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北海道 室蘭本線に見る JRと地域連携のあるべき姿

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

JR北海道の室蘭本線(岩見沢-苫小牧-室蘭)で地域の皆様方による手作り感満載の観光列車が9月24日に運転されました。

撮影 金船 裕 氏
撮影 金船 裕 氏

「道外禁止」とヘッドマークを掲げたこの観光列車はどのような形で運転されたのか、企画、集客、運行の各方面から探ってみました。

室蘭本線の観光列車とは

本州地区にお住いの皆様は室蘭本線と聞いてもピンと来る人は少ないのではないでしょうか。

岩見沢から室蘭を結ぶ室蘭本線の中でも特に岩見沢-苫小牧間は非電化で、沿線には取り立ててみるべき温泉や観光地もなく、特急列車が走る路線でもありません。

北海道の知人に話を向けると、「なぜ、室蘭本線に観光列車なのでしょうか?」という答えが返ってきます。

観光列車と言えば、釧路湿原を走る釧網(せんもう)本線や、最北端の稚内を目指す宗谷本線、あるいはラベンダーが咲く富良野線などが思い浮かぶと思いますが、取り立てて観光地があるわけでもなく、景勝地でもなく、ただただ平坦路線が続く室蘭本線(岩見沢-苫小牧)に観光列車を走らせるということは、なかなかご理解いただけないのではないかと思います。

北海道ではここ数年「炭鉄港(たんてつこう)」という言葉をよく聞きます。

石炭、鉄鋼、港湾という近代日本の礎を築いたのは空知(石炭)、室蘭(鉄鋼)、小樽(港湾)の三都と、それらをつなぐ鉄道を舞台にした近代化産業遺産群として、日本の近代化に大きく貢献した事実を見つめなおし、現代の観光につなげようという取り組みで、その中心になった室蘭本線が今年130周年を迎えることから、それを記念して今回の室蘭本線での観光列車の運転となりました。

つまり、今までのような、ありきたりの観光ではなく、もう少し深く突っ込んだ観光と言えましょう。

北の産業革命 「炭鉄港」 ポータルサイト

道外禁止プロジェクトとは

この観光列車を企画したのは「道外禁止:鉄道プロジェクト」(代表:石川成昭氏 NPO法人 炭鉱の記憶推進事業団)の皆様。

鉄道に対して熱い思いを持つファンの方々の集まりで、かつて夕張や幌内などで産出された石炭を運ぶ役割を貨物列車が担っていたことから、その歴史を巡る旅として室蘭本線に着目されたのです。

では、「道外禁止」とは何か。

これは、石炭を満載した貨車に書かれていた文字のことです。

黄色で誰にでもわかるように書かれた道外禁止の文字。

石炭を満載した貨車は港で専用船に石炭を積み替えると、空になった貨車を産炭地へ戻す。そして再び石炭を満載して港へ運ぶ。

こういう輸送を繰り返していたため、この貨車は北海道内専用の貨車なので、北海道の外へ出してはいけませんよという目印が「道外禁止」なのです。

この「道外禁止」という言葉をプロジェクトの名前に付けて、今回の観光列車が企画されました。

昭和50年まで活躍したSLけん引の石炭列車。

向こう側の線路を石炭を満載した貨車が走り、こちら側は港で石炭を降ろして空車になった貨車が夕張の炭鉱に戻るところ。

当時の室蘭本線ではこのような長編成の貨物列車がひっきりなしに行き交って大量の石炭を本州方面に運んでいたのです。

この写真は今回の観光列車の車内で配られた弁当や菓子類の掛け紙に使用されたものですが、この同じ路線を数十年ぶりに列車で旅をするということに「炭鉄港」の意味があるのです。

行政とのかかわり

この企画をした道外禁止プロジェクトの皆様方は、一般の鉄道ファンの皆様方のグループですが、鉄道ファンが車両を貸し切って列車を走らせるだけなら昨今各地で見られますから何も特別なことではありません。

今回の観光列車企画で特筆するのは、沿線自治体の皆様が、この観光列車の走行に合わせてそれぞれに歓迎を行ったことです。

始発駅岩見沢

栗山町、栗山駅

安平町 追分駅

苫小牧駅

白老駅

登別駅

終着 室蘭駅

このように沿線各駅でそれぞれの自治体の皆様方がこの観光列車をお出迎えされているのですから、乗客としてはうれしいおもてなしですよね。

懐かしい駅弁の立ち売りが行われたり、追分駅では安平町の及川秀一郎町長(中央)がお出迎えしたりと、沿線自治体あげての大歓迎となりました。

鉄道ファンという愛好家団体が走らせた観光列車に、なぜこれだけの沿線自治体が歓迎したのか、他の地域のローカル路線ではなかなか見られないことですが、「炭鉄港」という地域自治体あげての産業遺産キャンペーンはもちろんではありますが、沿線自治体がそれぞれ地元の鉄道に対して思いがあること、そして、この「道外禁止:鉄道プロジェクト」の皆様方が、ふだんから沿線を歩き、自治体の方々と顔見知りになって、信頼関係を築き上げていることが大きな要因だと筆者は考えます。

JR化後36年がすでに経過し、鉄道会社と地域とのつながりはかなり疎遠になってきている現状が全国に見られます。そしてこのコロナ禍で赤字が急拡大した鉄道会社は、地域に対応策を求めています。

でも、長年疎遠になって来た鉄道会社と地域が、急に親密になることはあり得ません。

しかし、いろいろな問題が浮き彫りになっているJR北海道ではありますが、沿線地域によっては自分たちの地域を走る鉄道を、他人事ではなく、自分の事としてとらえ、何とかしようと考えている地域があるのです。

そんな中で、この道外禁止プロジェクトの皆様方がJRと地域を結び付け、三位一体となって取り組んだのが今回の観光列車であると言えましょう。

室蘭本線開業130周年を記念して運転されたこの観光列車ですが、かつて日本の産業近代化に大きく貢献した室蘭本線に対する熱い思いが地元を共感させ、JRが特別ダイヤを設定して観光列車の運行にこぎつけた。これは沿線自治体だけではなかなかできることではありません。その仲を取り持ったのが鉄道ファンの団体であるということに、もしかしたらこういうファンの取り持つ力やアイデアを上手に使うことが、ローカル鉄道を運営する会社と自治体をつなぐあるべき姿なのではないか。

今回の観光列車が走った大きな意味はそこにあると筆者は考えています。

【北海道ニュースUHB】かつての室蘭本線に思いはせる…室蘭本線 開業130周年記念 特別列車"旭川・室蘭"間で運行

※おことわり

・この特別列車は株式会社日本旅行により募集、実施されたものです。

・本文中に使用した写真、資料については、特におことわりがあるものを除き、道外禁止プロジェクト(矢野友宏さん)撮影、提供によるものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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