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イラク:「シーア派民兵」がアメリカへの攻撃停止を表明

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 本邦では誰も気にかけなくなって久しいが、イラクでは現在も同国に駐在・駐留する外交団や外国軍などの外国権益への攻撃がそれなりの頻度で発生している。最近では、ロケット弾を用いたグリーンゾーン(バグダード市内の、アメリカ、日本など各国の大使館などがある地域)やバグダード国際空港への攻撃や、手製爆弾(IEDって呼ばれるやつ)を用いた外国軍車両への攻撃の頻度が増しているそうだ。これにいら立ったアメリカは、攻撃が続くようなら在イラク大使館を閉鎖し外交官を引き上げると表明、イラク側はフサイン外相が各国の外相と電話会談し、外交団などの安全確保について説明する羽目になった。

 実際、グリーンゾーンやバグダード国際空港、イラクに駐留する外国軍基地などへの攻撃は、この半年で少なくとも30件ほど発生している。もっとも、これらの攻撃で外交団や外国部隊の側で死傷する者はほとんどいない上、みんな大好き(?)な「犯行声明」の類がどこかから出てくるなんてこともまずない。「イスラーム国」も、日々の戦果速報や週刊誌でイラクにおける外国権益攻撃を発表することはほぼなく、イラクにおける同派は、イラクの治安部隊や地域の末端行政職員に「ラーフィダ(シーア派の蔑称)」とのレッテルを貼って殺傷することに精を出すだけで、その活動には何の思想も政治もメッセージもない。そうした中、イラクにおける外国権益(特にアメリカ)への攻撃の「下手人」と思われているのは、「シーア派民兵」と呼ばれる武装勢力諸派である。諸派は、「親イラン」とか「イランに支援された」などの枕詞と共に報道に現れることがあるが、中でも「カターイブ・ヒズブッラー」、「アサーイブ・アフル・ハック」のような2000年代後半から活動する著名団体が、外国権益への攻撃を実行していると考えられている。これらに加え、ムクタダー・サドルの支持者や、アリー・スィースターニーの支持者などからなる諸派もあり、「シーア派民兵」といったところでその内情は多様で、イラクの政治への関与の程度や内外の情勢に対する政治的意見や立場は組織ごとに様々である。さらに面倒なことに、「シーア派民兵」諸派は2014年夏以降「人民動員隊」という連合体として、「イスラーム国」との戦闘の前面に立っており、ある意味で「政府の機関」のような体で存在している。

 それでは、諸派は何故外国権益を攻撃するのだろうか?「イランからの指令や教唆」の影響力がゼロとは言えないだろうが、それだけで「シーア派民兵」の行動様式が決まるほど事態は単純ではない。諸派は、イラク内外での政治的立場を問わずイラクに駐留するアメリカ軍などを「占領軍」とみなし、イラクの国会で議席を得ている幹部や仲間を通じて外国軍の撤退要求を繰り返している。この要求の延長線上に、軍事的な「抵抗運動」が含まれると考えることができる。また、「シーア派民兵」諸派はイラクの政治・行政機関に広く浸透しているので、イラクの政情で民兵の解体・武装解除、民兵諸派も当事者である汚職対策が議題となったり、公務員給与の遅配や電力供給などのサービス提供の遅滞のような問題が発生したりすると、グリーンゾーンへの砲撃事件が増えることもある。

抵抗運動にせよ、政治・社会問題への不満の表明にせよ、グリーンゾーンなどへの攻撃はあくまで「政治的メッセージ」であり、攻撃対象を殺傷する意図はあまり感じられない。もっとも、アメリカ兵や外交官を「うっかり」殺傷してしまうと、2020年1月のイランの革命防衛隊エルサレム軍団のソレイマーニー司令官と「人民動員隊」の最高幹部殺害のような事態を招きかねないので、攻撃する側もかなり加減してやらないとひどい目にあうことを意識しているだろう。こうした中での、「攻撃停止宣言」なのである。声明は、「イラク抵抗運動のための調整機構」との聞きなれない名義のもので、イラクの報道機関によると、上述の「カターイブ・ヒズブッラー」、「アサーイブ・アフル・ハック」などの諸派の連合らしい。声明は、「占領軍(アメリカ軍のこと)が最新の防空兵器を装備しているのにグリーンゾーンへの防衛ができず、(イラクの)愛国的・政治的指導者らを通じて攻撃を停止させようとした」と主張している。その上で、「愛国的・政治的指導者らを尊重し、イラク人民が求める占領軍撤退のための日程を策定するための機会を与える」と称して攻撃の停止を宣言した。また、声明には撤退要求に応じなければ新たな戦闘の段階に入るとの言辞も含まれている。

 今後、アメリカの政策、アメリカ・イラン関係、イラクの政治・社会情勢によってはまた攻撃が盛んになる可能性もある。将来の見通しを立てる上で重要なのは、「シーア派民兵」と言っても諸派が代表する(或いは基盤とする)イラク社会の構成要素は様々で、その各々が独自の利害関係を持っていることを理解することだろう。イランとの関係でも同様で、「シーア派」なら自動的に「親イラン」とか「イランの代理」になるのではなく、イランとの親密度は団体ごとにまちまちである。また、イランの側にも、複数の団体ごとに異なった「支援」や「動員」や「育成」の手法と「利用の仕方」があることは留意すべきだろう。「シーア派」というレッテルを貼ることで満足し、相手方の背景や個性を捨象しては、そもそも分析や観察は成立しない。また、そのようなものの考え方は、「イスラーム国」やそのファンの知的水準と大差がない。そして、対象への緻密な観察と分析を怠って相手に臨んでも、いい結果が出ないことは言うまでもない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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