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阪神淡路大震災から29年、能登半島で再び目にした甚大な被害と耐震などの課題

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

 阪神・淡路大震災から29年を迎えます。能登半島地震の被災地の光景は、あのときと似ています。家屋倒壊、火災、土砂崩れ、異なるのは津波だけです。阪神・淡路大震災を上回る地震規模で、半島北端の過疎地が被災したため、被災地は極めて厳しい状況にあります。地震発生から2週間が経ちますが、道路が寸断され、孤立した集落での調査が進んでいません。そのため、未だに輪島市や珠洲市の家屋被害の状況が把握できていません。とりあえず、現在分かっている範囲で、被害の状況をまとめておきたいと思います。

日々増加する死者

 消防庁の報告によると、1月16日時点での死者は222人で、うち14人は災害関連死です。石川県の死者数は、1月2日以降に判明し、日々、55人、73人、84人、94人、110人、128人、168人、202人、206人、213人、215人、220人、221人、222人と増加してきました。死者はすべて石川県で発生しており、輪島市で88人、珠洲市で99人と、震源域に近接する両市の被害が突出しています。なお、関連死が最初に発表されたのは1月9日です。

未だ全容が分からない住家被害

 1月16日時点での住家被害は全壊398棟、半壊680棟と報告されています。全壊のうち357棟は石川県、半壊のうち591棟は新潟県のものです。ただし、道路の寸断などにより、石川県の被害状況の把握に時間を要しており、現時点でも輪島市と珠洲市の住家被害数は多数としか公表されておらず、全壊数が公表されているのは加賀町と能登町だけです。多くの市町では、住家被害の被害区分ごとの数が分かっていません。これらの被害が判明すると、相当な被害棟数になると想像されます。また、新潟県は多くが震度5強以下でしたが、液状化の被害が多くみられます。

高齢化が進む過疎地

 大きな被害を出した輪島市と珠洲市の人口と人口密度は、令和4年1月現在で、輪島市が約2万5千人と約58人/km2、珠洲市が1万3千人と54人/km2です。高齢化率は50%前後です。日本の人口密度340人/km2、高齢化率29%と比較し、過疎と高齢化が著しい地域です。ちなみに私が過ごす名古屋市は、人口約230万人、人口密度約7,100人/km2、高齢化率25%ですから、都会との差は歴然としています。このため、耐震化がなかなか進んでいませんでした。

進まなかった耐震化

 石川県、輪島市、珠洲市の住宅の耐震化率は、それぞれの耐震改修促進計画によると、78%、45%、51%にとどまっていました。全国平均の87%と比較して、相当に低い状況にあります。ちなみに名古屋市の耐震化率は92%です。空家率も石川県は14.5%と、全国平均の13.6%、名古屋市の12.7%と比べて高くなっています。この原因は、過疎化と高齢化にあります。

 耐震化に一番寄与するのは建て替えです。奥能登では若者が少ないため、建て替えが行われず、空家が増加し、高齢化のため耐震改修も進んでいませんでした。石川県には耐震改修に150万円、100%補助の制度がありましたが、奥能登では工事業者も少ないため、十分に生かされなかったようです。また、珠洲市には昨年5月5日に起きたM6.5の地震などで傷んだ家屋も多かったのですが、大工さんの不足で、補修が間に合わなかったものもあるようです。

 心配される南海トラフ地震の予想被災地には、奥能登と同様の過疎地が多くあります。こういった場所の耐震化をどのように進めるか、真剣に考える必要があります。

国道沿いの7階建物の横転

 輪島市内にあった国道249号沿いの7階建ての建物が横転しました。ホームページによると、この建物は1972年に竣工したようです。当時の耐震基準は、1968年十勝沖地震での鉄筋コンクリート建物の被害を受けて、1971年に建築基準法が改正され、柱のせん断補強鉄筋の基準が強化されました。施工期間を考えると、この建物が設計されたのは基準法改正前だった可能性があります。また、当時の杭の設計では建物の重さを支えることを確認するのみで、耐震設計は不要でした。

 当該建物は、間口が狭く奥に細長い建物で、建物1階には、道路に面して両側に柱と壁があるだけで、左右の揺れに抵抗する壁が無いように見えます。一方で、奥行き方向の揺れには抵抗する壁が見えます。このため、左右の揺れに対して弱い構造になっています。その結果、建物の脚部が損傷し、横倒しになろうとし、杭が基礎から引き抜けた可能性があります。

 実は、輪島の建物と同様の建物は、銀座など大都市の繁華街に多数残っています。間口が狭く奥行きが長く背の高いビルです。こういった建物は1階の開口部を確保するために、1階に弱点があります。

緊急輸送道路沿いの建物の耐震化

 この建物は、緊急輸送道路に指定されることが多い国道沿いに建っていました。国土交通省は、「地方公共団体が指定する避難路等の沿道建築物」の耐震診断を義務付けており、自治体によってはその結果が公表されていますが、石川県は未公表のようです。公表された結果を見ると、現行の耐震基準を満たさない既存不適格建物で、倒れると道路を塞ぐ可能性のある建物のうち、耐震性が確保されている割合は、地震対策が進んでいるはずの愛知県が22%、静岡県は15%と、惨憺たる状況です。緊急輸送道路は、災害時に大事な役割を果たします。沿道建物の耐震化を早急に進める必要があります。

朝市通り周辺での地震火災

 輪島を代表する観光名所の朝市通りで火災が発生し、約5万平米が燃え、約300棟の建物が焼失しました。残念ですが様々な不運が重なりました。古い木造家屋が密集していたこと、大津波警報で初期消火ができなかったこと、断水で消火栓が使えなかったこと、家屋倒壊や道路の陥没・亀裂などで消防車が進入できなかったこと、地盤の隆起により川の水が枯れたことなど、複合的な要因があったようです。インバウンドで、古い町並みの観光地が人気ですが、改めて観光地の耐震強化や火災対策の大切さが分かります。

 阪神・淡路大震災から29年、強震の怖さを再び見せつけられました。命と暮らしを守るには何よりも地震で壊れない建物にすることが基本です。建物が壊れなければ、初期消火も津波避難もできます。同じことを繰り返さないために、行政の力で全ての建物の耐震診断を実施し、建物の安全性を開示した上で、耐震補強を推進する方策を本気になって考えていく時だと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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