コロナ休業は「使いやすい」のに「使われない」 制度の特徴と問題点とは?
「政府が制度を作っても、会社が制度を使ってくれない!」
NPO法人POSSEの労働相談窓口にはこのような相談が寄せられている。
ご存知のとおり、政府は、“一斉休校”に伴う保護者の休暇取得を支援するために新たな助成制度を創設することを発表している。
助成金は保護者に直接支給されるわけではなく、企業に支給される。保護者に有給の休暇を与えた企業に助成を行うことによって、子どもの世話をするために休んだ保護者の収入を確保するという形での保護者支援策である。
そのため、助成制度を利用するかどうかは企業に委ねられている。企業が助成制度を利用しない限り、保護者がその利益を享受することはない。
この仕組みに問題はないのだろうか。この記事では、今回の助成制度の概要を解説しつつ、その問題点について考えていきたい。
「赤字になるから特別休暇は認めない」
大手アパレル企業で販売の仕事をするAさん(女性)には小学校1年生の子どもがいる。学校が休校になり、当初は学童保育に預けることができたが、自治体から学童保育の利用を控えるよう要請があり、今後は子どもの預け先がない状態だという。
シングルマザーであるAさんは、子どもの世話をするために仕事を休まざるを得ないが、休んでいる間は無給になる見込みだという。報道を見て、保護者を支援するための助成制度ができることを知っていたAさんは、会社の本部に問い合わせたが、「休業期間の給与は支給しない」と言われてしまったのだ。
「このままでは生活していけないので、年金暮らしの親に頼るしかない状況。助成制度ができるのに、なぜ利用できないのか。個人に直接支給されるような制度にしてほしい」とAさんは話す。
2人の子どもがいる看護師のBさん(女性)は、残りわずかな有給休暇を残しておきたくて、特別休暇の取得を認めてもらえないかを勤務先に尋ねた。しかし、「そういう制度はないし、あなたの1日当たりの賃金は16,000円くらいだから8,330円の助成を受けたとしても病院が赤字になる。だから特別休暇は認められない」と言われてしまった。
後述するが、従業員の1日当たりの賃金が助成の上限である8,330円を超える場合、その差額は企業が負担しなければならない。このような理由から、有給で休むことができない保護者が一定数いるようだ。
新制度のポイント
ここで、今回作られる予定の助成制度について整理しておきたい。まだ詳細は明らかにされていないが、これまでに発表されている情報からは以下の4つのポイントが指摘できる。
(1)企業に対する助成
繰り返しになるが、保護者に直接支給される助成金ではなく、企業(事業主)に対する助成であるという点が一つ目のポイントだ。
制度を利用するか否かを決めるのは企業であり、労働者(=保護者)がいくら利用したいと言っても、企業に拒否されればそれまでだ。言ってしまえば、企業が“特別”な休暇を“恩恵”的に与えたときにだけ、労働者が制度による利益を享受できるということだ。
(2)賃金の全額支給が助成を受けるための要件
二つ目のポイントは、企業が助成を受けるためには一定の要件を満たす必要があるという点だ。その要件とは、臨時休業した小学校等に通う子の保護者の方々に対して有給(賃金全額支給)の休暇を取得させることである。
この有給の休暇は、労働基準法に定める年次有給休暇とは別のものである必要がある。法律によって付与されている有給休暇とは別に、企業が独自に休暇を付与する必要があるということだ。
この要件を満たせば、企業に「有給休暇を取得した対象労働者に支払った賃金相当額」が助成される(安倍首相が“一斉休校”を要請した2月27日から3月31日までに取得した休暇が対象となる)。
ただし、助成の上限は1日1人当たり8,330円とされる。上記の賃金相当額がこの金額を超える場合には、企業が差額分を負担しなければならない。
誤解されている方が多いが、この上限はあくまで企業への「助成額」に設定されているものだ。上限を超えていたとしても、労働者は、年次有給休暇を使ったときと同じように給与の全額を受け取ることができる。
(3)新たな休暇制度の導入は不要
厚生労働省のリーフレットによれば、この制度を利用するための“有給の休暇”を労働者に与えるために、就業規則の改定によって新たな休暇制度を導入する必要はない。これが三つ目のポイントだ。
突然の“一斉休校”により急遽休まなければいけなくなった保護者が多いなか、あらかじめ会社に特別休暇の制度がなければ助成を受けられないということでは、多くの人が支援の対象から外れてしまう。
そうならないよう、就業規則に会社独自の休暇制度の定めがない場合でも、要件に該当する休暇を付与した場合は対象となることが明らかにされている。このため、企業が助成を受けるに当たって手続上の障壁はないと思われる。
(4)対象労働者に限定はない
四つ目のポイントは、助成を受けるに当たって、対象となる労働者に関する要件がない(つまり、誰でも制度の対象にできる)ということだ。雇用関係にある限り、非正規雇用を含む全ての労働者が対象になる。
雇用調整助成金の支給対象労働者が雇用保険被保険者に限定されていることと比較すれば、対象となる労働者に制限を設けなかったことは画期的だといえる。
〔参考〕厚生労働省リーフレット「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金(詳細版)」
企業が制度を使わない理由
以上のとおり、企業が助成を受ける場合には労働者に賃金の全額が保障される。雇用形態によって支援の対象から除外されることもない。これだけを見ると労働者に“優しい”制度に思えるが、問題点もある。
それは、最初に述べたとおり、支援を受けたくても、企業に拒否されてしまえば、助成制度を利用できない点だ。
