オナラに特化して見出した活路。世界を股にかけて放屁する市川こいくちが示す成功への道しるべ
とにかく明るい安村さんが得意ネタ「安心してください、はいてますよ!」で注目を浴びたイギリスの人気オーディション番組「Britain's Got Talent」。実は、安村さんの1週間前に同番組に出演し、オナラ芸で会場を沸かせていたのがピン芸人の市川こいくちさん(42)です。安村さんとは吉本興業の同期にあたり、同期の活躍が市川さんにも光を当てることになりました。「平均100回くらい」というTikTokの再生回数が一気に760万回以上に跳ね上がるなどビッグウエーブが到来していますが、オナラ芸の裏にある覚悟と母への思いとは。
到底埋まらない
今で芸歴23年目なんですけど、ずっと鳴かず飛ばずで。
10年目まではコンビを組んで、王道というか「M-1グランプリ」や「キングオブコント」を視野に入れながらやってきたんですけど結果が出ず。そこからピン芸人になるんですけど、フリップネタ、リズムネタ、漫談…とあらゆるパターンのネタをやってみるもののどっちつかずというかこれも結果が出ず。
気付けば、もう30代半ば。結婚もして、子どもも授かった。テレビを見ると、40歳くらいの先輩が自分の番組を持って、テレビの中心選手として活躍している。あと5年でこの差が埋まるのか。到底埋まらない。じゃ、どうするのか。そこで覚悟を決めて「これで行こう」と思ったのがオナラ芸だったんです。
そもそも、この芸はウチの親族でやっていたものというか、父親のお兄さん、伯父さんが得意にしていたものだったんです。正月とか親戚が集まる場で、伯父さんがオナラ芸をやってみんなを笑わせていた。伯父さんほどではなかったですけど、父もできて、もしかすると、自分もできるのでは。そう思って子どもの頃にやってみたらスッとできたんです。
なので、芸人になってからも一芸披露的な番組企画でやらせてもらったりはしていて、ウケもすごく良かった。ただ、それはあくまでも特技であって、漫才やコントのように本芸でやるものではない。自分の中でそういう位置づけだったんです。
でも、もう年齢的に四の五の言ってられる状況ではない。ありがたい話、そんな中でも家族は応援してくれる。なりふり構ってられない。
そこでオナラ芸をメインに据えて、何か引っかかってくれればと思い動画をSNSにアップしたら、見慣れない英語のメールが来て、それが海外の番組からのオファーだったんです。2019年のことでした。
そこからたびたびお声がけをいただき、先日も同期の安村と同じタイミングで「Britain's Got Talent」に出演させてもらいました。安村の活躍が大きく報じられたことにより、僕にも「他にも出ていた芸人がいるらしいよ」という余波があり、取材などをしていただく流れをいただいている。
どこまでもありがたいことなんですけど、つくづく皆さんに感謝しかない。それが今のリアルな気持ちです。
「好きなことをやりなさい」
そもそも、芸人の世界に入ったのも母親の言葉があったからでした。父親が高校の時に病気で亡くなりまして、高校を出たらすぐに働かないといけないと思い、ガソリンスタンドに正社員として勤めたんです。
その時の自分としてはそれしか選択肢はないと思っていましたし、それがいいと思って選んだことなんですけど、働いて1年ほど経った時に母親に言われたんです。「好きなことをやりなさい」と。
自分で選んだ道ながら、どこか「これじゃない」という空気があったんですかね。それを母親が察知したのか、そう言ってくれて。その言葉に背中を押されて、もともと大好きだったお笑いの世界に入ったのが19歳の時でした。
その頃はまさか売れないまま42歳まで芸人をしているなんて思ってもなかったですし、さらにオナラ芸をやっているとは想像すらできなかったです(笑)。でも、どんどん道が狭まっていったことでこの道を選び、その結果、海外からオファーもいただけるようになった。
何がどうなるか分からないものだとつくづく思いますし、何より、今回の「Britain's Got Talent」の映像を見て、母親が涙を流してくれたんです。より一層、この道一本で行くという思いが強くなりました。
オナラで人の役に立つ
もちろん、オナラ芸で楽しんでもらうというのが幹なんですけど、実はこの芸をやって知ったのが「オナラで悩んでいる人が実は多い」ということだったんです。
お腹が張って苦しいのに出ない。逆に、会議中とか出てほしくない場面で出てしまう。それがストレスになって、さらに状況が進んでしまう。そして、オナラというのは繊細な問題でもあるので、なかなか相談もしにくい。
もちろん、僕はお医者さんではないですけど、子どもの頃から凄まじい時間、オナラと向き合ってきました。その結果、出しやすい姿勢とか、ここに力を入れるべきという筋肉とか、そういう知識は山のようにある。それを微々たるものかもしれませんけど、役に立つ形でお出しする。そんなことができたらなと思っているんです。
そのためには、僕の知名度をもっともっと上げることが有効でしょうし、オナラ芸でみんなが知っている人が言うこととなれば、間口も広がるし、説得力も出る。初対面のトレーナーさんよりも、なかやまきんに君さんが筋トレを教えてくれるほうがスッと入りやすいという部分も出てくると思いますし、とにかく売れるしかないなと。
歳を取ってどんどん可能性がなくなってきたからこそ覚悟を持てた。言葉にすると平坦になってしまいますけど、まずは今回いただいた大きなチャンスを生かす。そして「ウチの売り物はオナラです」という揺るがぬ思いで、これからも進み続けようと思っています。
(撮影・中西正男)
■市川こいくち(いちかわ・こいくち)
1980年10月4日生まれ。三重県出身。NSC名古屋校11期生。同期はとにかく明るい安村、ムーディ勝山ら。コンビを経て、ピン芸人に転身。いつでもオナラができるという特技を生かし「オナラで吹き矢を飛ばし風船を割る」「オナラでピアニカを吹く」などの芸を持つ。4月に放送されたイギリスの人気オーディション番組「Britain's Got Talent」にも出演し会場を沸かせた。