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デフリンピック2025まで1年。今大会で人類が共有する大切なもの。

佐多直厚コミュニケーションデザイナー
東京デフリンピック2025公式画像(デフリンピック運営委員会提供)

*デフリンピック(deaflympics) ろう者のオリンピック

デフリンピックは日本で初開催そして記念すべき100周年。

 コロナ禍を乗り越えて世界中が健康と平穏を祝ったパリオリンピック。パラリンピックに続いて2025年秋にはデフリンピックが東京を中心に日本で開催されます。毎回このつながりで開催されて来たデフリンピックですが、まだ認知度は高くありません。デフリンピックが英語のDeaf=きこえない、きこえにくいひとのスポーツ競技世界大会であることから開催に期待するダイバーシティづくりへの高まりまで3月にPart1,2の2回の記事で記しました。
2025デフリンピックTOKYOへ期待する「ダイバーシティでつながる社会づくり」その1
2025デフリンピックTOKYOへ期待する「ダイバーシティでつながる社会づくり」その2

 二つの記事を踏まえて、100周年の節目であり、世界がSDGs、多様性尊重に開かれてきた今、日本で初開催される意義と期待される成果をさらに深掘りして、1年後開催を待望し、盛り上げていく活動の兆しを紹介します。

きこえの壁を乗り越えて躍動する選手。多様性を実感する競技と運営。

 競技スポーツというものはすべて限界の壁への挑戦です。パラリンピックは身体、視覚、知的そして脳性麻痺という障害の壁も超える挑戦。デフリンピックは聴覚の障害の壁を超える挑戦です。過去にはパラスポーツとデフスポーツが離れた存在になった時期もありましたが、現在は多様性を重んじ、ともに限界を超える卓越した競技者となるための協調活動を目指し、デフスポーツ関係者は日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会の理事、委員としても活動しています。これはオリパラそしてデフリンピック3つの大会が多様性の代表競技会であり、多様性社会を創る大きなジャンプを目指します。

ソフィアデフリンピック2013の競技写真から
ソフィアデフリンピック2013の競技写真から写真:アフロ

中心となる言語は手話。日本手話言語、国際手話を軸にデジタル技術の支援。

 令和4年厚生労働省「生活のしづらさなどに関する調査」では日本の聴覚・言語障害者は約37万9千人、聞こえにくさを抱える人は313万4千人。同調査平成30年報告では最も多い25%が手話、手話通訳でコミュニケーションをとっています(65歳以下 65歳以上では5%)。大会のあらゆるところで手話が交わされます。手話は言語として存在します。*手話言語条例制定自治体MAP デフリンピックでの基本は日本手話言語と国際交流公式の国際手話です。そのほかに要約した筆記での会話、音声認識アプリやサイネージ表示の字幕など見える会話が飛び交います。競技に躍動し、応援し、運営するには聴覚情報の視覚化技術、機材のサポートの充実が図られます。同時に多様な運営関係者、観衆への情報支援の対応も重要です。手話言語を通訳したり、字幕を読み上げたり、多言語に翻訳したりすることで集まった多様な人々がつながるためのデジタル技術を紹介します。

●遠隔手話通訳サービス
 大会をカバーする手話通訳者が駐在することは難しいですし、今ここで通訳が欲しいということも起きます。そんな時に使えるのが、遠隔手話通訳です。遠隔つまり別のオフィスで待機している通訳者をスマホなどの端末で呼び出して会話を仲立ちします。今大会では選手と運営関係者間での特定のシチュエーションにおいて活用されることが決まっています。細かい調整や連携、専門用語も必要な大切な局面での貢献への期待は計り知れません。
 遠隔手話通訳サービスはすでに公共サービスの現場での導入が着々と進んでいます。その事例としてANAでは全国空港国内線カウンターすべてで運用を開始。こういった実績があってこその今大会での運用に信頼が寄せられています。
遠隔手話通訳サービスを提供する株式会社プラスヴォイス代表取締役 三浦宏之さんが展望を語ってくれました。
「デジタルや通信によるコミュニケーション方法が充実していく今、聴覚に障害のある人においても「遠隔手話通訳」という選択肢が加わることで、通訳の「利用しやすさ・便利さ=アクセシビリティ」が飛躍的に上がり、対話による共感力が最大化されます。外国人が自動翻訳を使うのと同様に必要な時に、気軽に、誰とでもコミュニケーションを取れる日常に変わりますし、災害発生等の緊急時にもすばやい解決につなげられます。遠隔手話通訳によって身近に手話を見かける機会が増え、聴覚だけでなく障害の理解と配慮が自然にある共生社会が育っていくことを想像しています。だれもが暮らしやすい未来づくりには、遠隔手話通訳から!ですね。」

2019全アフリカデフ陸上会場にて 左のキャップ・白シャツが三浦宏之さん 右のJAAFシャツは日本デフ陸上競技協会事務局次長竹見昌久さん(写真提供:プラスヴォイス)
2019全アフリカデフ陸上会場にて 左のキャップ・白シャツが三浦宏之さん 右のJAAFシャツは日本デフ陸上競技協会事務局次長竹見昌久さん(写真提供:プラスヴォイス)


東京メトロに見る社会インフラとしての情報保障

 開催地における公共交通の担い手の一つである東京メトロは今年1月から「みえるアナウンス」を7駅で試験導入。開催される来年4月以降は全駅展開することを発表しました。異常時の運行情報やマナー啓発、工事情報等の駅構内アナウンスを多言語で文字化する機能であり、聞こえない方、日本語を聞き取れない方へリアルタイムで情報を届けるものです。駅構内にあるトリガーボードに記載されている2次元バーコードをスマホで読み込むことで使用でき、お客様がアプリをインストールする必要はありません。

