ファストリ木下氏、LifeWearマガジンは「文通相手に手紙を書くつもりで」丁寧にユニクロの想い表現
ユニクロ(UNIQLO)が『LifeWear magazine』(ライフウェアマガジン)の第6号を発行した。ソフィア・コッポラのインタビューや、ニューヨーカーやLAの若者のシューティング、オーストラリアの雑誌との協業企画、沖縄の陶芸家や話題のネオン管作家の工房訪問など、相変わらずの読み応えで、日英のバイリンガル。しかも、雑誌150万部と、デジタル版(Kindle、Reader Store)はともに無料だ。今回のテーマは“The Joys of Clothing”。カラフルでポジティブなムードを醸し出しつつ、細部まで丁寧に作られているのは、クリエイティブディレクターを務める元POPEYE(ポパイ)編集長の木下孝浩ファーストリテイリング上席執行役員と編集部によるものだ。木下氏に企画の意図やこだわり、そこに込めた想いなどを聞いた。
――6号目となった『LifeWear magazine』2022年春夏号の出来上がりを見た率直な感想は?
木下:「UNIQLO and JW ANDERSON」の春夏コレクションを撮り下ろした表紙の写真を見ていると、とてもセンチメンタルな気分になります。キラキラとした青春の風景が鮮やかに映し出されている気がして、世の中大変な時代になりましたが、こんな景色を見てみたいな、と。
――改めて、ユニクロにとって『LifeWear magazine』とはどのような役割を担うものとして位置付けているのですか?
木下:以前、社長の柳井は、「チラシはお客様へのラブレター」と話しておりましたが、『LifeWear magazine』も文通相手に手紙を書くつもりで編集しています。若い人は文通しないかもしれませんが(笑)。今ユニクロが考えていることや、新商品のスタイリングや定番商品の魅力、日常生活でユニクロのある風景を表現、伝えていければと思います。暮らしを豊かにするヒントがあれば、ユニクロ以外の話も積極的に取り上げます。同時にデジタル版の『LifeWear magazine』のアンケートやSNSを通して、お客様の声や感想、気づきを集めていければと思っています。また、個人的には雑誌というのは日本が海外に誇るべきひとつの大切なカルチャーだと信じています。環境に負荷をかけない紙(*)を選ぶことは当然ですが、雑誌表現による、写真や文、デザインの大切さも同時に伝えていきたいと思います。
(*筆者注:環境に配慮したFSC認証紙を使用)
――これまで6号発行してきましたが、国内外から、どのような反響が届きましたか?
木下:お客様からは、「ユニクロ×イネスの春夏商品が発売されたので大人買いしたら、『LifeWear magazine』の新刊も同梱してくれていて、気分がアガる。ソフィア・コッポラのインタビューとかもあって、相変わらず無料のコンテンツではない」とか、「来(きた)る季節に思いを馳せてデザインしてあり、読むたびに感心する」「カタログじゃない、ちゃんとマガジン。写真もデザインもとってもきれい。英語の方をちょっと読んでみたら、これまたきれい。ただの和文英訳じゃない感じ。詩みたい。素敵。ちゃんと読もうと思う。翻訳はSam Bettという人」「通算6号目。ここまで継続してきたのが素晴らしい。企業の戦略として文化を作ろうとしていることが伝わってくる」(※以上、SNSより。一部表記を編集)といった嬉しい声をいただいています。こういったお客様や読者の声を聞くことが、雑誌作りの一番の励みになります。
ちなみに、第5号発行時のオッドアイ(@OddeyeOddeye)さんのTwitter投稿(「Uniqlo Uのソックスを買いました。そして最新のライフウエアマガジンもゲット。創刊号から今に至るまで最高に洒落てる雑誌です。読むとわかります。おれたちはライフスタイルにこそ憧れがある。あくまでもファッションはその手段であるというだけ。服が人間を邪魔しないのは大事という美意識ですね。」(原文ママ))は、私たちがLifeWearを通じて表現したいことを言い当てて下さっていて、とても印象に残っています。
――ファッション業界で長く広告・宣伝を手がけてきた方が、「ユニクロのLifeWear magazine、見た。さすがだわ。この時期に、相変わらずのロケ、トレンドのカラフル、ソフィアコッポラのインタビュー(by野村訓市さん)。これが世界でタダで読まれるんですねえ。ちゃんとエディトリアルです。」「ていうか、木下編集長の仕事。健在です。」とSNSに投稿していました。ファッション・出版業界の代表的な声なのではないかと思っています。一方で、社員からはどのような声が挙がっていますか?
