2018年のキーワードは戦う、勇気そしてインクルーシブ。
2018年はあらゆる意味で準備完了を目指す年。
2020年東京オリンピック・パラリンピックまで2年。その成否を測る2019年のラグビーW杯をはさんで、日本のOMOTENASHIの準備は今年が正念場です。そして国の在りようとしても平成30年を経て、新しい年号をいただく新天皇の時代へ。この一年は変化に巻き込まれざるを得ないでしょう。それならば積極的に関与していきたいものです。
世界の注目を集めつつ、敬意を集めたいと思うのが日本の基本姿勢です。敬意こそが最高の価値だからです。経済力、資源、機動力など国によって敬意を集めるツールは違います。日本のツールの一つがあのOMOTENASHIです。職人芸から最先端デジタルまでを網羅する緻密な技術から社会調和を重んじる精神風土までを包括します。広さも深さも尋常ではありませんが、ひとことで全国民が自分のこととして理解できる素晴らしいネーミングです。この柔らかいツールを他に類を見ない高機能な武器として完成させるための一年が始まりました。それを三つのキーワードで紐解きたいと思います。
キーワードその1「戦う」
武器とは戦うためのものです。人間は戦うことで生きています。国家規模から個人まで世界中で戦っています。オリンピック・パラリンピックを頂点とするスポーツも戦う人間の姿そのものです。勝利を目指して切磋琢磨する過程すべてに生命が輝いています。勝利か敗北か。スポーツなら明快な結果ですが、社会活動、経済活動においては勝ったはずなのに損害が大きかったり、負けたはずなのに評価されたりすることもある複雑な人間社会の戦い。勝ってむなしく、負けて熱を帯びることもある。でも今必要とする準備のための戦いは7年前のあの悲しみから生まれたものです。
2011年3月11日。東日本大震災によって日本全体が災害の大打撃に打ちひしがれました。阪神淡路大震災などの経験をもとに始まった災害復興支援活動はその大きな悲しみと戦い始めました。被災地に入ったボランティア団体の一つが国際NGO団体ピースボートです。4月からボランティアを組織的に被災地に送り込みました。
NGOピースボートホームページ:2017年ノーベル平和賞受賞の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のメンバー組織。困りごとへの提案、活動に邁進しています。
その後すぐに一般社団法人ピースボート災害ボランティアセンター(以下PBV)を設立。災害現場作業、避難所支援などできることを、望まれることをすべてやる継続的支援活動を実施。現在も現地での活動は寄り添いから共同事業づくりへと進展しています。しかしその後も自然の猛威は次々に襲いかかっています。各地にスタッフを派遣し、災害ボランティアセンター運営から参加者の送り込みまでスピーディに投入する役目を果たしてきました。台風、竜巻、集中豪雨、雪害。近年は梅雨から台風シーズンの水害は必ずと言っていいほどの甚大な被害をもたらしています。その都度聴かれる被災者の方々の声は
「まさかこの場所が、自分たちがこんな目に遭うとは」
半年前の2017年7月5日。九州北部豪雨災害が発生。美しい棚田風景と穏やかな暮らしが一晩で消え去り、濁流と膨大な土砂と流木で埋まりました。
一昔前の水害においては河川周囲に限定され、1ヵ月以下の短期で復活するものでしたが、2014年8月豪雨、2015年関東東北豪雨、2016年台風10号被害などのように近年は津波災害に匹敵する甚大な被害です。復活にも時間がかかり、各被災地ではまだダメージを引きずっています。九州北部豪雨でもPBVの泥排除作業が完了し、撤収したのは秋深まる11月でした。ここまでの寄り添いにこれからの地域活性化の協働が続きます。
勝利を目指す戦いと違って、災害に向き合う戦いには勝負はありません。すさまじい被害は圧倒的な敗北からスタートし、そこから小さな力を集めて、ひたすら動いて日常を取り戻す活動です。喪失感で淀んだ心と体にそっと寄り添って、一日、一日を一生懸命に汗して動く。体力自慢のメンバーもいれば、非力だけど丁寧に食器を洗浄する穏やかな優しい手を持つ人もいます。
「明日はもう少しだけ元気が出そうです」
泥の間から顔を出した床を見て、そうつぶやく家主のまなざしに光が。
戦うべき相手は「困りごと」です
災害は究極の困りごとです。困っている人に手を差し伸べよう。それは誰でもわかっていることです。でもどうすればいいのか。そのノウハウや活動の連携が作りだしたものこそがOMOTENASHIに結実します。社会に存在する様々な困りごと…障害、高齢者、疾病、差別、文化、貧困と戦うことで磨かれる武器として。この戦いはつらいものです。勝ちはありません。当然、勝者への賞賛もありません。困りごとを解消していく先にあるものは「当たり前にすること」です。当たり前にする、つまり普通であり平穏であることを目指すのです。