「みえるアナウンス」の利用イメージ(写真提供:東京メトロ)
「みえるアナウンス」の利用イメージ(写真提供:東京メトロ)

デフリンピックを見据えた東京都の「鉄道駅におけるユニバーサルコミュニケーションシステム整備事業費補助金」が活かされています。

 多数の音声なしサイネージでの文字情報表示や視覚障害者を誘導する点字ブロック(さらに進化したshikAI)、ホーム上の小鳥の声やピンポン音などは利用者にとっては当たり前にあるものとなっています。きこえない人、日本語が理解できない人だけでなく一般者にとっても安全と確かな行動誘導は大切なインフラであり、今大会以降の社会化がグローバルな動きになることを思い描いています。

●競技における機材
 聴覚情報を視覚情報に置き換えることで競技機材が開発されています。例えば陸上競技のスターター。ピストル音の代わりにフラッシュライト。

ソフィアデフリンピック2013での7種競技スタートランプ
ソフィアデフリンピック2013での7種競技スタートランプ写真:アフロ

2019全アフリカデフ陸上にて日本製短距離走スタートランプ機器のテスト風景 右の写真で装置を持つのは、開発を主導しているJAAF竹見昌久さん (写真提供:プラスヴォイス)
2019全アフリカデフ陸上にて日本製短距離走スタートランプ機器のテスト風景 右の写真で装置を持つのは、開発を主導しているJAAF竹見昌久さん (写真提供:プラスヴォイス)

柔道競技でのフラッシュランプ。審判から指示・合図が出たことを知らせます。
柔道競技でのフラッシュランプ。審判から指示・合図が出たことを知らせます。

機器3例を示しましたが、より見やすくかつ判断、指示が速やかに伝わるように日々改良が進んでいます。私見ですが視覚だけでなく、振動や匂いを使った伝達もあるといいのではと考えて、提案しています。

手話言語とともに人類のステージアップへ。

 音声で向き合う口話の根本は文字言語です。共有する情報、感覚を共通表現する単語。そしてそれを組み合わせ接続詞でつなぎ合わせた文章。それを相対する音声に置き換えたものです。
 手話言語は単語と組み合わせを手の動作と動きの大小や顔の表情で行う体現型言語。人類史上でも文字を持たない言語はありました。現在でもネイティブアメリカンやアフリカの一部では動作でコミュニケートする伝統が残っています。文字言語の口話は記録としての文字言語を持っていますが、手話言語には記録はありません。現代では映像記録、アバターデータは可能になりましたね。手話言語を使うろう者は記録情報として文字を利用するのですが、音がない世界で生まれた言語、見合って丁寧に伝える言語の手話だからこその共有の深さ、広さ、共感力があると思います。
 手話言語について視点を広げて考えると、音楽に似ていると考えます。音楽とは演奏することで存在する文化です。記録・伝承するには楽譜で記録して共有します。楽譜は音楽そのものではなく、音楽の道しるべに過ぎません。演奏されてこそ音楽の共感、感動があり、文化として伝承されてきたということを否定する人はいないでしょう。手話言語は音楽と同じ。文字という記録そして口話にはない、さらに親密で、正確な理解をつなぐ力が演じられるものです。ぜひ簡単なあいさつなどからでも手話言語に接して、その「感覚」を音楽のように実感してみてください。
 この拡がった視点で言えば、スポーツ競技も同じです。記録や順位で評価したりするのですが、それは競技の真実の一部です。優勝したとしても、そこで起こった成功と失敗、興奮と落胆そして巻き起こった躍動や連携そして喜怒哀楽の熱い共感があってこそのスポーツという文化です。「記録より記憶に残る選手になりたい」という名言があります。記録も大切ですが、そこに何があったのか、いつまでも語り継がれる記憶を応援する立場でも持ち続けていたいものです。そしてこれを起点に、手話言語を知る人類が増えることで、人類の親密さが高まる、そういうステージアップを期待しています。

 デフリンピック運営委員会委員長久松三二さんから託された大会への熱いメッセージをお読みください。
「2025年11月に日本で開催されるデフリンピックはきこえない人、きこえにくい人が集う国際的なスポーツ大会ですが、このデフリンピックはインクルーシブな社会、つまり共生社会の構築に大きく寄与するものです。
今の日本の課題は情報アクセシビリティとコミュニケーションバリアフリーです。この2つの課題の解決に向けて取り組む機会がデフリンピックです。デフスポーツの力によって、皆さんと共に新しい共生社会を創りたいと思います。」
★東京デフリンピック2025基礎知識情報★

東京デフリンピック2025大会ポータルサイト
デフリンピックとはなにか。端的に知るポータルサイト。リンク情報も豊富です。
★取材協力
全日本ろうあ連盟
デフリンピック運営委員会
株式会社プラスヴォイス
東京地下鉄株式会社
★この記事は全日本ろうあ連盟より委嘱された連盟事務局アドバイザーとして取材、執筆しました。

コミュニケーションデザイナー

金沢美術工芸大学卒。インクルーシブデザインで豊かな社会化推進に格闘中。2008年、現在の字幕付きCM開始時より普及活動と制作体制の基盤構築を推進。進行ルールを構築、マニュアルとしての進行要領を執筆し、実運用指導。2013年、豊かなダイバーシティ社会づくりに貢献する会議体PARADISを運営開始。UDコンサルティング展開。2023年7月(株)電通を退職後2024年1月株式会社PARACOM設立。 災害支援・救援活動を中心に可能な限りボランティア活動に従事。ともなってDX事業開発、ノウハウやボランティアネットワーク情報を提供。会議体PARADISの事業企画開発を担います。

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