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国会答弁と真っ向から食い違う判決が確定。黒川検事長勤務延長をめぐる不開示決定取消訴訟で国は控訴せず

赤澤竜也作家 編集者
会見に臨む徳井義幸弁護士、上脇博之教授、高須賀彦人弁護士(左から)筆者撮影

「本件解釈変更の目的は黒川検事長の勤務延長を行うことにあったと考えざるを得ない」

一個人の人事のため、法の解釈を恣意的にねじ曲げたと裁判所に断じられたにもかかわらず、国は控訴すらできなかった。

神戸学院大学の上脇博之教授が東京高検検事長だった黒川弘務氏の勤務延長に関する関連書類を不開示とした国の決定を取り消すよう求めた裁判の判決で、2024年6月27日、大阪地裁は上記のような事実認定を行った。

当時の検察庁法では検事の定年は63歳と定められていたのだが、安倍政権は黒川氏の定年を目前にした2020年1月、国家公務員法の規定を適用して勤務延長させるという閣議決定を行った。

従来、国家公務員法の定年延長規定は「検察官には適用しない」とされていたのだが、解釈変更をしたのだと国は後づけで説明していた。

今回、国の主張を全面的に否定する判決が出されたにもかかわらず、7月11日の控訴期限を過ぎても国が動かなかったため、一審判決が確定したのである。

国会ではどのように説明していたのか?

では、当時の国会において、法律の解釈変更はなんのために行われたと説明していたのか。

さまざまな委員会で答弁しているのだが、一例を挙げてみよう。2020年3月10日の衆議院法務委員会にて、自民党の葉梨康弘議員は次のように問いかけた。

「法務省の当局に質問します。今般の検察庁法の解釈の整理は、東京高検検事長という個人の定年を延長するために行ったものですか?」

川原隆司法務省刑事局長(現・法務事務次官)は、

「お答え申し上げます。法務省内におきまして、国家公務員一般の定年の引上げに関する検討の一環として検察官についても検討を進める過程で、検察官の勤務延長については一般法である国家公務員法の規定が適用されると解釈したものでございまして、御指摘は当たらないものでございます」

と答弁している。

まさに今回確定した判決の事実認定とは真っ向から食い違う説明をしているのである。

元検事長に対する異例の証人尋問

裁判において、原告は「黒川検事長の勤務延長を行うために法解釈を変えたのだ」と主張した。一方、被告・国は国会答弁と同様、「国家公務員一般の定年の引上げに関する検討の一環として検察官についても検討を進める過程で、解釈変更を行った」と言っていた。

今回の訴訟では2023年12月1日、辻裕教元法務事務次官という法務行政のトップを担い、認証官である仙台高等検察庁検事長まで務めた幹部に対する異例の証人尋問も行われた。

反対尋問にて、原告弁護団は勤務延長をめぐる手続の不合理性をつき続ける。

なぜ法務省刑事局はわずか1ヵ月の間に従来の解釈とは真逆となる変更を行ったのか?

なぜ辻事務次官みずからが人事院へ赴くなどし、わずか8日間で関係機関との調整を終えるほど急がなくてはならなかったのか?

解釈変更を決裁したことを示す文書をなにも作成していないのはなぜなのか?

検察官の人事をめぐる法律の解釈が変更になったにもかかわらず、なぜ全国の検事たちに対して周知しなかったのか?

尋問を通じ、こういった疑問や矛盾が浮き彫りになる。

裁判長が二度にわたって問いかけた

そのうえで、徳地淳裁判長が問いかけた。

「お答えいただけるかどうかは分かりませんけれども、第三者的に見ると、(2020年)2月8日の黒川さんの定年退職の日に間に合わせるように、1月の半ばから急いで準備をしたように見えなくはないと思うんですが、そういう第三者的な見方については、どのようにお考えですか?」

辻氏は、

「ですから、申し上げているように、特定の検察官の勤務延長を目的としてはおらずに、法令改正の前提としての解釈をした、ということでありますので、見方と言われますと、それは、私どもとしては、そういう事実関係はないと申し上げることになる、ということであります」

と返答する。

再度、裁判長が、

「重ねて、第三者的な印象といいますか、そういったものを言うと、解釈変更を踏まえての法改正が検討されている段階で、法改正が実現してから勤務延長をされるというのなら分かるんですが、それを先取りして、実現する前に勤務延長を実施してしまうというところについては、法務省内で、改正法が成立してから適用すればいいのではないか、というような議論はなかったのでしょうか?」

と踏み込むも、辻氏は、

「具体的な人事に関わってまいるご質問なので、なかなかお答え申し上げにくいところではあります。どういう議論があった、なかったは、なかなか申し上げられないところでありますけれども、結論的には、適用可能な解釈をして、そこに必要性が現に生じていたので適用した、ということになろうかと思います」

と答えるにとどまった。

被告・国(法務・検察)は法廷において、みずから主張する法律解釈変更の理由に対する反論にまったく言い返せなかったため、控訴すらできなかったのである。

安倍官邸から人事介入はあったのか?

なぜこんな無茶をしてまで黒川氏の定年を先延ばしする必要があったのか。

さまざまなメディアの報道や、ジャーナリスト村山治氏の『安倍・菅政権vs検察庁 暗闘のクロニクル』(文藝春秋)によると、黒川弘務東京高検検事長を検事総長にしたいという安倍官邸の強い意向により、このような手法を採らざるを得なかったとされている。

今回の訴訟においても、原告代理人が黒川氏の勤務延長をめぐる首相官邸との間のやり取りについて辻元法務事務次官に問いかけた。

例えば、

「次期検事総長の人事の件で官邸を訪ねられたことはありますか?」

「(『安倍首相回顧録』の記述で)『黒川さんの定年延長を求めたのは、辻裕教法務事務次官と当時の稲田伸夫検事総長ですよ』と書かれているのですが、これ、事実ですよね?」

といった質問を投げかけたのだが、いずれも辻氏は、

「職務上の秘密に該当すると思いますので、申し訳ありませんが、証言は差し控えたいということでございます」

「そこも個人の人事のプロセスに関わることでありますので、職務上の秘密として、お答えは差し控えたいと思います」

と証言を拒んだ。

残念ながら今回の情報開示をめぐる訴訟において、法務・検察人事に対する介入の実態については明らかにできていない。

控訴しないけど、裁判所の判断も認めない

判決の確定を受け会見に臨んだ上脇博之神戸学院大学教授は、

「国は控訴しなかったわけだから、いままでの説明がウソだったと認め、なぜこんなことが起こってしまったのか真相を解明してほしい」

と語ったものの、記者から、

「午前中の会見で小泉龍司法務大臣が『控訴して判決を是正するまでの実益が乏しい』『国の主張と異なる事実認定がされたが、従来の説明を訂正するわけではない』と語ったが、その発言に対する受け止めは?」

と尋ねられると、

「もはや国に期待してもウソをつき続けるだけなので、国会に存在意義を発揮してもらうしかない」

と話した。

真相究明をめぐるボールは国権の最高機関たる国会に投げ返されたのである。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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