Yahoo!ニュース

東海道新幹線の車両、700系とN700Aタイプ 実は異なる車内の換気方式

梅原淳鉄道ジャーナリスト
東京駅を発着するN700Aタイプ(写真右)と引退間近な700系(写真左)(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

新幹線の車両の空気の入れ替えは換気装置がすべてを担う

 東海道新幹線から700系という車両が2020年3月8日限りで引退し、21年間の活躍に終止符を打つ。長らく活躍を続けた700系が姿を消すことにより、東海道新幹線では営業用の車両はすべてN700Aタイプに統一される。

 700系が製造された1990年代後半から2000年代前半までの間は、新幹線の車両に関する技術が一気に進歩した時期であった。スピードアップや乗り心地の向上といった課題を、沿線への騒音や振動、動力費をはじめとする維持費の上昇を抑えて実現できたのだ。その成果は東海道新幹線の場合、2007年7月に営業を開始したN700系(後にN700Aタイプに改造)に結実している。

 N700Aタイプと比べてしまうと、大多数の項目で700系はかなわない。ところが、700系のほうが優れていると思われる面も少ないながら存在する。その一つは車内の換気方式だ。

 そもそも、鉄道車両の換気についてはJISのE7103「鉄道車両―旅客車―車体設計通則」の5.2.1で定員乗車時の必要換気量が定められた。算出に当たっては次の式を用いる。

V1=a1/(n-p)×N

V1:定員乗車時の必要換気量(立方メートル毎時)

a1:1人当たりが吐き出す二酸化炭素の量(立方メートル毎時)

n:車内の標準清浄度(体積濃度)。0.0015とする

p:外気の清浄度(体積濃度)。0.00025とする

N:乗客定員(人)

 700系、N700Aタイプとも1両当たりの乗客定員が最も多い車両は2・4・6・12・14号車の普通車で100人、最も少ない車両は11号車の普通車で63人だ。したがって、定員乗車時の必要換気量は乗客定員が100人の車両で毎時1200立方メートル、63人の車両で毎時756立方メートルとなる。

 気密構造を備えた新幹線の車両の場合、車内の空気の入れ替えは換気装置がすべてを担う。新幹線の換気装置は、高速でトンネルに進入したときに生じる急激な気圧の変化にも対応できる。具体的には給気用と排気用とで強力なファンが設けられ、車内の圧力を車外よりもやや上げることで車内の気密性を保つ。

700系、N700Aタイプの換気能力は

 700系、N700Aタイプとも換気装置は車両の床下にあり、1両につき1基搭載されている。換気量については700系の数値は不明ながら、N700Aタイプはある程度察しが付く。

 N700Aタイプの換気装置が外気を取り入れる能力は最大で毎分30立方メートルだという。1時間連続して運転したときは、いま挙げた数値の80パーセント程度の能力となると考えれば毎時1440立方メートルとなる。そして、車内の圧力を車外よりも少々上げるので、排気される量を給気量の90パーセントと見なせば毎時1296立方メートルとなり、この数値がそのまま換気量と等しい。乗客定員が100人の車両であってもJISで定められた必要換気量の毎時1200立方メートルを上回る。

 いっぽう、700系の換気装置の能力はさらに大きいであろう。700系の一部の車両の客室では喫煙が可能で、換気装置にはタバコの煙の排出という役割も課せられているからである。ちなみに、東海道新幹線が開業したときに導入された車両である0系はやはり当初はすべての車両が喫煙可能であり、客室の換気量は毎時1500立方メートルと大変大きな能力を備えていた。

 700系、N700Aタイプの換気装置は、車内の冷房や暖房を担う空調装置と組み合わせて使用されるという点も同じだ。ちなみに、空調装置は1両につき2基搭載されており、冷房の容量は1両につき67.5キロワット(毎時5万8000キロカロリー)と通勤電車並みに大きい点も両者に共通している。

 両者で異なっているのは換気装置と空調装置とを接続する方式だ。1基の換気装置が2基の空調装置とダクトで結ばれているのが700系、2基の空調装置のうち1基に換気装置を内蔵し、もう1基には換気装置を内蔵していないのがN700Aタイプである。

