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個別最適を実現する自由進度学習を、公立で実践している教員がいる

前屋毅フリージャーナリスト
(提供:イメージマート)

 自由進度学習というと、「一部の特別な私立だけがやっていることでしょう」という反応が返ってくることが多い。学ぶ進度を学習者(子どもたち)自らが決めて、自ら実行していくのが自由進度学習で、同じ内容を同じペースで教員主導で行う、いわゆる「一斉授業」に慣れた感覚では戸惑う授業スタイルといえる。だからこそ、実践しているのは「特別な学校だけ」で、とても公立校ではできないという思い込みがあるようだ。しかし、公立校でも実践しているところがある。

|学び直しもできる学習

 今回訪ねたのは、神奈川県海老名市の市立今泉小学校である。ここで前任校での経験を活かした自由進度学習を実践しているのが、教諭の梅村周平さんだ。ただ、今泉小学校が全校で自由進度学習をやっているというわけではなく、あくまで梅村さんのチャレンジとして行われている。それが許されることが、今泉小学校の良さのような気もする。

「今泉小学校での勤務は今年度が2年目で、1年目となる昨年度から自由進度学習をとりいれています。校長先生をはじめとしてほかの先生がたにも、私のチャレンジを好意的に受けとめていただいています」と、梅村さん。

 昨年度も今年度も6年生の担任で、授業のなかでも算数で自由進度学習を取り入れている。その理由を、梅村さんが次のように説明した。

「算数は系統立てた内容になっているので、理解できなくなったら、前の段階に戻って学習することで理解できるようになる科目です。いまの自分の段階に合わせて、自分のペースで学びやすい。だから、とりあえず算数でやっています」

 たとえば割り算の授業時数に割り当てられているのが6時間だとしたら、それぞれの時間でやることを最初に梅村さんが説明する。そして、それぞれの時間でやる課題を、子どもたちのiPadに配布される。どんどん先まですすめていく子もいて、なかには中学生レベルまで進んでいく子もいるという。一方で、最初のところで理解できない子もいる。そういう子は5年生、4年生のところまでさかのぼって学び直す。そうすることで、誰もが確実に学んでいくことができる。

「紙の教科書だと、どこまで戻って学び直せばいいのかわかりづらい。そもそも、6年生が5年生や4年生の教科書を持っているわけではありません。iPadなら、簡単に戻れるソフトを使っているので、どこまで戻ればいいか簡単にわかるし、自分で学び直しができます。GIGAスクール構想の『1人1台』で、自由進度学習はやりやすくなったとおもいます」

|子どもらに苦痛を与えていないか

 一斉授業の場合、理解の早い子は退屈な時間を過ごさなければならないし、理解の遅い子は理解できな息苦しさに耐えて座っていなければならない。どちらにしても、苦痛でしかない。自由進度学習なら、誰もが、きちんと学べることになる。

 学ぶ場所も自由である。廊下に机を出して学ぶ場を確保する子もいれば、椅子を机がわりにする子もいる。階段に座り込んでいる子もいれば、図書館など空いているスペースを自分の学びの場にするこもいるそうだ。自分がいちばん集中できる場所が、学びの場なのだ。「気がつけば教室に誰もいない、ということもあります」と、梅村さんは笑う。

 個別の学習だけではない。何人かが一緒になって学習したり、友だちのあいだを行き来しながら学ぶ光景もあるという。

「友だちに教えてもらうことで理解できたり、友だちに教えることで学びが深まります。そういうことができるのは、みんなが集まる学校という場だからこそです」

 登校はするけれども、教室にはいれなくて保健室などで過ごす子どもたちもいる。いわゆる、別室登校だ。

「私が担任しているクラスにも別室登校の子がいました。自由進度学習だから自分のペースで自分の好きな場所で学べるよ、と誘っているうちに参加するようになりました。算数は苦手な子でしたが、自分のペースでやれるし、さかのぼって学習していても周りも気にしませんからね。ただ、教室に来られるのは自由進度学習をやっている算数の時間だけで、ほかの科目のときは別室でした」

|教員は不要ではなく、さらに重要な存在に

 子どもたちが自分で学習するとなれば、「教員は必要ないのか」とおもわれてしまうかもしれない。しかし、逆である。

「ほったらかしにすれば、ただの自習でしかありません。しかし自由進度学習において教員の役割は、子どもたちのあいだを動きまわって話をしながら、適切にアドバイスをしていく『見取り』にあります。子どもによっては、簡単にできる目標をたてて『手抜き』をすることも可能ですから、様子を見ながらレベルに合った目標にするように話し合ったりします。そうやって自由進度学習は子どもたちと接する時間が濃くなりますから、子ども一人ひとりへの理解は深まっていきます」

 自由進度学習を子どもたちは、どのように受けとめているのだろうか。それを梅村さんに訊ねると、「こういうのがあります」といってパソコンのファイルを開いて見せてくれた。自由進度学習をやってみた昨年度の6年生に、感想を訊いたデータである。

 そこには、「早く終わったら、たくさん練習できた」とう感想がある。問題を早く解いてしまえば、足並みがそろうまで待たされることになるのだが、そうではなく自分のペースで先にすすめられることを喜んでいる。「みんなと仲よく話ながら勉強できたので集中できた」という感想もあった。「1人でやっていると理解できない問題も、友だちと一緒にできて、頑張れた」というのもある。一斉授業であることの弊害が、ここから垣間見えてくる。

 自由進度学習は特別な私立でなくても、公立でも実践できるし、しかも良い部分がどんどん活かされている。かといって、それを一律でやる必要もない。チャレンジすることを認めている今泉小学校という環境があるからこそ、梅村さんの可能性、それ以上に子どもたちの可能性が伸びようとしている。公立も変わりつつある。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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