木下:「ものづくりの背景が伝わるコンテンツは、自身も勉強になるし、お客様への接客にも生かしている」「誌面でのスタイリングを、店頭マネキンやポスターに使ったり、店舗スタッフ自身の着こなしの参考にしている」「自社で『LifeWear magazine』のようなメディアが作られることは、誇らしい」という声も聞かれます。また、2号目が出たところで、「編集部で働きたい」「インターンをしてみたい」という連絡を数人からいただきました。結局、コロナになってしまってインターンは実現しませんでしたが、中途採用は実現しました。『LifeWear magazine』がきっかけで一緒に働く仲間が増えたことはとても嬉しいことです。
――今回のテーマは“The Joys of Clothing”でした。レシピ集“Joy of Cooking”をヒントにしたとのことですが、このテーマに決めるまでの経緯や、ここに込めた想いを教えてください。
木下:アメリカで1930年代から、多くの人に愛され続けている文字だけの料理レシピ集『Joy of Cooking』という分厚い書籍が今回のタイトルの元ネタになっています。出来上がりの写真がないことで、むしろ自由な発想で料理に向き合える、とても素敵な書籍だと思います。
もともと『LifeWear magazine』は、私たちの衣食住を取り上げる雑誌にしようと決めていたので、機会があれば料理のページもつくりたいと考えていました。コロナ禍になり、料理を始めた人も増えたと聞き、今回、料理初心者でも簡単につくれるレシピをいくつか紹介しています。そこで感じたのは、料理を作るというクリエイティブな行為は、ファッションを楽しむことにとてもよく似ているということ。服のセンスがいい人は高価なものを着ている人ではなく、服を選ぶセンスや着こなし方が上手な人で、季節の素材をどう料理するかを知っている人なのではないかということに改めて気づかされました。私たちの日常を豊かにするものには、服もあるし、食もデザインもある。暮らしの中で必要なものをバランス良く散りばめる特集を今後も取り上げていきたいです。
――今号の発行に当たり、「服と私たちのポジティブな関係に焦点を当てた」とメッセージを発信していますが、この真意は?
木下:春の綺麗な色のコットンセーターを着るだけで、ふと気分が晴れるような瞬間を経験したことがある人は多いのではないかと思います。新しいジーンズを買った日、いつ穿くか考えるだけで楽しくなる。服には、そんなふうに人をポジティブにする力があるのではないかと、信じたいです。そのためにユニクロは、できるだけ価格を抑え、長く着られる質の高い商品をお客様に届けたいと思っています。
――表紙にもなっていますが、オーストラリア発の雑誌『frankie magazine』と撮影した「UNIQLO and JW ANDERSON」のファッションストーリーや、『frankie magazine』との出合い、彼らの魅力、制作過程でのエピソードは?
木下:大坂なおみさんが2019年、全豪オープンで優勝した際、メルボルンのこのビーチハウスの前で写真を撮っていたニュースを見て、「ずいぶんカラフルな建物だな」と思っていたんです。その年の12月に、実際その場所を訪れる機会があったのですが、やはり「不思議なビーチハウスだな」と思いました。これはいわゆる(地域の風土や文化に根差した土着的な)ヴァナキュラー建築なのかと思い、興味を持っていました。そして春の「UNIQLO and JW ANDERSON」のテーマがヨットだったこともあり、夏のビーチでの撮影を考えた時、メルボルンのあのカラフルなビーチハウスと、自分が以前からファンであったオーストラリアの雑誌『frankie magazine』を思い出したんです。彼らの持つ、ポジティブなデザインセンスと、ウェス・アンダーソン監督の映画美術のような少しシュールな世界観が大好きでしたので、早速連絡してみると、『LifeWear magazine』や私の前職であった『POPEYE』のこともよく知っていました。今回の撮影は、スタイリングとロケ場所を『LifeWear magazine』が考え、モデルやスタッフのキャスティング、現場のディレクションも『frankie magazine』に任せることにしました。信頼できる雑誌同士でのコラボレーションから生まれるクリエーションというのは、とても刺激的で楽しい経験でした。
今回の撮影では、お互いの写真のセレクトやデザイン、JWアンダーソンへのインタビュー内容を変えて、それぞれ露出していきます。『frankie magazine』版のレイアウトはまだ見ていませんが、とても楽しみです。
――映画監督であり、「ミルクフェド」の創業者でもあるソフィア・コッポラは、90年代半ば~2000年代にかけて、米国発ガーリーカルチャーの牽引役でもありました。ニューヨーカーの一人でもありますが、ソフィアを起用した理由は?
