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「部活動」は自由な選択へ! 「教育の質」を高める新しいルールとは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 昨年10月末、部活による教員の過重労働が社会問題となる中で、学校法人東洋大学と私立学校の労働環境改善に取り組む「私学教員ユニオン」は、茨城県牛久市にある東洋大学附属牛久中学校・高等学校(以下、東洋大牛久中高)教員全員を対象に、部活顧問の就任が任意となる「労働協約」を結んだ。労働協約とは、賃金、労働時間などの労働条件について、労働組合と使用者がとり交わした約束事であり、強制力を持つものだ。

記者会見の様子。右が記者会見に臨むAさん。左はユニオンメンバー。
記者会見の様子。右が記者会見に臨むAさん。左はユニオンメンバー。

 現在、小学校の3割、中学校の6割の教員は、厚労省が定める「過労死ライン」(労災認定基準)である月80時間を超える残業をし、いつ倒れてもおかしくない異常な状況で働いている(2016年に実施された文科省「教員勤務実態調査」)。

 教員の過重労働の最大の要因とされるのは部活動だ。OECDの国際調査を見ると、日本の中学校教員の1週間あたりの勤務時間は56.0時間と参加国中最長であるが、特に部活動指導などの「課外活動」は、参加国平均の1週間あたり1.9時間に対し、約4倍の7.5時間となっており、その差が顕著である(2018年に実施された「国際教員指導環境調査」)。

 また、2018年に厚労省が出した「過労死白書」では、脳心臓疾患や精神疾患で公務災害(民間労働者における労災保険)として認定された中高教員の9割が、「部活顧問」を負担を感じる業務として最も多く挙げている(「公務災害の中高教員、9割が「部活顧問」負担と回答 過労死白書」)。

 教育現場では、部活に多大な労力を取られ過重労働に陥ることにより、授業の準備や個別の生徒へのケアといった「教員の本来の業務」に手が回らないという本末転倒な状況も指摘されている。

 近年、国も「部活改革」に乗り出し始めているが、実効性は十分ではない。2018年3月、活動時間は長くとも平日では2時間程度、学校の休日は3時間程度にするなどの「部活動ガイドライン」を策定したが、強制力はなく現場でそれが守られていない事例も散見される。また、2023年度から3年間かけて「土日の部活動」を地域のスポーツクラブなどへ地域移行を目指していたが、昨年末に達成期限を未定とするとしトーンダウンしている。

 そのような状況の中、東洋大牛久中高では、教員が労働組合に加入し学校と話し合った結果、学校の教員約100名全員が部活顧問への就任が任意となったという。学内で部活顧問を外れた教員は、大幅な労働時間の短縮が実現し、教育に集中できる環境ができている。

 来年度に向けて、3月は教員たちの部活顧問が決定していく時期だ。本記事では、そのような環境改善の取り組みや今後の教員の働き方改善の方向性を考えていきたい。

部活顧問による過重労働で休職へ 

 部活顧問の任意制を求めたAさん(30代)は、7年前から東洋大牛久中高で働き始めたが、3年目に運動部の部活顧問に就任したことを契機に過重労働に巻き込まれていった。平日は、授業終了後の16時頃から19時頃まで3時間ほど、休日も練習試合や大会などが入ったときは、1日中部活動に費やすことが増えていった。冒頭に述べた、2018年に国が出した「部活動ガイドライン」も、学内では守られていなかった。

 部活の負担によって、Aさんは、授業準備や生徒・保護者対応などの「教員本来の業務」を平日19時以降や早朝出勤、自宅での持ち帰り残業によってカバーせざるを得なくなった。残業時間は、長い月では厚労省が定める「過労死ライン」(月80時間)を超えるようになっていった。Aさんは、教員として最も充実させたい授業や生徒対応などの質が、部活によって目に見えて下がってしまうことに葛藤を抱えていた。

 そして、2021年5月、ついに限界を迎え、Aさんは心療内科から適応障害と診断され、8ヶ月もの間病気休職することになってしまった。

個人の部活顧問拒否から学校全体の改善を

 休職をして徐々に体調が回復したAさんは、SNS等で教員の働き方や部活問題、労働法について情報収集をしはじめた。それらを通じて、教員も「労働者」であり、生徒のために無限に働き続ける「聖職者」ではないと、自身の過去の働き方を相対化できていったという。

 Aさんは、2022年1月に復職する際に、学校へ部活顧問を外れることを求める自作の「要望書」を出した。休職明けということも幸いしてか、Aさんの顧問拒否は学校側へ受け入れられた。それによって、休職前と比較し週の労働時間は約20時間も削減された。Aさんはその時間を授業のスキルを高めたり、余裕を持って生徒や保護者と関わったり、家族や友人と過ごしてリフレッシュするなどした。結果、全体として「教育の質」が劇的に高まったという。

 ところが、学内には依然として、部活によって過重労働に陥っている同僚たちがいた。また、「個人的に」部活顧問を拒否しても、「ずるい。忙しい中でなんでお前だけ部活顧問をやらないのか」という空気感が職場には広がっていた。個人で顧問拒否をしても、その業務は他の教員が担うため、根本的な改善にはつながっていないとAさんは感じた。

