J2初代得点王が伝える「ストライカーに必要なこと」。ニッパツ横浜FCシーガルズは得点力アップを目指す
【2部はダービーも見どころ】
7月18日に開幕が予定されているなでしこリーグ。今季の2部は、関東圏のチームが10チーム中7チームを占める。中でも最多は、3チームが集う神奈川県だ。そのうち2チームは、横浜を拠点としている。
日本体育大学の学生を中心に構成される日体大FIELDS横浜と、社会人選手が中心となったニッパツ横浜FCシーガルズ。リーグ戦では3年ぶりとなる両者の“横浜ダービー”は熱い戦いになりそうだ。
シーガルズは、1976年に創設された横須賀シーガルズFCを前身とし、多くのなでしこリーガーや、大野忍、近賀ゆかり、矢野喬子などの日本代表選手を輩出してきた。2012年にJリーグの横浜FCと提携し、現在のチーム名になった。
横須賀シーガルズ出身者は現在4名いる。中でも、1994年から97年に在籍し、海外挑戦などを経て2014年にコーチ兼選手として復帰したMF山本絵美は、クラブを象徴する存在だ。03年、国立競技場になでしこジャパン史上最多となる3万人超の観客を集め、アテネ五輪への切符を掴んだ北朝鮮戦にも出場していた現役のレジェンドは、ピッチでその存在感を示し続けている。
18年は2部で2位になり、1部で9位だった日体大との入替戦を戦ったが、あと一歩及ばず、昇格を逃した。その試合後に山本は、「ここで勝てなかったということはまだ1部でやる力も足りないと思うので、もう一度2部で力をつけて、1部に行けるチャンスを自分たちで掴み取りたいと思います」と、落胆した表情を見せずに答えた。
この入替戦で取材した際は、173cmの長身で、同年の2部得点王に輝いたFW大滝麻未を中心に、縦に速く、ダイナミックな攻撃が印象に残った。昨年はそのターゲット役となっていた大滝が移籍し、DF小原由梨愛、DF坂本理保、GK望月ありさ、DF長嶋洸といった、1部で主力として戦ってきた選手たちを補強。だが、他のチームも積極的な補強を行って例年以上の拮抗した優勝争いが繰り広げられた中、5位で終えている。
神野(じんの)卓哉監督は、現役時代、1999年に大分トリニータでJ2の初代得点王に輝いた。引退後は横浜FCをはじめJリーグのチームで強化担当を歴任し、17年6月にシーガルズの監督に就任している。
昨年はゴールが10点以上減り、大滝が抜けた穴の大きさを感じさせた。だが、代わって2年目のFW高橋美夕紀(「高」ははしご高。以下同)がチームの全得点の約半分に当たる10ゴールを決め、得点ランクも2位に入る活躍で攻撃を牽引した。
J2得点王だった神野監督は、得点源である高橋をはじめ、攻撃陣に何を求めるのか。
「もちろん、少しのエゴは必要だと思いますし、クレバーでなければいけないと思っています。たとえば、クロスやラストパスを出すチームメートのクセを観察すること。加えて、相手と駆け引きをしながら、最終的にはシュートを打つ瞬間にフリーになれたら楽に打てるので、そのポジションに逆算して入っていく賢さは大切ですね。前線でなんでもやろうとしてしまうフォワードもいますが、ストライカーはゴール前にいることだよ、と伝えています」
シーガルズは朝8時から練習をスタートし、午後に仕事をする選手がほとんどだ。コロナ禍で在宅勤務になった選手もいるが、多くの選手は変わらず出勤していたという。
新型コロナウイルス感染症拡大による4月上旬からの活動自粛期間中は、フィジカルコーチが中心となり、選手たちが一人でできるメニューを作成して配り、コンディション維持を優先していたという。フロントやコーチングスタッフが選手たちと連絡を取り、神野監督も、スタッフ間のミーティングで各選手の状況やメンタル面を把握していた。
「俺から連絡が行くとストレスが溜まると思うから、しませんでしたよ(笑)」。笑いながら神野監督は言う。
今季は高校や大学の新卒選手、他チームからの移籍も含めて6名が加入し、ヘッドコーチには、1部のINAC神戸レオネッサから八田康介氏が加わった。
