Yahoo!ニュース

韓国記者と語った「愛の不時着論」 ジョンヒョクのカッコよさとは?

制作側からメディアに配付された公式ポスターより

日本側からの質問を徹底的に聞きまくった!

この2月、ありがいそとにこちらの原稿を非常に多く読んでいただいた。

韓国で「愛の不時着」第1話放送、実は「スベった」 南北問題の当事国はどう観たか

2月16日に「愛の不時着」が韓国での放送終了から1年となることを記念して、韓国メディアの芸能担当記者に対し、この作品が韓国でどう見られているのかを取材するという内容だった。

この月末、そして週末へと向かうタイミングにぜひそちらで掲載しきれなかった内容をスピンオフ原稿として。

韓国「スポーツ京郷」で幾多の本作関連原稿を記したイ・ユジン記者にじっくりと話を聞くことができた。筆者自身にとって韓国の人とこのドラマについて語り合うのは初めてだったこともあり、その間、筆者自身が日本のファンと語り続けてきた内容など聞きたい話がホントに山ほどあった。コロナ禍で出会ったこの作品だが、同じくそのコロナが韓国に行く機会を奪っているのだ。筆者自身としても印象深い機会となった。ぜひとも「読んでいただきたい」という思いも強く。

※一部、上記原稿と内容が重複します。

以下、ネタバレ注意。

放映した「tvN」は今やドラマの名門

--2019年12月に放映されたこのドラマ。当初は韓国でも反応が芳しくなかったそうですね。

2019年秋に最初にドラマの情報が公開になったとき、国内ですごく話題になったんですよ。ソン・イェジン、ヒョンビンそしてパク・ジウンというスター性のある脚本家が出会う作品だということで、非常に大きな話題になりました。でも企画段階の期待感と比べ、トレーラー映像が公開されるや、「理解ができない」「ありえない」という反応に変わっていきましたね。パラグライダーに載って北朝鮮へと越えていくという、そういう設定自体が話にならないと。そしてタイトルもなんとなく「ダサい」と。そう思いませんか? 「愛の不時着」って。そしてさらに、北朝鮮に行ってロマンスが展開していく点が「美化されすぎ」という評価もありました。

--日本から見ていても確かにそこは気になっていたところです。放映された時期は、南北首脳会談が活発に行われた2018年から一転、北朝鮮の態度が硬化した時期でした。批判もあったのでは? と。

確かにありました。北朝鮮の人とのロマンスじゃないですか。ドラマだからこそ、北の人たちを良く描かなければならない部分があったでしょうし。私もメディアの芸能担当記者として、それがどうなっていくのか、心配な点もありました。ただ、そこは脚本のパク・ジウン氏。キャラクターを楽しく描き、コミカルな展開にしていった。そしてセットなどの精密さからリアリティを表現していった。すぐに停電になる。スマートフォンも思い通りに使えない。そういった点です。すると評価が変わっていきました。これは彼のクレバーな点だったと思います。

--本作は韓国ではtvNというテレビ局で放映されました。これはどういったテレビ局なのですか?

「tvN」はCJというSAMSUNG系列会社が作った有料ケーブルテレビです。約15年の歴史があり、最初はバラエティ番組が多かった。その後2012年に「応答せよ1997」という大ヒットドラマを放映したのですが、これが同局でほぼ初めてのドラマでした。 そこからこのジャンルにも力を入れ始めて、今ではこのジャンルのトップランナーですよね。地上波よりも視聴率のいいドラマをつくっています。今やプロデューサーや脚本家が一番仕事をしたがる放送局。そういったステイタスにありますね。大企業系ゆえ、やはり作品にしっかりと投資しますから。そこからいい作品が出てくる。そしてプロデューサーもここを目指すようになる、というサイクルですね。

--確かに不時着もロケが豪華でしたよね。いっぽうで、日本の周辺の反応を聞くと「ドラマの序盤、第1回や第2回で観るのをあきらめそうになった」という話もあります。韓国ではどうだったんでしょうか?

初回は視聴率6%台から始まりました。それはトップクラスのキャストと脚本家が揃った作品にしては非常に低い数字です。韓国では。私の感覚では、中盤から後半にかけて、だいたい10話(全16話)あたりからグッと上がってきた感じですね。つまりは北朝鮮の軍人たちが韓国に来て、新しい環境に出会うストーリーが面白かったでしょう? そこからもともとのドラマ好き、キャストのファン以外も見始めた印象です。

(tvNのYoutubeアカウントでは豊富なメイキング映像も公開されている)

北朝鮮の軍隊文化を描いた作品でもある

--お聞きしたいのが、韓国の男性の間での人気です。筆者自身2020年の2月から3月上旬まで韓国で別件の取材を行っていました。コロナで日本への帰国が難しくなる直前ですね。このドラマがちょうど放映されていた頃でもあります。まあ当然、言葉を交わすのは同世代の男性、つまり「おじさん」が多かったのですが、このドラマは話題に挙がってきませんでした…。

