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「廃棄される地元野菜をフリーズドライの味噌汁に」京都亀岡の料亭「松正」4代目若主人が挑む食品ロス問題

吉村智樹京都ライター/放送作家
料亭『松正』4代目、小笹正義さん(筆者撮影)

規格外でなくても廃棄される野菜

「食品ロス」が大きな社会問題となっています。農林水産省の調べによると、本来は食べられるのに廃棄されてしまう食品や食材は年間523万tに及びます。国内在住者一人あたりの食品ロス量は1年で約42kg。途方もない数字です。

食品ロスにつながる原因の一つが「野菜の廃棄」です。市場に出回るまでに野菜が廃棄される理由は、規格外だから、だけではありません。形が整っていて味がいいにもかかわらず豊作によって市場価格が低下してしまったり、新型コロナウイルス禍などなんらかの事態で人の流れが絶え、買い手がつかなくなったりするケースも大きな要因です。いびつな野菜だけが捨てられているわけではないのです。

京都の亀岡市に、市場に出回らない優良な野菜を「フリーズドライの味噌汁の具にして保存性を高め、販路を広げよう」と取り組む料理人がいます。その人は創業85年になる料亭「松正(まつしょう)4代目、小笹正義(おざさまさよし)さん(41)。地元野菜とともに生きる小笹さんが、どのような想いで新商品開発に挑んでいるのか。お話を伺ってきました。

亀岡は「京野菜のふるさと」

菜園がひろがるのどかな山里。ここに料亭「松正」があります。

京都の奥座敷、亀岡に店を構える料亭『松正』(画像提供/松正)
京都の奥座敷、亀岡に店を構える料亭『松正』(画像提供/松正)

小笹正義さん(以下、小笹)「亀岡は京都市内と較べて、料理人と生産者さんの関係が近いんです。辺り一面が畑ですから、生産者さんたちとの挨拶から1日が始まります」

料亭「松正」若主人、小笹さんはそう言います。「松正」で使う野菜のほとんどは地元・亀岡産。亀岡で栽培していない一部の薬味以外は、とれたて新鮮な地場の野菜を亀岡の産直市場で仕入れています。

店の周囲は菜園がひろがる。「辺り一面が畑ですから、生産者さんたちとの挨拶から1日が始まります」と小笹さんは語る(画像提供/松正)
店の周囲は菜園がひろがる。「辺り一面が畑ですから、生産者さんたちとの挨拶から1日が始まります」と小笹さんは語る(画像提供/松正)

農業が盛んで、「有機のまちづくり」を旗印に堆肥も地元産だという亀岡。そんな亀岡は「京野菜の産地」でもあります。「賀茂なす」は65.4%が亀岡産。「聖護院かぶら(かぶとも言う)」に至っては、なんと100%が亀岡産だというから驚きです。

ほかにも聖護院だいこん、丹波くり、えびいも、壬生菜、九条ねぎ、万願寺とうがらし、金時にんじんなど京料理を支えるスターベジタブルの数々が亀岡ではとびきりフレッシュな状態で手に入るのです。「うまい京料理を食べたいのならば、ツウは亀岡へ行く」。そんな説もあるほど。

小笹「それなのに、京都のどこの料理組合に入っても、組合主催の料理教室で講師をしても、亀岡市内の和食の料理人は私だけなんです。だからある意味で、私の役目ははっきりしていると言えます。もっと亀岡産食材の知名度をあげたり、おいしさを伝えたり、頑張っていきたいですね

京野菜の多くは亀岡で栽培される。言わば本場だ。「もっと亀岡産食材の知名度をあげたり、おいしさを伝えたり、頑張っていきたい」と小笹さんは語る(筆者撮影)
京野菜の多くは亀岡で栽培される。言わば本場だ。「もっと亀岡産食材の知名度をあげたり、おいしさを伝えたり、頑張っていきたい」と小笹さんは語る(筆者撮影)

「ジビエを使った京料理」で注目される

「松正」で使う亀岡産の食材は野菜だけではありません。天然の野生鳥獣の食肉もまた亀岡の名物。「松正」は猪や鹿など亀岡の山でとれたジビエの料理も人気なのです。

小笹「おすすめの一つは『猪(しし)肉のかぶら蒸し』です。かぶら蒸しはクラシックな京料理で、一般的には甘鯛や鰻などを使います。そこにあんをかけて食べる。しかし、うちは“地の利が生きた料理”をお出しするように心がけていて、そのため煮込んだ猪肉を使っているんです。亀岡に住む狩猟免許を取得されている方にお願いしてお肉を仕入れています」

亀岡産の野菜とジビエを使った「猪肉のかぶら蒸し」(画像提供/松正)
亀岡産の野菜とジビエを使った「猪肉のかぶら蒸し」(画像提供/松正)