木下:単純に自分がとても好きだからです。彼女の映画もスタイルも。そして彼女がユニクロを着てくれたら、素敵だろうなと想像できたからです。
――ソフィアとのQ&Aでとくに注目した部分や、対話をする中でのエピソード、そして、今後の協業の可能性を教えてください。
木下:最初に撮影のオファーをしたとき、「普段からUniqlo UのTシャツを着ているわ」と返答があり、「じゃあこちらであなたが好きそうなアイテムをいくつかピックアップして送るから、一度見てほしい」と伝えたら、「このジャケットが気に入ったから着るわ」と。そんなやりとりをしながら取材に進みました。彼女の中では、ハイブランドもユニクロの服も、自分に合ったものは着る、自分に合っていないものは着たくない、という明確なスタンスがある。それが彼女らしい着こなしを作り上げている簡単な理由だと思います。
今回の質問の答えで一番好きだったのは、「一貫して流行に左右されないスタイルを確立した秘訣は?」という問いに関して、「私はずっとシンプルでクラシックなものが好きだったし、誰かと同じような格好をしたくなかっただけよ。」という答えです。「シンプルでクラシックなもの」は自分もずっと追い求めているものであり、ユニクロの服作りにも通じるものがあります。
今後、彼女と協業できるチャンスがあれば、それは素晴らしいことだと思います。
――市井の人々を起用した特集も『LifeWear magazine』の特徴の一つかと。今回は“Big Apple Classics”“UT in California”で、クリエイティブ職や専門家、学生など多様なバックグラウンドの方々を起用しました。キャスティングや撮影のポイントは?
木下:今回、ニューヨーカー23人とLAのスケーター8人をモデルに、彼らの暮らす場所で撮影を行いました。撮影前にまず、彼らが普段どんな服を好むのか、じっくりヒアリングをしました。「こんな服だったら着てみたい」「私はこういうスカートは穿かないわ」と、互いに丁寧にコミュニケ―ションをすることで、それぞれ自分らしく、とても自然に春の新しい服を着こなしてくれました。一人ひとりの暮らしに合う服、日常の風景に溶け込んだ服は、ファッションモデルが同じ服を着た写真とはまったく別の姿が映っている気がしました。
ニューヨークやLAの人たちは、自分に必要な色やアイテム、着こなしを良く知っていて、自由な発想で服を選んでいます。彼ら、彼女たちは世の中のトレンドに左右されず、「自分はこのスタイルが好きだ」というはっきりとしたマインドがある。自分を表現する服を心から楽しんでいる姿がとてもクールに見えるのは、服に個性が必要なのではなく、人の個性を引き立てる服を作っていきたいというユニクロの考えともフィットしたのだと思います。
――上記のNY、LAのシューティングやソフィアのインタビューに加え、“The History of UNIQLO in the US”など、米国関連のコンテンツを拡充した理由は?
木下:ロケ地としてNYやLAを選んだのは、今シーズン、アメリカンカジュアルへの回帰みたいなムードを感じたからです。そして、実際、現地の方々がどうユニクロを着こなしてくれるか、とても楽しみだったからです。ソフィアはたまたま彼女が現在暮らす場所がニューヨークだったからです。
US UNIQLOのヒストリーを紐解くコンテンツは、本誌を編集していた昨年、アメリカのユニクロが15周年を迎えたということと、佐藤可士和さんとニューヨークのお店を立ち上げた当時の話を聞いていて、自分自身も興味を持ったからです。
――ダンサーのアオイヤマダのファッションストーリーや、東京を拠点に活動する編集者のベン・デイビスを起用したGINZA TRAD&街紹介、沖縄の暮らし×クラフツマンシップ、ユニクロのグローバルブランドアンバサダーでプロ車いすテニスプレイヤーの国枝慎吾選手ロングインタビュー、“Joy of Cooking”など興味深いコンテンツがそろっていますが、木下さんが特に気に入っているのはどのコンテンツのどんなところですか?