700系とN700Aタイプとで異なる換気、空調の仕組み

 まずは700系の換気、空調の仕組みを紹介しよう。カッコ内は担当する機器名である。図1も参照してほしい。

図1 700系の換気装置、空調装置の働き
図1 700系の換気装置、空調装置の働き

※出典:伊藤順一・坂東重樹・八野英美・堤博繁「700系新幹線電車(量産先行試作車)の概要(1)」(日本鉄道車両機械技術協会「R&m」1997年11月号25ページ)

・車外から車内への空気の流れ

外気の取り入れ(換気装置)→外気の冷却または加熱(空調装置)→外気と座席下の吸入口から取り込まれた車内の空気との混合、そして再度の冷却または加熱(空調装置)→ダクト経由で荷棚下ルーバ(吹き出し口)へ冷風または温風を送風(空調装置)

・車内から車外への空気の流れ

座席下の吸入口から車内の空気の取り込み(換気装置)→取り込まれた空気の一部を車外に排出、一部を空調装置に戻す(換気装置)

 いま挙げた一連の空気の流れで興味深いのは、座席下の吸入口から取り込まれた車内の空気はすべて車外へと放出しているのではないという点だ。これは空調装置の負担、特に冷房として運転する際の負担を和らげるために考案された仕組みで、国内の鉄道車両では新幹線以外の鉄道車両を含めても700系で初めて採用された。従来、空調装置によって冷やされたり、暖められた空気は換気装置によってすぐに排出されてしまうため、空調装置は休む暇なく働き続けなくてはならない。その負荷は空調装置全体の能力の半分をも占めるのだという。車内の空気の一部は循環してはいるものの、換気量そのものはJISの基準値を満たしていることは言うまでもない。

 N700Aでは図2のように換気や空調の仕組みは2通り存在する。空調装置に換気装置が内蔵されている場合と空調装置単独の場合とだ。

図2 N700Aタイプの換気装置、空調装置の働き
図2 N700Aタイプの換気装置、空調装置の働き

※出典:臼井俊一・則直久「東海道・山陽新幹線直通用次世代車両『N700系』量産車の概要(2)」(レールアンドテック出版「鉄道車両と技術」2007年8月号32ページ)

 まずは空調装置に換気装置が内蔵されている場合を紹介しよう。700系と仕組みは似ている。

・車外から車内への空気の流れ

外気の取り入れ(空調装置内の換気装置)→外気と座席下の吸入口から取り込まれた車内の空気との混合、そして温度や湿度を交換して車内に必要な空気に調節(空調装置内の全熱交換器)→外気の冷却または加熱(空調装置)→ダクト経由で荷棚下の吹き出し口(ルーバ)に冷風または温風を送風(空調装置)

N700Aタイプの普通車の客室。空調装置からの冷風や温風は荷棚下の吹き出し口から出てくる。写真は筆者撮影
N700Aタイプの普通車の客室。空調装置からの冷風や温風は荷棚下の吹き出し口から出てくる。写真は筆者撮影

・車内から車外への空気の流れ

座席下の吸入口から車内の空気の取り込み(空調装置内の換気装置)→取り込まれた空気の一部を車外に排出、一部を空調装置に戻す(空調装置内の換気装置)

N700Aタイプ普通車の腰掛。座席下に吸入口が設けられた。写真は筆者撮影
N700Aタイプ普通車の腰掛。座席下に吸入口が設けられた。写真は筆者撮影

 空調装置単独の場合は次のとおりだ。

・車内の空気の流れ

座席下の吸入口から車内の空気の取り込み(空調装置)→取り込まれた空気を再度冷却または加熱(空調装置)→ダクト経由で荷棚下の吹き出し口へ冷風または温風を送風(空調装置)

 要するにN700Aタイプでは2基の空調装置のうち、1基は外気を取り入れず、車内の空気を循環させ続けている。2基の空調装置の配置状況を説明すると、換気装置を内蔵した空調装置は1号車から15号車までの各車両では東京駅寄りの床下、16号車では博多駅寄りの床下にそれぞれ搭載された。いっぽう、換気装置を内蔵しない空調装置の設置場所は1~15号車では博多駅寄りの床下、16号車では東京駅寄りの床下だ。