小笹さんが考案した「ジビエを使った京料理」。実は「松正」の料理はいま、「時代を捉えて先鋭的である」と話題になっているのです。

小笹「ジビエという言葉がブームだから、新しい料理だと思われるかもしれません。でも、人類は鶏や豚より先に、猪や鹿やキジを食べていました。だから、こういう料理もあったんだと伝えたい。ただ、古い料理ではあるけれど、古ぼけた料理にはならんように心を尽くしています。たとえば、猪が育った環境にはえていたキノコや根菜などを添えるなど。生態系の循環を一つの器のなかで表現する。亀岡の料理屋やからこそ、それができると考えているんです」

ジビエ肉のさばき方を学び、調理法も独自にあみだした(画像提供/松正)
ジビエ肉のさばき方を学び、調理法も独自にあみだした(画像提供/松正)

オリジナル料理「鹿肉の生姜焼きと海老芋と猪肉のコロッケ」(画像提供/松正)
オリジナル料理「鹿肉の生姜焼きと海老芋と猪肉のコロッケ」(画像提供/松正)

幼少期から祖父に抱かれて生鮮市場へ

京料理を堪能できる「松正」は昭和11年(1936)、初代である曾祖父が、京都市内の西院に鮮魚や海産物の店として開業しました。お客さんから「料理して持ってきて」と依頼され、焼き魚など簡単な魚料理を提供。そこへ婿養子としてやってきたのが祖父でした。京都の仕出しの店で修行をしていた祖父は料理の腕があり、京料理の店を始めることとなったのです。

小笹「だから、うちの味のルーツは仕出し料理なんです。特に『だし巻き玉子』は人気でした。だし巻き玉子は代々受け継いでいて、現在も人気メニューです。私はお客さんの目の前で焼くサービスをしています。落としたてのいいだしをたっぷりと使い、焼きたてを召し上がっていただく。とても喜ばれていますよ」

仕出しの味を現代に伝える「料亭のだし巻き玉子サンドイッチ」も人気(画像提供/松正)
仕出しの味を現代に伝える「料亭のだし巻き玉子サンドイッチ」も人気(画像提供/松正)

小笹さんは亡くなった祖父にとてもかわいがられたと言います。

小笹「おじいちゃんに抱かれてよく生鮮市場へ買い物に行きました。珍しい果物などを食べさせてくれたり、いろんな国の食べ物を買ってくれたり。私が『おいしい』と言うと喜んでくれたんです。市場ではいまだにその姿を憶えている人がいて、『あんなに小さかった子が、4代目を継ぐ料理人になるとはな』とよく言われます」

亀岡の店はもともと曾祖父が「隠居のために」購入した土地でした。しかし昭和の高度成長期が落ち着くと次第に仕出しの文化が京都で薄らいでゆき、しっかりと料理を提供できるよう、亀岡の土地に店を開く運びとなったのです。小笹さんは父親とともに亀岡へ移住しました。

京料理と若者との深い溝に頭を悩ませた

西院で生まれ、亀岡で育った小笹さんは京都調理師専門学校を卒業後、「一度はよそで働いた方がいい」という祖父の勧めで京都市中京区「木乃婦(きのぶ)」にて修業しました。ソムリエの資格を有し、ワインに合う京料理を提唱する主人の考え方に感銘をおぼえ、自分自身もソムリエ資格を獲得。新しい京料理を模索し始めます。

平成17年(2005)より実家の「松正」へ戻り、若主人に。店で料理をするほか、京都市と亀岡市にて料理教室の開催や小学校の家庭科の調理実習の講師、さらには海外へと、食育事業にも取り組んでいるのです。

小学生を対象に調理実習の講師をつとめる(画像提供/松正)
小学生を対象に調理実習の講師をつとめる(画像提供/松正)

小笹「未来のお客さんや料理人を育てたい。しかし、お子さんや若者を対象に料理教室や食育教室を開くと、“京料理と若者との距離”を感じるんです。京料理だけではなく、食べ物に対する関心、おいしいものを食べたいという欲求が薄くなっている気がします。だから畑で野菜をとって、それを即興で料理するようなエンタテインメント的な演出をするよう心がけているんです」

食育教室では畑でとれたばかりの野菜をその場で調理するなど目を惹く工夫をしている(画像提供/松正)
食育教室では畑でとれたばかりの野菜をその場で調理するなど目を惹く工夫をしている(画像提供/松正)

実習で作った料理がおいしいと、それまで消極的だった子どもたちの受講態度が一変し、目を輝かせてくれるのだそうです。

小笹「振り返れば幼い頃、祖父に市場へ連れていかれた経験がどれほど重要だったか。小学生の頃からいい食材に触れて、おいしいものを食べて、味を知ってもらわないと『このままだと飲食業界は滅びるぞ』って本気で思うんです。だから私はいきなり『教える』のではなく、彼らをまず理解することから始めます。関係性を築いてから料理の話をするんです」

