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医療従事者や救急隊員 激務でうつ病や自殺増加 命を奪っているのはウイルスだけではない【新型コロナ】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
4月16日、ブルックリンの老人ホームから患者を搬送する救急隊員。(写真:ロイター/アフロ)

「『彼ら』は命を張って身を危険に晒している。なぜそこまでして働いてくれるのか? 金儲けや任務だけのためではない。彼らの名誉のもとで(人としての)尊厳、そしてコミュニティへの愛がそうさせているのだ」

ニューヨーク州のクオモ知事は、毎日開く定例記者会見で度々このように語っている。5月2日の会見では、改めて「『彼ら』が仕事に行くために利用している地下鉄がウイルスの感染源となっている状況を、これ以上野放しにはできない」と強調し、24時間毎の車両消毒を約束した。

「彼ら」とは、パンデミックの最中でも働いてくれている生活に必要不可欠なエッセンシャルワーカーのことだ。その中でも医療従事者や救急隊員は、フロントラインワーカー(最前線で働く人)と呼ばれる。ウイルス感染の危険度が、エッセンシャルワークの中でもっとも高い。

市民にとってヒーロー的な存在だが、このパンデミックの渦中で、背負っているものがあまりにも大き過ぎる。ここに来てコロナウイルス感染以外の理由、つまり自殺や精神疾患による事故によって命を落としているケースが頻繁に耳に入るようになった。

24歳救急隊員、薬物中毒死か

ニューヨークポストは2日、ブルックリン区の救急隊員(FDNY EMT)の男性が、薬物の過剰摂取で死亡していたことを報じた。

救急隊員のアレクサンダー・ラソさん(24歳)はマンハッタンから南方のスタテンアイランド区の自宅で意識を失っているところを父親に発見された。

警察の調べでは、ラソさんの遺体のすぐ側に、洗浄用のエアゾールスプレーの空き缶があり、バッグの中にも空になっているエアゾールスプレーが5缶発見された。記事には「エアゾールスプレーの吸引によってハイになることは薬物乱用の一種で『ハフィング』と呼ばれる」とある。

具体的な死亡時期は「パンデミックの初期段階」とあり、詳細は不明だ。ラソさんは昨年9月に入隊したばかりの新人で、まだ経験値も浅い中で今回のパンデミックが起こった。

23歳救急隊員、銃で自殺

デイリーニューズなど地元各紙は先月25日、別の救急隊員の自殺を報じた。

ブロンクス区の救急隊員ジョン・モンデロさん(23歳)は4月24日、銃で自らの命を絶った。

クイーンズ区のイースト川のほとりの岩場に倒れていたモンデロさんは、同日午後7時前ごろ通行人によって発見された。銃は、NYPD(市警察)を退職した父親が登録していたものだった。

モンデロさんが入隊したのも今年1月と、ラソさん同様に救急隊員になって日が浅かった。

消防署員になるためのEMS(救急医療体制)アカデミーを卒業したのは2月上旬で、実務に就いたのはそれからだから、現場での実地経験が1ヵ月ほどしかない中、このパンデミックが起きた。

ニューヨークでは3月下旬から4月下旬にかけて、1日中ひっきりなしに救急車のサイレンが鳴り続けている状況だった。彼のキャリアがスタートしたのは、ちょうどそのころだった。

49歳ER医師、自傷行為で自殺

重篤患者が運ばれているER(緊急治療室)の医者が、自らもCovid-19(新型コロナ)に感染し、復職後に命を絶った。

マンハッタン区にある病院のERで主任として現場を任されていたローナ・ブリーン医師は4月26日、地元バージニア州シャーロッツビル市に帰省中に自殺。そのショッキングなニュースはCNNニューヨークタイムズなど各メディアで報じられた。

ブリーンさんの父親は「娘は最前線に潜む(見えない)敵に殺された」とCNNに語った。父親によると、パンデミック以前のブリーンさんはニューヨークでの生活を楽しんでおり、同僚ともうまくいっていたようだ。しかしコロナ禍で、自らも感染し、療養のため1週間半ほど現場を離れていた。

ブリーンさんは外科医だった父親に「同僚らは最近ずっと、廊下で仮眠を取りながら1日18時間も働き続けている」「病院が混み合い、救急車が入りきれない」と漏らし、責任を感じているようだったという。

完治後すぐに復職したブリーンさんだが、「自分は12時間もの長時間シフトは無理だが、同僚を助けるためにやらないといけない」と自ら言い聞かせ、仕事に向かっていたようだ。

そんな中でブリーンさんはうつ状態になり、勤務先から促されて家族が住む地元に帰郷していた。しかし精神疲労が激しく、母親が勤務する病院に1週間ほど入院。その後、姉妹が住む場所に滞在していたが、ブリーンさんはそこで命を絶った。

ブリーンさんは外向的な性格で、精神疾患の既往歴はなかったようだが、父親は最後にブリーンさんと話した時「心ここにあらず」という異変を感じたという。死因について「自傷行為による怪我」とあり、それ以上の詳細は報じられていない。

ブリーンさんが働いていたニューヨーク・プレスビテリアン・アレン(NewYork-Presbyterian Allen)病院の緊急救命室には病床が200床あり、そのほとんどが新型コロナの重症患者で埋め尽くされているという。ニューヨークタイムズによると4月7日の時点で、院内での死亡患者数は59人。

精神疾患が増加

ERの医師、救急隊員、消防隊員、警察官らは日常的にもストレスの多い環境で働いている。しかしこのパンデミックにより、さらに大きな重圧の下で長時間労働を強いられ、肉体的にも精神的にも限界ギリギリのところにいるだろう。

また外出が制限され先行き不安の中、人々が抱える精神疾患やうつ病、それらに伴うDV、アルコールや薬物中毒は深刻な問題だ。パンデミックになって以来ニューヨーク州では、メンタルヘルス問題に対応する専用ホットラインが設けられた。特にエッセンシャルワーカーは、州の負担でサポートされる。

クオモ知事は5月1日の記者会見で、州内で精神疾患が増加していることに触れ、ホットラインに電話して助けを求めるよう、人々に改めて促した。

「我々は今、メンタルヘルスの危機に瀕している。知っておいてほしいことは、あなたは1人ではないということだ」

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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