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冬の雪山登山、過酷さ世界トップレベルが日本にあるという現実と知っておきたいポイントを解説します。

加藤智二日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン
雪の北アルプスに今日も朝が来た! ※写真はすべて筆者が撮影

 緑豊かな山々が雪と氷に覆われて、厳しくも荘厳な美しさを見せてくれる季節の到来です。夏の延長線上で服装と装備を揃えただけでは日本の雪山を安全に楽しむことはできません。身近で手の届く雪山から風雪と強風で登山者を拒む雪山まで、短い日数で到達できるのが日本山岳の良いところでもあり、遭難が多い原因でもあります。

 冬の雪山、雪のある冬山を目指す登山者が知っておきたいポイントと雪山の特性と入山の心構えを解説します。

湿った冷たい季節風がつくる霧氷が木々を飾ります ※写真はすべて筆者が撮影
湿った冷たい季節風がつくる霧氷が木々を飾ります ※写真はすべて筆者が撮影

 日本国が世界有数の多雪地域であるのはご存じの方も多いかと思います。地球温暖化傾向ですが、日本列島に到達する水蒸気は今も昔も世界有数であることは変わりありません。

 もちろん、お住いの地方によっては全く雪を見ることもないということもありますが、北は北海道から南は沖縄県まで南北に長く、また6852という数の島で構成された日本国は海洋国家であり、海抜ゼロメートルから富士山3776メートルを最高峰とする3000メートル級の山々を中核とした国土の75%を山地が占める山岳国家でもあります。

 日本海という水蒸気供給源とシベリアの寒気と強風が列島の脊梁山脈にあたり上昇気流となって大量の雪を降らす雪雲となり、日本海側気候エリアに大量の降雪をもたらします。

屋久島の冬、奥山エリアに雪が積もります ※写真はすべて筆者が撮影
屋久島の冬、奥山エリアに雪が積もります ※写真はすべて筆者が撮影

 緯度が高い東北地方や北海道だけでなく、関西、中国四国、九州まで海を越えて冷たい湿った気流が山々の山腹を上昇するときに雪も降らしますし、過冷却の微細な水滴は木々や岩、時にはそこに立つ人まであらゆる物体を霧氷で覆います。

八ヶ岳天狗岳、寒風はあらゆるものを氷で包み込む ※写真はすべて筆者が撮影 
八ヶ岳天狗岳、寒風はあらゆるものを氷で包み込む ※写真はすべて筆者が撮影 

 "日本の冬の雪山は世界有数のレベルの過酷さである"わけとは?

1:急峻な地形であるが故に生活圏から短時間で森林限界エリアの過酷環境に到達できる。

⇒ 十分な経験と体力、装備を持たない登山者でも容易に引き返せない領域に入り込むことになってしまいます。

標高が低くても深雪になる日本の山 ※写真はすべて筆者が撮影 
標高が低くても深雪になる日本の山 ※写真はすべて筆者が撮影 

2:登山前半の中標高エリアは樹林の積雪急傾斜面であることが多い。

 ☆樹林のおかげで風は穏やかなので発汗が多くなる。

 ☆遠目で見た感じは針葉樹の緑でも、斜面には深い雪が積もっている。

 ☆標高を上げるに従い夏の登山道は雪に埋まり、登山者自らのルートファインディングを行う必要がある。

 ☆傾斜のある深雪ではスノーシューより在来型のワカンに優位性がある。更に標高を上げ、岩と氷が想定される山岳に行く場合には加えてピッケル(アイスアックス)とアイゼン(クランポン)の携行は必須となる。

大熊山からみた北アルプス剣岳 ※写真はすべて筆者が撮影 
大熊山からみた北アルプス剣岳 ※写真はすべて筆者が撮影 

3:日本列島は世界有数の強風地帯

 冬期の偏西風はヒマラヤ山脈で大きく北と南に分かれ蛇行したのち日本上空で合流するため、3000メートル級の日本アルプスは世界有数の強風地帯となります。

 ☆瞬間最大風速は気象情報予想数値の2倍を見込み、安易に標高を上げない。

 ☆鞍部など地形によって風が収斂して強くなる。

 ☆急傾斜斜面や稜線での転落の大きな要因は突風である。

 ☆日中の樹林帯登降時において風も弱く気温が高い場合、汗や付着した雪が体温で融けて衣服や登山靴など身に着けた装備が濡れてきます。対策をせず標高を上げていけば、気温低下と風によるヒートロスで低体温症の危険がより高まってきます。

 ⇒

 ☆登山用の肌着など機能性ウェアを着用。

 ☆ヒートロスを防ぐ防風ウェア着用。

 ☆頭部、頸部、手指と手首など体温が逃げやすい部位を確実に保護すること。

 ☆保温ボトルの温かい飲み物と行動食を小まめに摂ること。

 ☆休憩は風を遮る樹林帯や岩陰で行うこと。

 ☆寒気、鳥肌、震えなど症状が無いかを小まめに確認すること。

強風で舞い上がる雪が視界を遮る ※写真はすべて筆者が撮影 
強風で舞い上がる雪が視界を遮る ※写真はすべて筆者が撮影 

4:日本列島は世界有数の多雪地帯

 大量に降雪があるという日本列島の特性に加え、複雑な地形に降る雪は先に述べた強風によって風上から風下に雪粒が移動して雪庇を複雑に形成していきます。無積雪期であれば稜線上を快適に歩ける登山道は全く使うことはできず、形成された積雪地形や雪庇での踏み抜き転落や滑落、雪崩のリスクが高まります。