 2基の空調装置とも換気装置が取り入れた外気が導入されている700系の客室と比べると、N700Aタイプの荷棚下の吹き出し口の一部からは外気をあまり含まない空気が出てくるのではないかと懸念される。ただし、繰り返すように換気能力自体はJISの基準を満たしており、700系の客室、それも禁煙車と比較すれば多少は二酸化炭素の濃度は上がっているのかもしれないが、N700Aタイプの客室で過ごしても健康上の問題はまず起きないであろう。

換気装置や空調装置の小型化・集約化を進め、床下スペースに車体傾斜装置を搭載

 N700Aタイプではいま挙げたような換気方式がなぜ採用されたのであろうか。それは、換気装置や空調装置を小さくまとめ、代わりに車体傾斜装置といってカーブに差しかかると車体を傾けて車内で感じられる遠心力を軽減させる装置を搭載したからだ。換気装置を空調装置に内蔵したこと、そして1基の空調装置が換気装置と切り離されてダクトの一部が短縮された結果、換気装置や空調装置が床下を占める長さは700系と比べて4分の3程度に減ったという。

 筆者はN700Aタイプで東京駅と博多駅との間を何度か乗車している。空調装置がフル稼働中の猛暑日に乗ったときであっても、N700Aタイプの客室の換気が不足して、空気がよどんでいるとは特に感じられなかった。

 そのいっぽうで、筆者は何人かの方々がN700Aタイプの客室は700系の客室、もちろん禁煙車と比べて息苦しいと語っていたのも知っている。興味深いことにN700Aタイプの車内の空気の悪さを指摘した人たちは芸能人であったりアナウンサーであったりと、話すことを職業とする人であった。のどや肺など呼吸器系統を常日ごろから鍛えているために、自動車の空調装置で言えば内気循環の状態が2基の空調装置のうちの1基で続くN700Aタイプの換気の仕組みを敏感にかぎ分けられるのかもしれない。

 残念ながら、国内では新型コロナウイルスの感染が拡大傾向にある。東海道新幹線の列車にも感染した人が乗っていたとして、車内の消毒作業が行われたと報じられた。厚生労働省によると、新型コロナウイルスは飛沫感染と接触感染とであり、空気感染に特徴的な現象は現時点で確認されていないとされているため、換気や空気調和の方法が感染リスクに影響するとは言えないであろう。

 ただ強いて言うと、厚生労働省は、感染者の飛沫が空気中で混ざり合ってエアロゾル(気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子)を形成し、このような状態の空気を吸入して感染する可能性は否定していない。新幹線の車両の空調装置にはフィルターがあり、吸入口から取り込まれた空気から塵やほこりは取り除かれるが、もし仮にN700Aタイプの換気装置を内蔵しない空調装置にエアロゾルが取り込まれた場合、感染の可能性は高まるのではないかという懸念は残る。

 今回、筆者がN700Aタイプの換気や空気調和の方式を示した目的は、人々の不安を煽りたいからでは当然ない。1日平均の乗車人員が2018年度で約48万人と、全国の新幹線のなかで乗車人員が最も多い東海道新幹線で使用されている車両の影響の大きさを考え、専門家各位による新型コロナウイルスへの対策に役立ててほしいからである。

参考文献

伊藤順一・坂東重樹・八野英美・堤博繁、「700系新幹線電車(量産先行試作車)の概要(1)」、「R&m」1997年11月号、日本鉄道車両機械技術協会、25ページ

臼井俊一・則直久、「東海道・山陽新幹線直通用次世代車両『N700系』量産車の概要(2)」、「鉄道車両と技術」2007年8月号、レールアンドテック出版

首藤克則・宮下剛・福井智巳、「N700系新幹線用空調装置における省エネルギー・低振動化への取り組み」、「三菱電機技報」2009年11月号、三菱電機

新幹線運転協会編著、『詳解 新幹線』、日本鉄道運転協会、1975年12月

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

梅原淳の最近の記事