ゴーン氏の巨額報酬を可能にした、仏大企業取締役員会を独占する特権階級とは?
ここ数日、フランスでは、日仏文化の違いという観点からゴーン氏逮捕事件を分析する記事が増えているように感じる。今回は、あまり日本では知られていない左派電子新聞メディアパール(元ル・モンド紙のジャーナリスト数人が立ち上げたもので、広告収入ゼロで、購読料だけで経営する独立メディア)の記事を紹介したい.
日本文化の理解度はいかほどのものだったか?
24日に発表された『フランス風ガバナンスの終焉』は次のようなものだ。
「ゴーン氏は世界で初めて、世界的規模の自動車産業グループを建設したとして巨額の報酬を正当化していた。しかし、それならトヨタの会長はどうなのか? トヨタも世界的規模の会社ではあるが、彼の報酬はゴーン氏の日産からの報酬の3分の1でしかない。他の先進国とは違い、日本では、大企業経営者であってもごく妥当な報酬額しか受け取らない。個人的な富を蓄積することより、企業の中で全員が一丸となって団結し集団として利益を上げることが重要視されているからだ。ゴーン氏は日本文化に通じていると自称していたが、このことは見逃していたようだ。」
また、「ルノー取締役員の破綻」とした小見出し以下では、「これまでにも、ルノーではゴーン会長が嘘をつき、2011年の偽産業スパイ事件(注)などが起きた際に会社を不安定にするパラノイア的決定を下すといったことが数回あったのにもかかわらず、取締役員会は見ざる・聞かざる・言わざるという態度を貫いてきた。問題が起きても、誰も質問したり異議を唱えようとせず、全面的に会長を支持し共犯者となってきた。……取締役員会は排他的な特権階級出身者で占められており、そこには同類の者同士が共有するオメルタ、沈黙の掟がある。そしてこの沈黙の掟こそが仏企業ガバナンスの遺伝子なのだ」
(注) 2011年に中国から指示を受けた産業スパイがルノーに潜んでいたという情報があり、3人の社員が解雇されたが、のちに、全くの虚偽であったことがわかった事件
フランスの超富裕層
ところで、ここで言及されている特権階級、つまり超富裕層というのは一体、どのような人々なのだろう。富裕層に関する社会学研究で有名なミッシェル及びモニック・パンソン夫妻の著述(Michel Pincon,Monique Pincon-Charlot, L’argent sans foi ni loi, textuel, 2012)を参考に簡単に説明してみよう。
2018年度国立統計経済研究所(INSEE)の調べによると、超富裕層は全国民の1%でしかないが、彼ら一人あたりの労働月収は最低でも8850ユーロ(約113万円)、国民全体の労働収入の約7%を得ている。そのほかに、国全体の動産・不動産収入の30%を手中に収めている。
例をあげれば、フランス企業運動(MEDEFフランスの最高経営者組合)の元会長アーネスト-アントワーヌ・セイリエール・ド・ラボルド氏一家のように貴族の末裔であったり、コングロマリットとして有名なラガルデール・グループの一家や、現在、ルノーの暫定最高執行責任者であるティエリー・ボロレ氏一族のような19世紀からの産業界の家系の人々である。
しかし、かといって、彼らは必ずしもキンキラキンのド派手な人々ではない。カトリック国なので金イコール悪という図式はいまだに健在であり、案外、ポンコツ車に乗って地味な服装をしていたり、「ディナーで金の話や取引の話をするなんてお下品」と考えていたりする。その点、ゴーン氏のようにヴェルサイユ宮殿のグラン・トリアノンで再婚パーティーをするのは、もともと移民ならではの感覚だろう。
家族・親戚一族は大企業経営者、財政弁護士、財政コンサルタント、政治家といった人々で占められているため、子どもたちは幼少の頃から富を蓄積することや税制を自分に有利に利用する術について自然に学ぶ環境が整っている。パリ16区やヌイイ市に住み、エリート校に通い同類と交友関係を固める。こうした閉鎖的なサークルの中だけで婚姻関係を結び、友人関係を築くことによって堅固な連帯感、上記の「オメルタ、沈黙の掟」を培うのである。
こうしたシステムは先祖代々蓄積してきた富を維持・増大し、分散を避けるために必要なのだろう。しかし、もしかしたら、こうした閉鎖的なシステムこそがフランスの経済を蝕み、世界的レベルでなんだかパッとしないものにしている根源なのかもしれない。
ところで左派リベラシオン紙によると、極右翼政党のRN(国民連合。元FN国民戦線)所属の欧州議会議員で、過去にホロコースト否認発言をして罪を問われたことがある人物ブリュノ・ゴールドニッシュ氏が、ルノーの役員に、ひいてはゴーン氏が辞職した暁には会長に立候補すると発表したそうだ。理由はルノー株を所有していることと、日本人女性と結婚しており日本語を話すことらしい。冗談だろうけど……。