Yahoo!ニュース

下着を共用するシングルマザーと30歳手前の娘。二人の関係からリアルな母娘像を

水上賢治映画ライター
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督  (C)Challan Film

 なんともユニークなタイトルのついた映画「同じ下着を着るふたりの女」。

 ただ、どこかユーモアを感じさせる題名とは裏腹に、その物語はかなり痛烈にして辛辣。

 どこまでいっても平行線、愛憎が入り混じるまだまだ女を捨てていないシングルマザーと20代後半になってもまだ自立しきれていない娘の関係の行方が描かれる。

 たかが下着、されど下着。たった一枚の下着から、現代を生きる母と子の関係を残酷なまでに浮かび上がらせる。

 第26回釜山国際映画祭で5部門で受賞を果たすなど、世界で高い評価を得た本作を手掛けるのは1992年生まれの新鋭、キム・セイン監督。

 鮮烈な長編デビュー作を作り上げた彼女に訊く。全四回

「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督  (C)Challan Film
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督  (C)Challan Film

相手を完全に憎むこともできなければ、完全に愛することもできない

皮肉めいた相容れない関係が韓国社会にあるとしたら?が出発点

 本作は、30歳を目前に控えたイジョンと、若くしてシングルマザーとなりイジョンを女手一つで育ててきたスギョンの物語。

 団地でいまも同居生活を送る二人だが、その母子関係は良好とは言い難い。

 ときにつかみあいのケンカになるほど、ぎくしゃくした関係になっている。

 そんな折、口論で車から飛び出したイジョンを、母のスギョンが車で轢き飛ばすという事態に。

 スギョンは「車が突然発進した」と警察に説明。一方、イジョンは故意の事故と主張する。

 作品は、こうしてさらに対立が激化することになった母と娘の関係の行方を描いていく。

 まず、ある意味、映画において普遍的な題材といっていい母と子の関係に着目したことについてキム・セイン監督はこう明かす。

「何本かの短編映画の制作を経たあるとき、相手を完全に憎むこともできなければ、完全に愛することもできない、そういう関係を探求してみたい気持ちが自分の中に湧き出てきました。

 そこで考えたんです。そのような皮肉めいた相容れない関係が韓国社会にあるとしたら何があるのだろうか?と。

 そして、思いを巡らせたのですが、母と娘の関係にそういったところがあるのではないかとの考えに至りました」

これまでとは違う別の形の母と娘の関係を描けないか

 そこから出発してプロット作りが始まったという。

「この映画のプロットを考え始めたのは2016年ぐらいのこと。

 当時、韓国では仲のいい母と娘の関係を美しく描いたものが多い印象がわたしの中にはありました。

 でも、わたしの周囲を見渡すと、そんな清く美しい母と娘の良好な関係をあまり聞いたことがない(苦笑)。

 むしろ意見がぶつかるといった『良好』とは違う関係性が多くて、ほんとうに人それぞれだなと思いました。

 そこで、これまでとは違う別の形の母と娘の関係を描けないかとまず考えました。

 そこから、周囲の人からいろいろと話をきいて、母と娘の話を収集していきました。

 その実際にきいたさまざまなエピソードを1つの物語にまとめていって脚本を書きあげていきました」

「同じ下着を着るふたりの女」
「同じ下着を着るふたりの女」

映画のスギョンとイジョンほど対立したことはなかったです(苦笑)

 少し立ち入った話になるが、セイン監督自身は母親との関係はどうだったのだろうか?

「正直なことを言うと、母との仲があまりしっくりこなかった時期というのはありました。

 あまり顔を合わせたくなくて距離をとって、連絡をとらなかった時期もありましたね。

 ただ、映画のスギョンとイジョンほど対立したことはなかったですね(苦笑)。

 どちらかといえば平凡な家庭だったので、みなさんが経験している母と娘のちょっとしたケンカがあったぐらいだったと思います。

 でも、ひとつ、わたしが母の意見に対して譲らなかったことがありました。

 それはわたしが映画の道へ進むこと。母は反対だったんです。

 これは韓国だけではなく、日本でもそうだと思うのですが、映画監督という職業は未来が保証されているわけではない。

 サラリーマンなどに比べたら、常に安定した収入を得られる仕事ではありません。

 ですから、親の立場からすると肯定が難しいというか。自身の子どもが進む仕事としてはなかなか認められない。

 できれば、自分の子どもにはもっと安定した仕事をしてもらいたいと望む人がほとんどだと思います。

 女性で映画監督となると、さらに肯定的ではない意見が高まる。

 いま増えてきていますけど、女性の監督というのは韓国の映画界ではまだまだマイノリティですから、親としてはなかなか就いてほしい仕事のひとつにはならない。

 わたしの母親もそうで、『映画を辞めて、きちんとした会社に就職しなさい』と言われました。

 ただ、わたしはその母の意見には従えなかった。

 自分の未来を自分で決められないなんて、どういうことと思って。

 この母の発言には、まったく耳を傾けることはできなくて、はっきり言って不快でした。

 このときばかりは母とかなり険悪な関係になりました」

(※第二回に続く)

「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル
「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル

「同じ下着を着るふたりの女」

監督:キム・セイン

出演:イム・ジホ、ヤン・マルボク、ヤン・フンジュ、チョン・ボラム

公式サイト https://movie.foggycinema.com/onajishitagi/

5/13(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開

監督写真以外の写真はすべて提供:foggy

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事