なぜ制度を利用しない企業があるのだろうか。上述したとおり、手続面での支障はほとんどないはずだ。
まず考えられるのは、金銭的な負担だ。上述したとおり、労働者の1日当たりの賃金が8,330円を超える場合、超えた部分は企業の負担となる。対象の労働者が多い場合には、企業にとって大きな負担となる。企業が積極的に助成制度を利用できるように、上限額は廃止するか引き上げる必要がある。
もう一つ考えられるのは人員の都合だ。本来望ましくないことではあるが、育児の負担を女性が負っていることが多い日本社会の現状を考えると、今回の助成制度の対象となる労働者においても女性の割合が高くなることが予想される。
看護、介護、保育をはじめ、女性比率が高い職場では、慢性的な人員不足から、休暇を与えるほどの余裕がないというところも多い。特別な休暇を認めれば、それを利用して休む労働者が増えて、現場が回らなくなる。このような事情から制度を利用しない企業も多いのではないだろうか。
企業への助成を通じた支援策の問題点
一方で、企業が助成制度を利用するメリットはほとんどない(助成制度がなくても、独自に有給の休暇を与えようとしていた企業にとってはメリットがあるが、そのような企業は多くはないだろう)。企業が制度を利用せず、支援が行き届かない保護者が生じることは容易に想像できたはずだ。
では、なぜこのような仕組みにしたのだろうか。他の方法はなかったのだろうか。
今回のようなケースでは、次の2つの給付方式が考えられる。
一つは、労働者からの申請に基づき、労働者に対して直接給付を行う方式だ。育児休業給付金を例にとると分かりやすい。
育児休業給付金の支給申請手続では、労働者が事業主を経由してハローワークに申請する方式が取られている。休業した期間について事後的に申請を行い、算出された額の給付金が支給される仕組みだ。申請時に事業主を経由させることにより、受給資格を満たすことの確認がなされる。
もう一つが、企業への助成を通じて、休んだ労働者の賃金を保障する方式である。典型的なのが雇用調整助成金だ。
これは、不況時に事業活動の縮小を余儀なくされた企業が労働者を一時的に休業させることによってその雇用を維持したときなどに、賃金や休業手当の一部が助成される制度である。企業からの届出に基づき、都道府県労働局が受給要件を満たすかを審査する。
必要な人に漏れなく支援を行き渡らせることを考えれば、明らかに前者の方が直接的で確実な方法だといえる。だが、実際に採られたのは後者の方式だ。どのような理由でそうなったのかは不明である。様々な事情を勘案した上での決定ではあるだろう。
確かに、今回採られた方式は、労働者にとってもメリットのある仕組みではある。企業が制度を利用してくれさえすれば給与全額が保障され、一時的に収入が減少することもないからだ(前者の仕組みでは、労働者が給付を受けられるまでにタイムラグが生じ、一時的に収入が減ってしまう)。
しかし、企業が制度を利用しなければ、労働者には一切メリットがない。このような仕組みを採った以上、支援が行き届かない人々が生じるのは明らかであるから、それに対して何からの対応をとる必要があるだろう(後述するように、前者の方式を併用することなどが考えられる。)
また、企業による不正受給という問題もある。リーマンショック後に拡充された雇用調整助成金では、実際には従業員を働かせているのに休業したと偽って申請するケースが問題になった。今回も同じような事態が生じる可能性は大いにあり、対策が必要だ。
〔参考〕雇用調整助成金、不正受給4割戻らず 13~15年度(朝日新聞デジタル 2017年1月11日配信)
このように、企業への助成を通じた支援策には様々な問題があるのだ。
支援から漏れてしまう人々に追加の施策を
とはいえ、すでに助成制度の大枠は公表されており、これ自体が変わることは考えにくい。そのなかでどのような解決策が考えられるだろうか。
一つには、企業を通じた支給方法に限定せず、個人が直接給付を申請できる方法を追加する措置が考えられる。
支援の対象から漏れてしまっているのは、この記事で述べてきたような保護者だけでない。多くの方が指摘しているとおり、フリーランス、個人事業主として働いている方のなかにも、“一斉休校”の影響により仕事を休まざるを得なかった方が多く存在するだろう(注1)。
政府は、こうした人々にも支援が及ぶよう、事後的に救済する措置を設けるべきだ。個人で直接申請でき、子どもの休校が原因となって出勤できなかったことを証明した場合に給付を受けられるようにする道を確保するべきだろう。
今回の一連の経過から、災害や感染症の蔓延といった緊急事態に対して既存の制度がうまく機能しないということが明らかになりつつある。どのような時にも柔軟に対応でき、人々を生活困窮から守るための普遍的な制度を整備していくことが中長期的には目指されるべきである。
※注1
3月10日現在、政府がフリーランスや自営業の人に対する休業補償として一日定額4,100円を給付する方向で検討していることが報じられている。
会社に助成制度を利用させるために労働者ができること
最後に、会社が助成制度を利用してくれない場合、労働者に何ができるかを述べたい。
法律上、会社には助成制度を利用する義務はない。だから、労働者ができるのは、制度を利用するように“交渉”することだけだ。
労働者個人が会社に交渉を申し込んでも、まともに応じてもらえる保証はない。だから、労働者は、法律で認められた労働組合の交渉力を活用し、会社に直接交渉し、制度を利用するよう求めていくしかない。
労働組合が団体交渉を申し込んだ場合、会社は交渉を拒否することができない。また、労働組合による団体交渉では、法律を守ることを求めるだけではなく、法律が定める基準を超えた要求をすることができる。
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