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中国企業の“ハリウッド爆買い”。「プロパガンダに利用される」と米国内で懸念も

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ゴールデン・グローブ授賞式番組を製作する会社も中国企業に買収される見込み(写真:Splash/アフロ)

中国一の大富豪が、ハリウッドで爆買いを続けている。

不動産王の王健林が経営する大連万達グループ(ワンダ・グループ)は、米西海岸時間26日(月)、ディック・クラーク・プロダクションを買収する姿勢であることを明かした。ディック・クラークは、ゴールデン・グローブ授賞式、ビルボード・ミュージック・アワード授賞式、大晦日恒例の「Dick Clark’s New Year’s Rockin’ Eve With Ryan Seacrest」などの番組で知られるTVプロダクション会社。同社は、4年前にグッゲンハイム・パートナーズらが3億8,000万ドルで買収したばかりだが、ワンダはこの買収交渉で、同社の価値を10億ドルと、その3倍近くに見積もっており、それに従った金額を払うつもりでいるようだ。

ワンダは、先週、ソニー・ピクチャーズとの業務提携を発表したばかりでもある。その契約のもと、ワンダは、今後製作されるソニーの映画にお金を出す代わりに、映画の内容にも口を出す。声明の中で、ワンダは、「映画の中に中国の要素を強く出していくことを狙う」と述べている。しかし、すべてのソニー作品に関わるわけではなく、関わる形も、出資する金額も、作品によって変わるとのことだ。

ソニーにとっては、中国企業であるワンダが製作側に名を連ねることで、中国公開がスムーズになるというメリットがある。さらに、ワンダは中国最大の映画館チェーンを所有しているため、膨大な数のスクリーンを自分たちの映画のために抑え、ライバルがかなわないようにするという戦略を取ることもできる。この夏、ワンダは、まさにその方法で、「ウォークラフト」を大ヒットに持ち込んだ。「ウォークラフト」を製作したのは、ワンダが今年1月に買収したレジェンダリー・ピクチャーズ。中国全土にあるスクリーンの67.5%を占領したことで、この映画は、中国だけで2億2,100万ドルを売り上げることになっている(北米興行成績はたった4,700万ドルで、アメリカではこの夏の大コケ作品のひとつと見なされている)。

ソニーとの業務提供が発表されるわずか2ヶ月ほど前、ワンダは、パラマウント・ピクチャーズの49%を買収するつもりでいた(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160716-00060028/)。しかし、パラマウントの親会社ヴァイアコムのCEOフィリップ・ドーマンが売却を押し進める一方、ヴァイアコムの創設者ソムナー・レッドストーンは大反対で、最初から、この買収の成立は難しいと思われていた。結果的にドーマンがヴァイアコムを追い出され、買収は事実上、もはやありえないだろうという状況になったと思ったら、すぐにこのソニーのニュースである。ワンダはその間にもほかの買い物件を探し回っていたということだ。

現在、ワンダは、ほかに、アメリカの映画館チェーン、カーマイクも買収しようとしている。2012年、ワンダはアメリカで2番目に大きいシネコンチェーン、AMCを買収しており、カーマイクの買収が成立して、計画どおり2社を合併させれば、アメリカ最大の映画館チェーンのオーナーは中国企業ということになる。

こういった状況に不安を感じているアメリカ人も、少なくない。先週、共和党議員14人と民主党議員2人の、計16人の下院議員は、中国企業によるエンタテインメント業界への投資をもっと厳しく審査すべきだという警告の手紙を、政府の責任担当者に送った。手紙は、「国家安全の観念は、プロパガンダやメディアをコントロールしようとする動きにも広げるべきである」と主張。16人の議員のひとりであるクリス・スミスは、「Variety」に対し、ワンダの王健林がインタビューで言ったとされる「外人が作ったルールを我々が変える」というコメントに触れ、「私たちは、ニュースが捻じ曲げられて報道されたり、クリエイティブ面での自由が制限されたりすることを、大いに心配すべきだ。チベットに関する映画は、もう二度と作ることができなくなるかもしれない。ハリウッドは、中国が、自分の国をできるだけ良く見せろと要求してくるのを、あっさりと受け入れるのか?それはやめたほうがいい」と語っている。

本業である不動産のほうでも、ワンダは論争を巻き起こしている。

2年前、ワンダは、高級コンドミニアムを建設する目的で、ビバリーヒルトン・ホテルの隣の敷地を12億ドルで購入した。コンドミニアムの建築許可はすでにビバリーヒルズの市から下りているが、後にワンダは、これを半分ホテル、半分コンドミニアムの建物にしようと計画を変え、現在、新たな許可を申請している。それを聞いたビバリーヒルトンのオーナーは大反対し、先月、長々と反対の理由を説明する手紙を、ビバリーヒルズの市議会に送った。

ビバリーヒルトンは、すぐ横に、別の高級ホテル、ウォルドルフ=アストリアの建設を行っているところで、ワンダまで新しいホテルをオープンして客を取られることになるのが嫌なのだと見る向きは多い。ビバリーヒルトン側は、ワンダのプロジェクトが交通渋滞やコミュニティに与える悪影響を強調し、やはり近所にあるペニンシュラ・ホテルも、ビバリーヒルトンに同調している。

だが、ワンダには、意外な支持者がいた。ハリウッドの大物ハーヴェイ・ワインスタインが、「ワンダはすばらしい企業です」と、この計画を支持する手紙をビバリーヒルズ市議会に送ったのである。手紙の中で、ワインスタインは、ワンダのホテルがオープンしたら、「私たちは、タレントを泊まらせますし、マスコミ取材やディナーパーティなど、映画関係の多くのイベントを、そこで行うでしょう」と述べた。毎年ゴールデン・グローブの会場に使われてきたビバリーヒルトンにとって、それは最も聞きたくない言葉のはずだ。こんなところでも、ワンダは、ハリウッドを巻き込んでいるのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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