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藤井聡太七段(17)劇的な頓死で広瀬章人竜王(32)に逆転負け 史上最年少タイトル挑戦を逸す

松本博文将棋ライター
5勝1敗の広瀬竜王が大激戦のリーグを制した(記事中の画像作成:筆者)

 11月19日。東京・将棋会館において王将戦リーグ最終局▲藤井聡太七段(17歳)-△広瀬章人竜王(32歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は19時42分に終局。二転三転の末に、最後は勝勢の藤井七段が王手に対する受けを誤り、頓死。126手で広瀬竜王の勝ちとなりました。

 王将戦リーグの全ての対局を終え、広瀬竜王はトップの5勝1敗。渡辺明王将(35歳)への挑戦権を獲得しました。

【前記事】

30年ぶりの最年少記録なるか? 藤井聡太七段(17)王将挑戦をかけて広瀬章人竜王(32)と矢倉で対戦

 藤井七段の誘導で、戦形は比較的古いスタイルの相矢倉となりました。昔から類似の進行があるにせよ、藤井七段は新しい視点からのこの戦形を選んだものでしょう。

 角交換の後、過去の感覚であればじっと角を打ち込むところ、藤井七段は一歩を打ち捨てました。一歩を損する代わりに一手を得て、駒の損得よりもスピードを重視しています。

 藤井七段は馬(成り角)と、と金(成り歩)を作り、中盤では大きくポイントを挙げたように見えました。一方で広瀬竜王は差を離されないようにじっと、自然に対応していきます。

 藤井七段は作ったと金を、飛香両取りに、そっぽの方に寄せていきました。対して広瀬竜王は飛を好位置に逃げます。ここで一気に差がなくなり、ほぼ互角の形勢に戻ったようです。

「矢倉の経験値が少ないことを思わせるミス」

 藤井猛九段はそう見解を述べています。

 広瀬竜王に指された後で、藤井七段は考え込みます。時間の使い方だけを見れば、誤算があったことを思わせます。

 残り1時間15分のうち、半分以上の37分を使って、藤井七段は均衡を保つ順を探ります。そしてじっと辛抱して、広瀬竜王に対して攻めか受けか、方針を問いました。

 広瀬竜王もまた時間を使って考え、駒を逃げずに攻めを選びます。そして広瀬竜王有望の終盤戦となりました。

 藤井七段はいち早く時間が切迫する中、きわどく勝負の順を選びます。

「できるだけ局面を複雑にしようと思って指していました」

 と局後に藤井七段。手順を尽くして反撃に回り、鉄壁に見えた広瀬竜王の矢倉城に迫り、攻防の飛車を放って、広瀬竜王の応手を待ちました。

 広瀬竜王は飛車の王手に対して中合(ちゅうあい)の歩を放ちます。飛の利きを限定させて、好手となる可能性の高い手にも見えましたが、この場合はわずかに疑問だったようです。

 一分将棋の藤井七段は、猛然と広瀬玉の上部からプレッシャーをかけます。そしてついに広瀬竜王が誤りました。王手に対して玉を逃げた手が、好判断に見えて、そうではなかったようです。

 今度は広瀬竜王が藤井玉に迫るターン。広瀬竜王はまず、馬で王手をします。これが手順前後でした。藤井七段はがっちりと金を合駒して受けました。ついについに、大逆転。藤井玉に寄りがなくなりました。

広瀬「勘違いがあって、負けにしてしまった」

藤井「難しくなった」

 と両者の見解は一致しています。

 今度は広瀬竜王が形勢悪化で気持ちが折れそうなところ。しかし広瀬竜王もまた、歴戦の強者です。勝負を捨てずに藤井玉を楽にさせない順を選びます。

 いよいよ最終盤。広瀬竜王の玉はほぼ受けなしに追い込まれました。一方で、藤井七段の玉は詰むや詰まざるやの状況です。

 正確に指せば、藤井玉は詰みませんでした。そして藤井七段は詰将棋選手権5連覇という途方もない実績でも知られる通り、世界で一番詰将棋が得意な人でもあります。相手玉の詰みを見つける能力が高いということは、自玉が詰まない順を見つける能力もまた高い、ということを意味しています。

 藤井七段の史上最年少タイトル挑戦はもう決まりか。そう思われたところで、劇的な事件が起こりました。

 広瀬竜王は飛車を成って、龍で藤井七段の玉に王手をかけます。ここで玉をかわせば、藤井玉に詰みはありませんでした。しかし藤井七段は一分将棋で秒読みの中、歩を合駒しました。これが痛恨の落手。藤井玉には、詰将棋のような詰み手順が生じています。「勝ち将棋、鬼のごとし」という言葉がありますが、広瀬竜王が打って疑問と思われた自陣の中合の歩が、最後はぴったりと、藤井玉の詰みにまではたらいています。

 残り時間は20分ある広瀬竜王。落ち着いて考え、4分で詰みを読み切りました。他に短い詰み手順がありましたが、本譜は全部で29手かかる、華麗な詰み手順を選んで、藤井玉を即詰みに討ち取りました。

 最後、藤井七段に時間の余裕があれば、頓死で負けることはなかったかもしれません。しかしそれまでに時間を削られた点も含めて、実戦の勝負です。盤上だけを見れば大逆転とも言えますが、広瀬竜王の実力、勝負術があればこそ、藤井七段が誤ったと言えるでしょう。

 藤井七段にはタイトル最年少挑戦を期待する大声援の中で、広瀬竜王ははっきりとアウェイの雰囲気の中での戦いでした。盤外ではにこやかで心優しい広瀬竜王。はからずも、大舞台でヒール役を演じさせられることになったかもしれません。昨年の竜王戦七番勝負で、羽生善治竜王(当時)のタイトル通算100期を阻止したのも、広瀬現竜王でした。

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 広瀬竜王は王将戦七番勝負へは初めての登場となります。渡辺王将と現棋界最高レベルの戦いが演じられることでしょう。

 藤井七段はあともう1勝、それもほぼ勝利を手中に収めてからの、手痛い負けとなりました。とはいえ、まだ17歳。この敗戦を、しっかり今後の糧とすることでしょう。

 藤井七段は現在、棋聖戦の二次予選を勝ち進んでいます。まだそちらではギリギリ、史上最年少挑戦の可能性が残されているようです。

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 また王将戦リーグは4勝2敗で、挑戦権こそ逃しましたが、残留で来期の参加も決定しています。来期の順位は羽生九段と並んで3位となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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