韓国では、男女間での人気の違いはなかったという印象です。むしろ前半部分では男性が関心を持っていたんですよ。要因のひとつは「軍服」だったと思います。「ああ、北ではああいう軍服を着るのか」「北側の国境警備はこうなっているのか」と。韓国には徴兵制度があるので、多くが軍服を着た経験があるんですよね。まあ、そういったなかでもユン・セリがダッシュで地雷の埋まっている草原を駆け抜けるのは現実的にありえないシーンなのですが…。とはいえ、北朝鮮の軍隊文化を描いた点は、韓国の男性の興味を惹いたのではないかと思います。

--今、まさにおっしゃった「ありえない」話。韓国ではほかにどういったシーンが挙げられているのでしょうか。

まあ、やはり代表的なのは「ユン・セリのダッシュ」ですよね。あとは北の軍人が韓流ドラマを見ていて、セリのことを見逃してしまうシーン。これは南北境界線警備が緩いはずがない、という指定ですよね。「南から人が侵入しているのに、これを見逃すか?」と。あとは意外と聞いたのは「北の軍人に、ヒョンビンみたいなカッコいい人がいるわけがない」という話。「ニュースで北朝鮮の軍人もよく観るが、そんな人はいないぞ」と。荒唐無稽だと。

あ、それとユン・セリが北朝鮮に行って泣くシーンですね。ボディシャンプーがない、アロマキャンドルがない、ないと眠れないと。そこは「キャラクター設定と合っていないんじゃないか」という話ですよね。ユン・セリは韓国で熾烈な状況を生き抜くキャリアウーマンじゃないですか。それがそんなことで泣くのかと。そこは合っていないという話を結構聞きましたね。

”北朝鮮”より”北韓(プッカン)”がドラマで使われた理由

--僕は2018年に北朝鮮に行ったのですが、そりゃ緊張感がありましたよ。その観点からすると1度目の帰国のトライの時に「セリが軍人たちに賞をあげる」「最後にピクニックに行く」という点はちょっとありえねぇと思いました。韓国での反応はどうだったんでしょうか。

確かにそうですね。ところで北朝鮮はどうやって行ったのですか?

--旅行です。北京経由で行きましたね。

北朝鮮に入国する前に、荷物チェックが大変だったでしょう? そういう厳しさからすると、たしかにユン・セリの行動はリラックスしすぎ、という面もありましたよね。

--もうひとつ気にかかったのは、ユン・セリとク・スンジュンが北朝鮮にいるのに、韓国式に「北韓(プッカン)」という言葉をずっと使うでしょ。これはだいぶ現実とはかけ離れていますよね。自分自身、サッカーの取材現場で見てきたことなんですが、「北韓」という言葉は北としては非常に神経を尖らせる言葉です。「朝鮮」とか「共和国」というのが正しいでしょう。

じつのところ…細かいディティールについては日本の方のほうがよく観ていらっしゃるという面はあると思いますよ! まあ逆に(「不時着」のなかでも)北の正式な国家名「朝鮮民主主義人民共和国」という名前が何度か出てきますが、韓国で放映されるドラマではこちらのほうについて「なんだか聞き慣れない感じ」と思った方のほうが多いと思います。ふだんから「北韓」とさらっと言っているので、正式な国名などあまり意識しないものなのですよ。「北韓」と呼んだほうが、韓国の視聴者には受け入れられやすいでしょうね。

--立て続けに行きましょう。さらに思ったことがあります。このストーリーは北のことを描いていますが、あの国で不可避な「金日成一族」の話が直接的には触れられていません。一族をトップとした権力構造は描かれているが、直接的な言及はない。ひとりだけ、「軍事部長」(ジョンヒョクが韓国から戻った直後に殺害を図った人物)はちょっと故金正男氏に似ていて、これは暗にイメージさせたのかな、とも思ったりしましたが。韓国メディアでも「ドラマに北側が激怒」という話が報じられているようですが、この点あるいは制作者の配慮があったのか、なかったのか。韓国ではどう見られていますか?

配慮、というか…そこはあえて触れなかったんじゃないかと思うんですよ。出てくると影響が政治的な方向に及んでいきますからね。あくまで想像ですが、脚本家としてもそこまで踏み入れるのは、少し負担だったのではと思います。いっぽうで韓国でもよく知られているのですが、この作品のために脚本家は、脱北者にかなりのレクチャーを受けているんですよね。北のイメージを掴んでディティールを描くために。仮に政治的な部分を描いて、少しでも間違いがあったのなら、即南北関係に直結という可能性もありますからね。気をつけたところでしょう。

韓国女性からも絶賛された「ジョンヒョクの尽くす姿勢」

--リ・ジョンヒョクというキャラクターについて。韓国で愛される理由はどういったところにあるのでしょうか?

