「赤い旋風」帝京大ラグビー部の戦略、戦術の深化。9年ぶりにトップリーグ勢を撃破~第52回日本選手権~
ラグビーの第52回日本選手権の1回戦が2月8日(日)、東京・秩父宮ラグビー場などで行われ、大学選手権6連覇の帝京大が、トップリーグで10位だったNECを31―25で破った。大学勢がトップリーグ勢に勝利するのは9年ぶり(2005年度、早稲田大がトヨタ自動車ヴェルブリッツに勝利)のことだった。2月15日には帝京大は2回戦で、「トップ4」の強豪・東芝ブレイブルーパスと対戦するが、その前に「赤い旋風」の快挙を振り返っておきたい。
◇ハーフ団が相手の強みを消した
「帝京大が勝つ要因が全て揃っていた」。そう分析したのは日本代表SO/CTBでもあるNECグリーンロケッツの司令塔である田村優だった。
まず、この試合で帝京大が勝利した大きな要因の一つはハーフ団を中心とした戦略にあった。見事に相手の強みを消すことに成功した。岩出雅之監督が「ばっちしやったね!」と称賛したほど、SH流大主将(4年)とSO松田力也(2年)はキックを交えてゲームをコントロールした。
試合後、涙を流していたSO松田はこう振り返った。「相手のバックスリーを見てスペースがあったので、実際にそこに蹴ってエリアを取れたことが大きかった。敵陣でプレーしたら、相手にPGを決められることを避けられます。相手を後ろに走らせて自分たちが前に走れるように考えていた」。また昨年のスーパーラグビーのトライ王でもあるフィジー代表に走らせないように、WTBネマニ・ナドロのいないところを狙っていた。「WTBナドロ選手にはフリーで回したくなかった」(SO松田)
ゲームを通して常に落ち着いていた流主将も「自分たちが相手陣でラグビーをするかを考えて、ハーフ団もバックスもいかに敵陣にいくか、キックを織り交ぜてラグビーができました。ラインアウトは少し苦しみましたが相手にボールを取られても、自分たちの強みはディフェンスなので、しっかりボールを取り返すように80分間、戦っていました」と冷静に振り返った。
他のBKの選手も含めて帝京大がジェネラルプレーで蹴ったキックの回数は22回、敵陣で戦う意識は統一されていた。
岩出監督が「タクトを握っていた」と表現したように、SH流は光っていた。攻撃ではゲームのテンポを上げ続けた。相手の反則後はクイックリスタートを何度も選択し、相手の反則の後のアドバンテージ中も積極的に攻め続けた。「トップリーグのチームは少しでも時間がかかると、反応が早いですし、ディフェンスが揃ってしまうと強いのでテンポを大事に攻めました」(SH流)
◇成長の跡を見せたブレイクダウン
帝京大はブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)で互角に戦うことができたことも勝因としては大きかった。個人的にはNECが勝る部分だと思っていただけに予想外の健闘だった。個々のフィジカルを強化したことはもちろんのこと、FWの選手たちの接点のスキル、理解度が増したていた。NEC戦の前に帝京大の岩出雅之監督は「大学選手権の決勝では接点でのプレーの理解度が良くなり、精度もアップしました。まだ伸びていると思います」という通りのパフォーマンスを見せた。
トンガ代表経験のあるFLニリ・ラトゥを中心としたNECのFW陣に重圧を受けるどころか、帝京大が逆にプレッシャーを与えるシーンもあった。PR森川由起乙(4年)は「ディフェンスでは相手のラトゥを覚悟持って止め続けられたことが大きかった。また止めるだけでなく相手のテンポを出させないように頑張り続けました。胸ではなく相手よりも下に入って肩を突き上げることを意識しました」と胸を張った。
またNECのPR瀧澤直主将も「フィジカルでやられたシチュエーションが何度かありましたので、帝京大のフィジカルの強さはトップリーグと遜色ないレベルだったと思います」と相手の強さを認めていた。
◇戦術の理解度がもたらした好循環
接点で互角に戦えたことは帝京大の戦術の選択、戦術理解度が増したことの証でもあろう。選手たちの判断、プレーに迷いはなかった。岩出監督が大学選手権の決勝後に「サントリーのボールを運ぶ力、東芝の力強さ、パナソニックのバランスの良いディフェンスからのターンオーバーなどがあり、日本の中にも良いモデルがありますから、(それらを参考にして)学生ができる範囲の中で少しずつ成長できた。技術的な文化も高まっている」と言っていた通りである。
