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高プロ「長時間労働」は糖尿病を悪化させる

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 国会では長時間労働が議論されているが、長時間労働は不規則な生活と運動不足に結びつきやすく、その結果として男性患者で2型糖尿病を悪化させるという40歳以下の日本人を対象にした研究が出された。長時間労働と健康への悪影響に関するエビデンスがまた1つ加わった形だ。

明白な長時間労働の健康への悪影響

 過労死が英語で「Karoshi」という単語になるほど、日本人労働者が置かれている劣悪な労働環境は有名だ。安倍政権は経営側からの要請で、働き方改革という名の下に規制を緩め、「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」を創設しようとしている。この制度については、過労死につながると危機感をつのらせる人も多い。

 一部の労働者を対象にして労働時間規制を外すというのが高プロの眼目だが、長時間労働と健康への悪影響についてはすでに多くの研究論文が出されている。日本で1991年に出された論文(※1)では、心臓発作で亡くなった労災保険の適用者203人を調べたところ、その約2/3が週60時間以上の長時間労働をしていたことがわかった。

 労働時間と健康との関係についての21論文とそれを補強する12論文を比較したシステマティックレビュー(※2)では、労働時間と生理的・心理的な不健康に正の相関、つまり労働時間が延びると不健康になるという結果が出ている。例えば、30〜69歳の日本人男性労働者を調べた研究(※3)によれば、労働時間7〜9時間と11時間を超える労働時間を比べた場合、急性の心筋梗塞のリスクは2.44倍(※4)となった。

 労働時間が延びると心身ともに様々な悪影響が出てくる。最近、日本人の若い世代を対象にし、労働時間と血糖値のコントロールとの間の関係を調べた研究論文(※5)がアジア糖尿病学会誌『Journal of Diabetes Investigation』オンライン版に発表された。

 この研究は日本の石川県にある金沢城北病院など全国の病院医師らの研究グループによるもので、20〜40歳の2型糖尿病患者で仕事をしている労働者478人(女性126人)を対象(※6)に、労働条件(労働時間、職種、雇用形態、勤務の時間帯)と朝食を抜いたり(Skipping Breakfast、SB)遅い時間帯に夕食を採る(Late Evening Meals、LEMs)などの不規則な食生活を比較し、それが血糖コントロールにどのように影響するかを調べた。評価はHbA1c値(※7)で、調査開始時と1年後の同値を比較した。

 研究に同意した参加者は2011年10月1日から2012年3月31日まで通院(外来)した2012年3月31日の時点で20〜40歳の2型糖尿病患者で、1年後にHbA1c値を測定し、HbA1c値7.0%未満だった患者群(血糖コントロール良好群、179人、男性135人、女性44人)とそれ以外の群(血糖コントロール不良群、299人、男性217人、女性82人)に分けた(※8)。

不規則な生活につながる長時間労働

 1年間の糖尿病治療について、両群の男性352人では食事療法13.1%、血糖値コントロール薬(GLP-1受容体作動薬)64.2%、インスリン療法22.7%、女性126人では食事療法15.1%、血糖値コントロール薬(GLP-1受容体作動薬)54.0%、インスリン療法30.2%だった。合併症の性差では、糖尿病網膜症で男女差はほぼなかったがタンパク尿と糖尿病性腎症では男性のほうが罹患率が高かったという(19.3%:9.5%)。

 両群を比較し、2012年の労働状況と食生活の観点から分析したところ、男性労働者の場合、血糖コントロール不良と不規則な食生活や長時間労働との間に関係があることがわかった(※9)。女性労働者の場合、こうした関係はみられず、血糖コントロールと食生活や労働時間に性差があった。

 過去の研究(※10)からサーカディアンリズムと2型糖尿病の関係がわかっており、これが今回の研究結果の性差につながっている可能性があると研究者はいう。つまり、サーカディアンリズムの乱れに男性は影響されやすく、女性ではそうではないということのようだ。

 この研究者は、週60時間以上の長時間労働と乱れた食生活(朝食抜き・遅い夕食)は、2型糖尿病にかかった若い男性労働者に悪い影響を与えると警告している。日本ではHbA1c値が6.0〜6.5%の糖尿病の可能性が否定できない人の割合と6.5%以上の糖尿病が強く疑われる人の割合は、それぞれ12.1%となっている(※11)が、20〜40歳という若い年代での2型糖尿病も増えてきている。

 血糖値を正常にコントロールするためには、適度な運動と規則正しい生活習慣、食生活が重要だ。糖尿病を悪化させないためにも、不規則な生活習慣につながる可能性の高い長時間労働を抑制する必要がある。

 国会で議論が続いている高プロは、労働時間の規制を取り払い、いくらでも労働時間を長くできる制度だ。労働環境の改悪が健康格差につながらないよう、国民の健康や生命を守るために存在する政治や行政が十分に留意しなければならない。

※1:Tetunojo Uehata, "LONG WORKING HOURS STRESS-RELATED AND OCCUPATIONAL CARDIOVASCULAR ATTACKS AMONG MIDDLE-AGED WORKERS IN JAPAN." Journal of Human Ergology, Vol.20, 147-153, 1991

※2:Kate Sparks, et al., "The effects of hours of work on health: A meta-analytic review." Journal of Occupational and Organizational Psychology, Vol.70, Issue4, 391-408, 1997

※3:Shigeru Sokejima, et al., "Working hours as a risk factor for acute myocardial infarction in Japan: case-control study." BMJ, Vol.317, 775-780, 1998

※4:オッズ比、Odds Ratio、この場合のCI(信頼区間)95%:1.26〜4.73

※5:Yasushi Azami, et al., "Long working hours and skipping breakfast concomitant with late evening meals are associated with suboptimal glycemic control among young male Japanese patients with type 2 diabetes." Journal of Diabetes Investigation, doi: 10.1111/jdi.12852, 2018

※6:全国96施設(38都道府県にある全日本民主医療機関連合会、Japan Federation of Democratic Medical Institutions、民医連、MIN-IREN)からのデータを利用

※7:HbA1c:糖化ヘモグロビン、Glycated Hemoglobin、A1C、血糖コントロールの評価指標

※8:日本糖尿病学会:「熊本宣言2013」糖尿病の合併症予防のための管理目標値としてHbA1c値7%未満を推奨(2018/05/23アクセス)

※9:朝食を抜き、さらに遅い時間帯に夕食を採る食生活で2.50倍(オッズ比、以下同)、週60時間以上の長時間労働で2.92倍

※10:Sirimon Reutrakul, et al., "Chronotype Is Independently Associated With Glycemic Control in Type 2 Diabetes." Diabetes Care, Vol.36(9), 2523-2529, 2013

※11:2016年の「国民健康・栄養調査」2017年

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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