 そこで、以前からSNSで活動を知っていた労働組合「私学ユニオン」へ加入し、学校全体の改善をしようとAさんは決心した。国の動きを待っているだけでは何もはじまらないと思い、労働組合の仲間と一緒に、状況を打開しようと動き出したのだ。

 2022年4月から、学校との話し合いをスタートし、学内の教員全員が部活顧問の就任が任意となる「労働協約」の締結や教員の増加を学校へ求めた。粘り強い交渉の結果、10月末、Aさんと私学教員ユニオンは学内の教員全員が部活顧問を任意とできる約束を学校と結ぶことができた

 国の形だけの「ガイドライン」や、土日に限った地域移行などと異なり、部活顧問自体を外れることで、職場全員の労働時間の短縮が早期に実現可能となった。これにより、授業やクラス運営など「教員本来の業務」に集中する環境が整い、学校全体として教育の質を向上させる道が開けたという。

顧問拒否への報復禁止や求人票への明記など先駆的な約束 

 今回締結された労働協約の具体的な内容は、以下である。

  1. 学校法人東洋大学は、東洋大学附属牛久中学校・高等学校に所属する教員(以下「教員」という)の部活動顧問への就任を任意とする。また、部活動顧問に就任しない教員に対して不利益な取り扱いを行わない。
  2. 学校法人東洋大学は、部活動顧問に就いている教員から部活動の負担軽減の求めがあった場合には、部活動指導員を採用する等、部活動顧問の負担を軽減する。
  3. 学校法人東洋大学は、教員募集時に教員の部活動顧問への就任は任意である旨、募集要項に明記する。

 (1)は、部活動顧問は任意となるだけでなく、顧問拒否をしたことへの不利益取り扱い(解雇、降格、嫌がらせなど)の禁止も入っているので、報復を恐れることなく顧問の拒否をすることができる

 (2)は、教員が部活顧問を拒否した場合も、学校側が外部の部活動指導員を採用する等するため、急に部活動が廃部になり生徒が露頭に迷うなどもない。むしろ、専門性のある部活指導員ゆえに、未経験の顧問よりも適切な知識や技術を学べたり、部活内での事故リスクを軽減できる等、生徒・保護者側の「メリット」もあるだろう。

 (3)は、部活動顧問が任意であるという「お墨付き」が周知されることによって、部活顧問を拒否したい教員の権利行使が促進されるだろう。また、業界全体が教員不足に苦しむ中、部活をやらずに「教員の本来の業務」に力を発揮したい「優秀な人材」を、学校として獲得しやすくなる可能性もある。

 この労働協約は、教育業界全体の働き方に一石を投じるとともに、労使双方や生徒・保護者にとってもプラス効果の多い内容となっていると評価することができる。

事実上の「ストライキ」 部活顧問の拒否の意義とは 

 学校において行うのが当たり前となっている部活動は、実は本来「やってもやらなくても良い活動」だということを知っている方は少ないのではないか。文科省が定める「学習指導要領」では、部活動は「自主的、自発的な参加により行われる」とされ、規定上は「任意」の活動となっている。

 しかし、現実には約9割の学生は部活動に参加し、教員も事実上強制的に部活顧問を任され、過重労働に陥っている。また、「自主的な活動」ゆえに、時間外で行う部活に対して残業代等が支払われることはほとんどなく、教員たちはほぼ無償で部活を担わされている。

 このような状況に対して、最近では、公立教員を中心に部活動の問題に特化した初の教職員組合「愛知部活動問題レジスタンス」(IRIS)が愛知県で発足し、東京、茨城、三重など全国約10箇所で労働組合の結成の機運が高まっているという。

参考「部活問題」に特化した教職員組合、愛知で発足 全国組織化へ

 昨年10月には、その流れの中で、福岡で20代の若手教員たちが部活顧問拒否を目指す労働組合を結成したという報道もあった。若手教員たちを中心に、労働組合を通じて集団的に部活顧問を拒否し、「教員本来の業務」に集中し、教育の質を高めたいという想いが広がっているのだろう。

参考:参考部活の顧問「断りにくい空気」を変えたい 20代の教員らが組合設立

 公務員である公立教員には、現状では「ストライキ権」が認められていないが、過重労働を是正していくために自分たちの意思で集団的に部活顧問を拒否するというのは、事実上のストライキとも言えるだろう。国の動きに頼っていてはなかなか改善の展望を描くことができない中で、教員たちが自発的に労働組合に集まり、権利行使を始めているのだ。

 公立・私立問わず、部活顧問を拒否して労働時間を短縮し、「教員本来の業務」に集中したいという教員の方は、部活動問題の取り組むユニオンに相談をしてみてはどうだろうか。Aさん同様、職場でたった1人でも労働組合で声を上げれば、学校全体そして教育現場全体の環境が改善されていく可能性がある。

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:soudan@shigaku-u.jp

公式LINE ID: @437ftuvn

*私学教員(小・中・高)の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。部活動、長時間労働、パワーハラスメント、非正規教員の雇止め問題などの解決などを通じ、「教育の質」の向上を目指しています。学生や若手教員のボランティアも募集しています。

NPO法人POSSE

電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:soudan@npoposse.jp

公式LINE ID:@613gckxw 

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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