし、はっきりした数字は出していない。
また厚労省としては、今日から始まった国会を含め「なるべく早い段階で改正法案のとりまとめと提出をしていく」とし「加藤勝信厚労相からも記者会見などで表明する内容以上の修正などはない」とした。だが、厚労省の法案内容についてはこの夏にも、とりあえず政令で出し、面積規定などは後回し、などの根拠不明の報道が出たことがあるが、法律に面積などの数字が明記されることは多くない。
2019年のラグビーW杯、2020年の東京オリパラに向け、政府・厚労省は健康増進法を改正し、受動喫煙防止対策の強化を目指している。だが、同改正法案の成立に意欲的だった塩崎前厚労相が今年6月までの国会に提出できず、その後の内閣改造で旧大蔵省出身で自民党たばこ議連にも近い加藤現厚労相に代わり、3月の厚労省案がそのまま実現するか危ぶまれていた。
そんな状況で自民党たばこ議連が、独自の受動喫煙防止対策案と法案内容の取りまとめを再開している。この問題については、かねてから国会に限らず賛否両論で議論は紛糾してきた。
なぜ議論がまとまらないかと言えば、その大きな原因は、喫煙率が下がっているとはいえ、まだまだ成人男性の喫煙率が40%前後という高さにあるのも確かだ。これは個人営業などの飲食店にとって無視できない。また、国税や地方税を含めたタバコ税収が2兆円を超え、財務省(財務大臣)がJT(日本たばこ産業)の33.35%の筆頭株主になっているという事情もある。
※表:筆者作成
税収と省利権、JT株価
厚労省健康増進課の話をそのまま受け取ることはできないが、なぜここにきて受動喫煙防止対策が後退するような報道が出てきたのだろうか。自民党の一部や厚労省内からリークがあったのだろうか。各紙各社ほぼ一斉に同じような内容の報道が出る一方、とうの厚労省がまったく関知しない、というのはどういうことなのだろうか。
日本も加盟するWHO FCTC(たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約)では、タバコ産業の宣伝活動が制限されているが、JTなどは新聞やテレビ、雑誌などに盛んに広告やCMをうち、その広告料収入は各種メディア媒体にとって無視できない額になっている。一方、昨日の厚労省案後退報道を受け、JTの株価は上がった。
フリーランスの一ライターである筆者には政府行政からの「リーク」などないが、各紙各社から同じような報道が出る背景にはいくつかの理由がある。それは、何らかの意図をもって世論を操縦したい、もしくは政府行政内で対立する議論をある方向へまとめたい、という動機だ。
受動喫煙防止対策の強化に努力していた塩崎前厚労相は、同じ自民党内から強い反発を受け、利害調整の出来ない政治家とまで言われていた。その後を継いだ加藤厚労相は自民党の緩和派に近く、省内に少なくない受動喫煙防止対策強化意見との板挟みになっているのだろう。冒頭に書いたように厚労省としてはっきりした面積基準を表明しているわけではないが、昨日の報道はこうした状況にある加藤厚労相にとって強い援軍となった。
厚労省が出す受動喫煙防止対策強化を含む健康増進法改正案は、来年の通常国会に向けてまとめに入っているらしい。当初案通りの内容では難しい情勢になっているのは確かだろうが、喫煙者を含めた国民の大多数は厚労省案のほうを支持すると思われ、大手飲食チェーンは禁煙化へシフトしつつある。また、多くの医学会、消費者団体なども厚労省案に賛同している。
国民の生命と健康を考えるなら、今こそ政治が決断するときだろう。