2011年度の大学選手権の決勝で天理大に勝利したシーズンは部分的に攻撃において「アタック・シェイプ」を使っていた。「アタック・シェイプ」を中心に昨年度からは、セットプレーからFWの選手たちをそのサイドに残す「ポッド・アタック」的な攻め方も見られた。そして今回のNEC戦では、3シーズン前のパナソニックが採用していた「ポッド・アタック」に近い戦術で戦っていた。
ミッドフィールド(だいたい15mラインより内側)がFWの選手たちが立ち、自分たちのボールの継続を意識しつつ、その両サイドにはBKの選手たちが立つ。端から攻めたときに両サイドにアタックラインを作ることができ、余裕があればFWの選手が順目にSHの横に立つ「9シェイプ」も形成。さらに、NEC戦の最初のトライのようにSO松田は「リンケージ(FWとBKの選手が連携して相手のディフェンスを惑わすプレー)を意識しています」と言うようにFWの選手を上手くデコイランナーにも使った。
大きく分ければ「ポッド・アタック」的な戦術であり、セットプレーからもHO坂手淳史(3年)、FLマルジーン・イラウア(3年)がそのサイドに残り、結果的にライン際に立っていたシーンも目立った。ただ、SH流が相手のディフェンスを見て、FWに指示を送っていたところを見ると、判断も加えて臨機応変にも戦っていた。
チームとして戦術を一年一年、積み上げて来たことが、戦略や接点でのプレーにも良い好循環をもたらしたと言えよう。
◇トップリーグ相手に互角だったスクラム
最後の要因としてはやはりセットプレー、特にスクラムだろう。ラインアウトでプレッシャーを与えられ続けられていたこともあり、スクラムが互角に組めたことはゲームを作る上では大きかった。「スクラムは組めました」とPR森川、HO坂手は声を揃えた。
岩出監督は昨年度の日本選手権1回戦でトヨタ自動車に13-38で敗戦した際に「スクラムを2セット作っていなかったのが痛かった(岩出監督)」という反省を踏まえて、今シーズンは特に第1列の選手たちを強化してきた。今シーズンから就任したスクラムコーチであるOBの相馬朋和氏(パナソニックのコーチとの兼任)も選手たちを支え続けた。
「答えはいつも持っていきましたが、学生たちが知りたいことを聞いてきたら答えていました。パナソニックでロビー(・ディーンズ監督)に怒られますが、岩出さんに教えすぎると怒られる(苦笑)。帝京大のスクラムは組み合うことができるようになったことが大きかった。トップリーグと戦える部分もありましたし、まだまだの部分もありますが、今後も伸びる可能性があります」(相馬コーチ)
◇帝京大の強さを支える「クラブ文化」
試合後、勝因を聞くと「全員で分析して監督のアドバイスももらって、しっかりと準備できた」とPR森川が言えば、「一人一人の意識を共通することができた」とHO坂手はいう。またSH流主将は「新たな歴史を作れたことを誇りに思う。今までで一番大きな自信になりました。試合に出たメンバーもメンバー外も、この試合にフォーカスして、142人の部員全員でやってきたので、選手とスタッフに感謝したい」としみじみと語った。
「チーム一丸」「一体感」と言葉で言うのは簡単だが、かつて「この世代からキャプテンを出せない」と岩出監督に言われた代の選手たちが最後までチームを引っ張った。来シーズンのキャプテン候補のHO坂手は「勝利した要因は4年生の力だと思います。ゲームに出てない4年生もサポートしてくれますし感謝していますし、見習わないと行けない部分が多い」と先輩を称えた。
また4年生のWTB磯田泰成は「下級生の頃は、私生活も含めて自分のことだけをやっていて、周りに対して貢献することはなかったですが、新チームになってからミーティングを続けましたし、学年を重ねることに成長することができました。また今シーズンは、練習中から『トップリーグのスタンダード』と言い続けました。試合に出る出ない関係なく、4年生が下級生を引っ張ってチーム一丸で戦うことができました」と帝京大での4年間を振り返った。
NEC戦の4日前、帝京大のグラウンドにいた。試合に出る選手の練習が朝の10時半くらいと聞いていたので、10時過ぎに足を運んだ。その時、グラウンドの周りを走っていたのが、メンバー外の選手たちだった。
もちろん、その一団には卒業を控えた4年生も含まれていたが、先頭に立って引っ張っていた。大学の授業やテストは終わり、社会人までの時間は残りわずか……。そんな状況の中でも4年生たちがメンバー外であっても全力で練習に精を出す姿勢、アティチュード。やはり、この「クラブ文化」こそ、「赤い旋風」の強さを支える最大の根幹であろう。
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