京料理と若者との精神的距離を感じ、「カルチャーショックの連続だ」と語る小笹さん。「TikTok」を勉強するなど、ジェネレーションギャップを埋めるために額に汗して取り組んでいます。

「子どもや若者に料理を教える際はジェネレーションギャップに驚かされてばかり」だという小笹さん(筆者撮影)
「子どもや若者に料理を教える際はジェネレーションギャップに驚かされてばかり」だという小笹さん(筆者撮影)

コロナ禍で廃棄される聖護院かぶらに胸を痛めた

日々「古きよき」と「新しきよき」の融合を目指す若主人、小笹さん。そんな彼が目下取り組んでいるのが、地元の名産品「聖護院かぶら」を具材としたフリーズドライ味噌汁の開発です。フリーズドライの商品は、料亭が監修に就く場合はあっても、開発に挑む例は極めて稀でしょう。きっかけはコロナ禍でした。

小笹「聖護院かぶらは大手の千枚漬け屋さんが買い取って、各百貨店の店頭だったり、駅チカの土産物売り場だったり、日本中に並びます。ところがコロナで観光客の足が止まってしまい、千枚漬けになるはずのかぶらが全部、行き場をなくしてしまったんです。生産者さんたちは本当に困っていました。かぶらの成長を止めるわけにはいかないですから。それで『あげるわ』と言って、毎日うちに持ってきはるんです。70Lのゴミ袋で3つくらい。私たちも毎日そんなに食べられへんし、仕方がなくうちもほかしてた(廃棄していた)んです

生産者が好意から無料で持ってきてくれる高級な聖護院かぶら。しかしその温情に報いることができず廃棄し、そのたびに胸を痛めていた小笹さん。実はかぶらを破棄する事態はコロナ禍以前から何度も起きていたのだそうです。

小笹「ものの値段は需要と供給のバランスによって決まります。聖護院かぶらはときどき、そのバランスを崩してしまうほど豊作になるんです。そうなると値段が合わない。一つひとつ水洗いして、ガソリン代を使って配送し、帰りは空っぽのトラックに乗って帰ってくる。そうしていると利益は出ず赤字になる。『保存性を高めることによって生産者さんの売りあげを安定させられはしないだろうか』。そう考えて閃いたのがフリーズドライの味噌汁でした。亀岡産の白味噌とうちの自慢のだし、亀岡が誇る聖護院かぶら、これだけ揃えば絶対にうまい味噌汁になるはずだと」

それ以来、京都先端科学大学京都亀岡キャンパスの協力の元、何度も試作を重ね、遂に理想の味に到達。現在は製造体制や販路の確立に全力を注いでいます。

聖護院かぶらなど京野菜を具にしたフリーズドライの味噌汁。試作品は完成し、商品化が待たれる(画像提供/松正)
聖護院かぶらなど京野菜を具にしたフリーズドライの味噌汁。試作品は完成し、商品化が待たれる(画像提供/松正)

小笹「夢は道の駅に置いてもらったり、ふるさと納税の返礼品になったりすることですね。『亀岡産の味噌汁ってフリーズドライでもうまいな』と知ってもらい、それが京料理への関心につながってほしい」

販売が実現すれば食品廃棄の発生抑制になります。夢はさらに大きく、次の一手は「離乳食」なのだそうです。

小笹「私には中3、小6、小4の子どもがいます。彼らを見ていると『安全でおいしいものを食べて育ってほしい』と思うんです。幼児の頃から本物に触れる。それが日本の食文化を守っていくことにつながると考えます。名前は『はじめてのおやさい』にしようと決めているんです。絵本のようにページを開くと離乳食が出てくる仕組み。亀岡は京野菜だけではなくトマトやカリフラワーなど一般の野菜も栽培が盛んでとてもおいしいんです。それらを素材とすることで料理人と生産者さんが手を取りあえればうれしいですね」

食品ロス問題に取り組む小笹さん。思えば京料理には古くから「始末」(もったいない)という考え方があります。SDGs達成のための考え方が京都にはすでにあったと言えるでしょう。

古きを学ぶことで未来への一歩にたどり着いた小笹さんは「亀岡で料理人をしているからこそ生産者さんたちの気持ちがわかった」と言います。絶品の京料理をいただくなら、あえて京野菜のふるさと亀岡へ、いかがでしょう。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

京料理「松正」

所在地:京都府亀岡市篠町篠上北裏91−1

電話:0771-24-0567

アクセス:JR嵯峨野線「馬堀」駅徒歩12分

営業時間:11:00~14:00 17:00~20:00

定休日:水曜日

http://matsusyo.jp/

京都ライター/放送作家

よしむら・ともき 京都在住。フリーライター&放送作家。近畿一円の取材に奔走する。著書に『VOWやねん』(宝島社)『ビックリ仰天! 食べ歩きの旅 西日本編』(鹿砦社)『吉村智樹の街がいさがし』(オークラ出版)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)などがある。朝日放送のテレビ番組『LIFE 夢のカタチ』を構成。

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