「チャンスメイクをしたり、ボールを収めてくれる選手たちが入ってきてくれたので、前線の選手たちが生きるチャンスが去年よりも増えることを期待しています。高橋には去年ぐらい(10点)とってもらいたいですが、他の選手たちにも『もっとゴールを狙え』と言っています。後ろでボールを回していても点は取れないので、縦を意識することは2年前から継続していますし、当時に比べると技術のある選手も増えたので、『ボールを繋ぐところで失わないこと』を去年から強調しています。午前中に練習をしているので夏場の試合でアドバンテージはあると思いますが、逆に疲労も溜まりやすいので、トレーニング強度を上げづらい面もあります。そこはフィジカルコーチやトレーナーと話をして、疲労を溜めないようにアイスバスをしたり、暑さ対策のところでは『暑熱順化』(*)を取り入れるようにしています」
リーグの開幕は7月18日に決定しており、夏の間は炎天下の試合も予想される。国際サッカー連盟(FIFA)が今年末までの期限付きのルールとして提案した「5人交代制」ルールがなでしこリーグでも適用されるが、総力戦で乗り切りつつ、得点力アップを実現したいところだ。
(*)暑熱順化=体を暑さに徐々に適応させること。脱水症状になりにくくなり、熱中症や夏バテを防ぐ。
【キャプテンとして臨む2年目のシーズン】
守備の要として最終ラインの鍵となりそうなのが、DF坂本理保だ。AC長野パルセイロ・レディースから加入して1年目だった昨年は、センターバックとして全試合フル出場で最終ラインを支えた。リーグ戦は2016年4月から、70試合フル出場中だ。的確な予測とカバーリングを得意とし、コーチングで周りを動かしながらボールを確実に奪い切る。
FWと駆け引きし、体を張らなければならないポジションでありながら、この3年間、ケガなく連続フル出場を続けてこられたのは、そのプレースタイルにも秘密がある。
「元々、相手とガシャン!とぶつかるプレーが好きではないんです。体格的に、強くいって勝てる自信がないんですよ。小学校の頃から体が小さくて、相手に当たらないでプレーする工夫をしていたし、そういう場面を避けるようにしてきたので。その中で予測のスキルが身について、今では駆け引きができるようになりました」
以前取材した際に、坂本が刺激を受けた選手としてあげたのが、現在、フランス一部のオリンピック・リヨンでプレーするDF熊谷紗希だった。なでしこジャパンのキャプテンでもある熊谷は、常盤木学園高校の先輩に当たる。長野から移籍し、練習時間が夕方から朝になったが、その生活にもすっかり慣れたようだ。
「1年間、早起きを続けてきたので、体は慣れました。神野監督はよくコミュニケーションを取ってくれます。練習中は自分がボールを持った時にFWだったらどう動きたいか、どういうタイミングでボールが欲しいかといったことをアドバイスしてもらい、参考にしています。移籍して、まずは自分がどのようなプレーヤーか、何が得意かということを知ってもらわなければいけなかったですし、味方がどういうプレーをしたいかを観察することも身になりました。それで、チームメートの得意なプレーや苦手なプレーは掴めましたね」
今季はこれまで以上にコーチングの質を上げ、失点につながるミスを減らすことが目標だという。
また、加入2年目にしてキャプテンに抜擢され、山本からキャプテンマークを受け継ぐこととなった。長野で3年間、キャプテンとして先頭に立ってきた坂本はその立場をポジティブに受け入れた。
「シーガルズの生え抜き選手や、在籍歴が長い選手もいる中で選んでいただいたことは光栄です。絵美さんは偉大な選手ですし、たとえキャプテンじゃなくても、みんなが一目置く存在です。これまでは『絵美さんが言ったからやらなきゃ』ということもあったと思いますが、私は自分からみんなを引っ張っていくタイプではないので、それぞれが自分からアクションできるようなチームにしていきたいですね」
長野時代、坂本がシーズンの節目にサポーターに挨拶をした際、落ち着いた立ち居振る舞いと、静かだが力を秘めた言葉が印象的だった。キャプテンマークが坂本の腕に馴染むのに、そう時間はかからないだろう。
シーガルズは今年、「過去の最高成績(2位)を超える」という目標を達成できるか。個性を躍動させる神野監督の手腕にも期待したい。
(※)インタビューは6月中旬に電話取材の形で行いました。