 また、無積雪期には人を寄せ付けない藪や樹林に覆われた尾根は素晴らしい冬のルートを提供してくれます。

 ☆無積雪期に記録された他人のGPSログデータを当てにできません。

 ☆登山地図に積雪期ルートは表記されていません。

 ☆先行者のトレースを期待して計画してはいけません。

 ☆風雪時には自分の付けたトレースはすぐに消え去ってしまいます。

 ☆ロープを使った行動が必要とされるケースもあります。

 ☆大量の積雪によって行動不能になる場合もあります。

 ☆雪崩が頻発するエリアの把握と適切な気象情報収集が必要です。

元々の地面は雪の下に ※写真はすべて筆者が撮影 
元々の地面は雪の下に ※写真はすべて筆者が撮影 

5:アイスバーン形成による滑落

 日本列島は中緯度に位置しているために冬といえども寒暖の差が大きく、無風快晴で雪面が温められると融雪します。また寒冷前線通過後の急激な気温低下や夜間や夜明けに空が晴れていれば放射冷却によっても雪面は氷化します。

 ☆冬は無積雪期のように登山靴を水平やフラットにおける登山道はありません。

 ☆鋭利な爪と前爪を持つアイゼンとピッケルを使いこなす技術が必要です。

 ☆氷、堅い雪、湿った軟雪、ザラメ雪など標高、斜面の向き、風の当たり方、気象条件で様々なタイプに対処する必要があります。

 ☆岩と雪がミックスされた場面が出てきます。

6:急峻な地形に複雑な谷とで形成されている山岳稜線

 火山地形だけでなく、花崗岩などの火成岩やチャートなどの堆積岩など多様な岩石で構成されていることと地震や活発な地殻変動、大量の降雨や降雪による風化作用が日本の山岳地形を複雑にしています。

 ☆急峻で入り組んだ尾根や谷が発達しています。

陽が暮れ行く北アルプス西穂高岳 ※写真はすべて筆者が撮影
陽が暮れ行く北アルプス西穂高岳 ※写真はすべて筆者が撮影

7:低気圧通過後の急激な気温低下と荒天

 低地においては低気圧通過後は次第に天候が回復していくのが普通ですが、標高の高い山岳地帯においては低気圧通過後に冬型の気圧配置となり、上空に寒気が流入して標高の高い山岳地帯は急激な気温低下と大荒れ天候となります。過去に起きた大きな気象遭難時の天候要因です。

 ☆シベリアからの寒気流入の動きをチェックしておく。

 ☆低気圧の気圧変化、等圧線の混み具合をチェックしておく。

8:視界不良によるルートミス

 下山時のルートミスは致命的な状況になる場合がある。積雪期のホワイトアウトでは傾斜や方角など平衡感覚も不安定となり船酔い感覚となってしまうこともあります。転落や滑落、ルートロスを起こす原因のひとつなので、むやみに動き回ってはいけません。

 ☆停滞に耐えられる体力、精神、装備が求められます。

 ☆チームメンバーがバラバラにならないようにします。

 ☆ロープを活用した積雪地形でのルートファインディングも必要となることもあります。

1月の南アルプス仙丈ケ岳 ※写真はすべて筆者が撮影
1月の南アルプス仙丈ケ岳 ※写真はすべて筆者が撮影

9:スマホアプリとGPSを積雪期の風雪下で使用することはほぼ不可能です。

 手袋をしたまま、雪や水滴が付着したスマホ画面を操作できないというのが現実です。

 ☆地図アプリをインストールしたスマホは必ず持っていき、ログ記録はとるようにします。

 ☆地図アプリと連動した登山届と電波発信デバイスを携行するようにします。

 ☆バッテリー温存の為にあらかじめの地図データをダウンロード、機内モードを活用、適切なタイミングでの使用を行います。

 ☆携行した予備バッテリーのケーブル挿入時の濡れはスマホを破壊する原因のひとつです。確実に乾いた状態のときに充電を行います。

厳冬2月の西穂高、ダイヤモンドダストに光柱が輝く  ※写真はすべて筆者が撮影
厳冬2月の西穂高、ダイヤモンドダストに光柱が輝く  ※写真はすべて筆者が撮影

 冬に雪が降る山を登る登山スタイルは日本らしい登山文化です。そこで使われるワカンは古来より雪の国ニッポンで使われてきました。現代の素晴らしい装備とのコラボレーションが多くの登山者が雪山に入ることを可能にしています。

 素晴らしい雪の峰々に会いに行く為には、第一に体力、装備、経験が必要ですが、何よりも不自由な歩行、不快な環境、不愉快な天気を受け止める忍耐力が求められます。安易に手に入らないからこそ、美しい景色に出会えた時の喜びも格別です。

 自然の脅威に立ち向かうのではなく、機嫌の良い時に遊ばせてもらう謙虚さを持って山におでかけください。

 最後になりますが、登山届は確実にお願いいたします。

日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン

ネパール・パキスタン・中国の8000m級ヒマラヤ登山を経験。40年間の登山活動で得た登山技術、自然環境知識を基に山岳ガイドとして活動中。ガイド協会発行「講座登山基礎」、幻冬舎「日本百低山 日本山岳ガイド編」の共同執筆。阪急交通社「たびコト塾(山と自然を学ぶ)」、野村證券「誰でもできる健康山歩き」セミナー講師。山岳・山歩きに関するテレビ番組への出演・取材協力。頂上を目指さない脳活ハイキングの実践。神戸市須磨区カルチャー教室講師、一般社団法人日本山岳レスキュー協会社員、公益社団法人日本山岳ガイド協会 安全対策委員会・登山ガイド養成学校委員会 担当理事、日本プロガイド協会所属 山岳ガイドステージⅡ。

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