当たり前は無策では生まれません。緻密な対応と運営で生み出される継続性のある状態です。正確で安全な公共交通に代表される日本の当たり前は世界の奇跡、希少なありがたさです。当たり前こそが達成する目標です。
「ありがとう」
と感謝の言葉をもらって
「当たり前のことです」
と答えられるような完成度に達するのは、かなりの高難度なのです。
「こんなことしかできなくて、ごめんなさい」
と笑顔で返して、また戦うのです。
被災地で感謝されると自然に言います。
「こちらこそありがとうございます」
二つ目のキーワード「勇気」とは
勇気は戦う者の勇気ではありません。困りごとを抱えていた人が希望を失った眼に、明日への勇気の光を灯すことです。その勇気の灯りを成果指標とするのです。<はい。いいえ。>を言うような小さな声から、未来を切り開くような前を向く決意までを。あなたの戦いは「勇気」をもたらしたか?その指標そして成果になります。どんな時代でも、どんな人にも明日への勇気をもたらしていく。2016年11月に設立された特定非営利活動法人JVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)は全国の災害ボランティア団体をつないで、支援の対応最大化と啓発・理解促進、政策提言を開始。災害ボランティアを懸命に継続してきた中で生まれてきた戦いとその成果指標を2018年はぜひ汎用化し、活用しましょう。
三つ目のキーワード「インクルーシブ」で共有する
困りごとそして辛い思いをしている方々と向き合っていくと、実感するのがその多様性です。現在かなり一般化したダイバーシティ=多様性という概念。一件ずつ対処していくたびに、ノウハウは蓄積されるも、一期一会の出会い。同じ災害は存在せず、同じ悩みも存在しません。困りごとや悩みは、災害を総括する調査データでは見えないものです。支援物資、支援ツール、支援方法を構築するにもこれまでの全体最適支援やターゲット想定では難しい場面ばかりです。ここでダイバーシティの概念のフルワードから答えが見えてきます。それはダイバーシティ&インクルージョンです。これは2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックで世界に発信された概念です。ダイバーシティは多様であるという状況を意味するのみ。一人、一人が違う個性、特性を持つダイバーシティを包み込むように一体化、包摂するのがインクルージョンです。様々な持ち物を包み込む風呂敷のように柔軟にかつ適切に包めるものが必要です。このインクルージョンを形容詞化した「インクルーシブ」が最後のキーワードです。例えばみんなが必要なものを考える。全体最適な共通性を重視する旧来方式では、多様性には対応できない可能性が高くなります。実は不具合を我慢している人がいるかもしれません。これをもう少し進めたターゲット別方式では絞り込んだ双方向でのやり取りで精度は上がるものの、ターゲット分類を超えての共有性が少ないという弊害が発生します。そこで多様性を無視したり、排除するのではなくむしろ積極的に価値とチャンスを見出すのがインクルーシブという発想です。この発想のもとに継続性がある成長設計が重要です。2015年に国連で原案が採択され、昨年世界に呼びかけられた「持続可能な開発目標(SDGs)」はこの発想を具体的に17の目標と169のターゲットを定めて進行しています。この記事で紹介した活動もその目標にまさにインクルージョンされています。この発想は社会貢献組織においては体質的にも馴染むものでしたが、インクルーシブ発想をさらに手法として定量評価までも可能にして経済活動、企業社会にも適応させようというのが「インクルーシブ・マーケティング」です。
これは電通ダイバーシティ・ラボの開発案件ですが、インクルーシブ発想の事業は各方面で展開され始めています。例えば教育では「インクルーシブ教育」が共通概念として研修が始まり、教育者育成、学校運営対応が始まっています。
インクルーシブ教育システム構築支援データベース:独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所
企業、公的組織そして個人それぞれが多様な存在であり、さらに多様性を拡張していける柔軟な未来を目指すためにも今年は重要な実行の一年となるはずです。あなたの劣等意識や苦手という特性も実は個性の元なのかもしれません。自分と向き合いつつ、周りの困りごとを発見してちょっとだけでも戦ってみてください。ありがとうの声を聴ける冒険が始まります。念押ししますが、ありがとうの反対語は当たり前ではありません。当たり前は最高のありがたいものです。わたくしの考えるありがとうの反対語は見えないこと~無視ではないでしょうか?そうです。見えてしまったら、もう無視しないでください。始まった2018年、目を開いて社会へ出ましょう。