木下:自分は昔から、絶対に好きなコンテンツしか編集しないので、本当にどのコンテンツも好きなんです。ただ中でも印象深いのが、コラム(p.93)で紹介している、Monocle編集部にいらっしゃる編集者・豊福洵一さんの話です。私は豊福さんと10年以上前に知り合ったのですが、1年中どんな時に会っても、ユニクロの白いオックスフォードのボタンダウンシャツを、一番上までボタンを留め、襟のボタンは外し、裾をパンツの外に出して着ています。襟がほつれ、ポケットに万年筆のインクのシミができたりしていても、いつも洗いたてのシャツを着る姿は、本当にかっこいい。自分は、男性の服などは、自分に似合うものを見つけたら、あとはユニフォームのように着倒すことが、結局一番お洒落なんじゃないかと思うタイプなので、彼のようなスタイルが好きなんです。
――6号目を作る中で、柳井正社長とのやりとりで印象深かったことは何ですか?
木下:柳井は最初の号から、毎回校正刷りの段階で全て細かく目を通していますが、雑誌の内容に関して一切指示や注文を出したことがありません。それが信頼なのか、プレッシャーなのかわかりませんが、「ユニクロで新しい雑誌を作ってみましょうか」と言い始めたのは社長なので、社長がやめろというまでは、『LifeWear magazine』は続くと思います(笑)。新しい号を見て、「1冊を通して、今年らしい色使いの着こなしや、サスティナビリティに対する考えを読み取ることができます。何より、LifeWearを通して生活を楽しんでいる人たちの姿が映し出されているのがいいですね。」という感想をいただきました。
――2月18日の発行から約2週間。最新号の社内外からの反響は?
木下:編集者の先輩から、「海外を含めて、ロケが多く、広々とした気持ちになって、とてもよかった」と連絡をいただきました。確かに今の雑誌をめぐる現状を考えると、コロナ対策には十分配慮しつつも、恵まれた環境で撮影ができていると思います。そして、『subsequence』という自分が今、一番好きな世界中の工芸やものづくり、その背景を取材するバイリンガルの雑誌があるのですが、友人でもあり、その雑誌の編集長の井出幸亮くんに、ニューヨークのファッションページを褒められました。特にグリーンのニットを着たバロック楽器奏者の青年(p.20)がいい、とのこと。私も全く同感です。社内からは、「沖縄の写真に犬と猫が一緒に写っていて、可愛い」(p.104)という、非常にほっこりしたご意見をいただきました。
――(笑)。ちなみに、『LifeWear magazine』のポップアップストアを開設していますが、その狙いは?
木下:『LifeWear magazine』をより多くのお客様に知っていただいたり、興味を持っていただくきっかけになればと考えて、4号目からポップアップストアを開設しました。当初は銀座にあるUNIQLO TOKYOのみの展開でしたが、現在ではUNIQLO TOKYO(~3/13)、UNIQLO GINZA(~5月上旬予定)、原宿店、浅草店、名古屋店、京都河原町店の6店舗まで規模を拡大しています(期間は変更の可能性あり)。また、蔦屋書店さんにもご協力いただき蔦屋代官山、中目黒でも本誌の配布と併せてグッズも展開いただいております。グッズといっても特別なものというより、既存の商品にLifeWear magazineの刺繍を入れたもので、大学の生協や何かのファンクラブで売られていそうな懐かしいタイプのものです。
――前回、今回の発行部数は?
木下:ここ最近は、日本を含むユニクロを展開するグローバルマーケットで、ユニクロ店舗を中心に、近隣の協力店舗を含め、約150万部を発行しています。プラス、オウンドメディアにて動画や追加コンテンツを含む再編集したデジタル版の配信と、雑誌レイアウトのままでKindleでの配信も行っています。
――実は、『LifeWear magazine』が届くと、いつもドキっとします。内容はもちろんですが、ロゴの位置も長さも左右均等で真っ直ぐに張られた封入テープや、手に取ったときのしっとりしたマットな質感など、雑誌の細部にまでかなりこだわっている様が伝わってきます。そこに込めた想いは?
木下:表紙は、マットPP+UVニスという特殊加工で、誌面に関しては光沢紙とマット紙を内容に合わせ使い分け変化を出しています。これは以前やっていた雑誌と同じ仕様で、どこか端正な存在感があり、持った時やページをめくった時、自分の中では一番しっくりくる質感です。見本誌を入れるロゴの入った封筒や、封をするテープを一緒に作ったのは、そういったものを作ることで、『LifeWear magazine』がより大切なものになっていくような気がしたからです。そうした細かなこだわりが『LifeWear magazine』、そしてユニクロのファンを増やすきっかけになればと思うんです。