史上初!元阪神タイガースの投手から超難関の公認会計士へ転身【後編】
プロ野球選手から史上初めて公認会計士の試験に合格した、元阪神タイガースの投手・奥村武博さん。
プロ野球界から退いたあと、公認会計士という職種に出会い、合格率が10%という狭き門を突破するまでを記した前編(☆)に続き、後編では奥村さんが考える野球界の課題、野球界への恩返しを紹介する。
■公認会計士の試験とは
その超難関といわれる「公認会計士試験」について説明しておこう。
まずマークシート形式の「短答式」の試験が年2回、5月と12月にある。このどちらかで合格すれば年1回、8月に行われる「論文式」の試験を受けられる。
合格率は試験制度が変わる前まではわずかに6%、2006年に改正された後でも10%ほどという狭き門だ。受験勉強を始めて合格まで、平均で4~5年はかかるという。
試験合格者は「公認会計士試験合格者(準会員ともいう)」となり、そこから実務経験が2年必要だ。と同時に補習所で単位を取り、テストを受け、レポートを提出しなければならない。この単位を満たすと「修了考査」の受験資格を得ることができ、それに受かってはじめて「公認会計士」として登録できる。
つまり医師に例えると国家試験に受かったあとのインターン、法律家に例えると司法試験に受かったあとの司法修習生―のようなものだそうだ。
準会員である奥村さんも諸々クリアし、昨年12月に「修了考査」を受験した。4月10日の合格発表を待っているところだ。
■準会員会の代表幹事としての活動
現在の奥村さんは「日本公認会計士協会 準会員会」の代表幹事として様々な活動を行っている。準会員に対して、上場企業の社長や大学教員を招いて「IPO(新規公開株)&キャリア」や「AI(人工知能)について」などの勉強会を開いたり、「スーツの着こなし」「メイクアップ」など日常に即した講座も開催したりしている。
また異業種交流会や、ハロウィンパーティなどで外国人とのコミュニケーションをはかるイベントも好評を博しているそうだ。
そのほか、公認会計士試験の受験生への講演や相談会でバックアップを行うなどしている。
奥村さんによると、公認会計士の受験者数は減少傾向にあるという。ピーク時には約25,000人いた受験者も、ここ数年は10,000人ほどだそうだ。合格者数も2008年頃は約3,000人だったのが、2013年以降は約1,000人にまで減っているとか。
一時はリーマンショック等の影響で就職難だったこともあったそうだが、現在は売り手市場だと奥村さんは語る。「だから優秀な人材を確保したい。そのためには仕事が魅力的だと周知して、受験生を増やす必要がある」というのだ。
企業側にも正しい理解がなく、構えられることもあるという。「公認会計士の認知度を上げて業界を盛り上げたいんです。公認会計士が何をするのか、一般に知られていませんから」。
昨年、出版業界の「校閲」という職種が漫画やドラマの題材になり、スポットライトが当たった。「公認会計士も漫画やドラマで取り上げられるように働きかけるのも一つの手だと思うんです。とにかく若手から突き上げていきたい」と、奥村さん自身も積極的に講演会の講師を引き受けるなど旗振り役を買って出ている。
■野球界への恩返し
さらに野球界への恩返しもしていくつもりだ。「引退後に貯蓄を残しておけるように」と節税も含めた現役選手の資産管理のサポート、また引退後の進路相談など、自身の知識や経験を役立てたいと考えている。
「自分も視野が狭かった。それは何も知らないから。知ることで視野が広がる。野球を辞めてからの選択肢として、新しい道筋を示すことができれば…。野球選手って閉鎖的なところがあって、(プロ野球を)経験していない人に言われるのと経験ある人に言われるのでは受け取り方が違う。プロ野球を経験したボクにしかできない、そういう話ができれば」と意欲的だ。
昨今、話題に上る「セカンドキャリア問題」についても持論を展開する。「戦力外になったとき、それまで野球しかしていないから、まず野球に関わり続けたいと考える。関わり方は4とおりあるんです。1.プレーヤー、2.指導者、3.アンパイアや運営、4.サポート。1は国内で無理なら海外でと考えると語学力が必要になるし、2も技術だけでなくマネジメントなどの勉強も必要。3も当然、専門的な知識が要る。いずれにしても、より長く野球に関わりたいなら勉強しなくちゃいけない」。
しかし日本のトップクラスの野球選手となると、野球だけしかしてこなかったという選手がほとんどだ。「いざ勉強しようと思っても、そういう“素地”がないんです。やってきていないことをすぐやれって言ってもできない。ボクも勉強をし始めた頃、苦労した。だから本当は小中学時代から授業をしっかり聞くとか、本を読むとかクセづけないといけないんです」。プロ野球選手になる前からの指導が大切になってくるという。
■「セカンドキャリア」ではなく「デュアルキャリア」という考え方
そこで提唱するのが「セカンドキャリア」よりさらに前段階の「デュアルキャリア」の必要性だという。「野球だけやっていたんじゃ成功とは言えない。野球をしながらも少しでもいいから本を読むとか、何か勉強していくことが大切だと伝えたい。勉強はいつからでもできるというのを見せていきたいし、ボクが(野球を)辞めた人間だからこそ説得力があると思う」と熱く語る。
“二刀流”とまではいかずとも、プロ野球選手として野球に打ち込むかたわら、空いた時間に何かできる勉強をする。それは将来、身を助けてくれることもあるだろうし、何らかのかたちで今現在の野球に役立ってくれることもあるかもしれない。
もちろん野球選手でいる間は野球が本分である。しかし、その気になれば時間は見つけられる。「桑田さんは現役時代から英語の勉強をしていたそうです」と、親交のある元読売ジャイアンツの桑田真澄さんを例に出す。当時から意識が高かったようだ。
現役選手になかなかその発想は持てないのが現実だが、その意識改革をしていくことは大きな課題だ。
「これからは小中学時代からそういう教育をしていく必要がある。現在の選手とこれからの選手、どちらにもそういうことを伝えていきたいし、何か“しくみ”が作れたらいいなと思う。また、野球教室でも参加児童の親へのセミナーなどしていきたい」。
自身が苦労したからこそ気づいた。それを野球界に役立てていきたい。やはり野球に育ててもらった恩義があるし、何より野球が大好きだから。
現在の野球選手へ、そして野球選手を目指す子どもたちへ。どちらにもともに惜しまず力を注いでいくことで恩返しをしていくつもりだ。