それもまた…日本のほうがむしろ細かい分析がなされていそうですね。「不時着」は、韓国では「作品性のあるもの」というよりは、「あくまでエンタメ」として見られていますから。大ヒットした後もそうです。なので作品性というよりは、「ソン・イェジンとヒョンビンの演技力で難しいストーリーを成立させた」という評価が一番端的なものです。

キャラクターの魅力というよりは、俳優の魅力が上回っている。そういうところですね。ソン・イェジンは韓国では30代の女優のなかではトップですよね。20代で女優をはじめた時期から、演技力で評価を受けてきた存在です。そしてふたりともプライベートでも大きな問題がないのでイメージがよい。何よりやはり、ややもすれば幼稚なセリフ、荒唐無稽なストーリーを俳優が演じきったという点ですよね。

--日本の女性からの「リ・ジョンヒョク評」です。ユン・セリが来て、最初から好意はあったのかもしれないが、疑いのある存在だった。それでも「コーヒーを入れてくれ」「アロマキャンドルが必要」…といった要求を聞いた。まずはやってあげる。そこにキュンとくるのだと。これこそ優しい韓国男。あ、彼は北朝鮮の人でしたね!

韓国でも同じように見ましたよ。「現代の韓国男性にない魅力がある」と。過去の韓国男性のように「献身的」という面がある。現代の韓国男性にはちょっと足りていないところですね! それをリ・ジョンヒョクが見せてくれた。またこういう評価もありました。彼はソウルにやってきたでしょう。北朝鮮での彼はスゴい人ですよ。でも韓国での彼は…いわば何ももない存在。にもかかわらず、くじけることなく、堂々とユン・セリを守ろうとする。そこは女性人気が高かったですね。状況に関係なく、自分にとって大切な女性を守るという。

--いっぽう、ユン・セリというキャラクターはどうでしょう?

彼女は成功しているCEOですよね。そこは既存のメロドラマに出てくる女性とは違いますよね。自分の仕事を開拓していく、という女性像。強い女性像。それでいて少し可愛らしい。北朝鮮に行くと、時として子供のように振る舞う。そこのギャップが魅力的だと。

ダンースンジュン関係論

--脇役たちはどうでしょう。

韓国ではあの村のおばちゃんたちの人気が最高でした。本当に面白くて。私も彼女たちにハマり、結果作品にもハマっていきました。4人とももともと演技力が評価されてきた女優ですし、4人の化学反応のようなものも面白かった。それとク・スンジュンもすごく人気がありましたよ。

--そうですね。そしてメインキャストの4人のうち、彼だけが死にました。他の3人は皆、裕福な環境に育ったのに、貧しかった彼だけが死んだ。この点、韓国でも少し残念がる声があったように聞いていますが。

確かに。彼だけがそうですね。彼の死については「いや、じつは死んでいない」「生き返るんだよ…ドラマだから」という声が挙がっていました。このドラマは、もともとファンタジーじゃないですか。だったとしたら、あえて死なせる必要があるのか。韓国ではドラマは、ハッピーエンドが人気の傾向があるのですが… 

脚本家の立場からすれば、これは彼の欲が出たというところでしょうね。リアリティをもたせる意味があったのではと思います。北朝鮮というのは韓国人にとっては「禁断の場所」なわけですよ。そこに男女それぞれ1人が行った。そこに行って、ふたりともがそれぞれに恋に落ちる。これはあまりにもファンタジーが過ぎると、脚本家が自制をしたのではないか。そんなことも感じますよね。2人のカップルのうち、1組は悲しいエンディングに向かい、現実感を加える。だから死ぬ設定にしたのではないか。

この件については、脚本家は正式なコメントを出していません。そこのところは記者としてもぜひインタビューをやってみたいところですよね。韓国のドラマの中では、死というものを「愛の完成」とみる向きもあります。永遠の愛となるのだと。

--スンジュンとダン、ふたりのストーリーを見ていると…ダンはずっとスンジュンに敬語で話しているでしょう。でもスンジュンが死ぬ直前に「ラーメンを作ったとき、”いい”と言っていたのは、ラーメンのことか? 俺のことか?」と聞いた時に、ダンは最後に「ノヨッソ(あなただった)」とついにタメ口を利きますよね。彼の死は残念だったとしても、最後に彼女が心を許した証を見せた。それは死にあっても幸せなことだったんじゃないか。そう感じましたけど。

あはは…よく見てらっしゃいます。思い出せませんね…。ソ・ダンは、好きな男をセリに獲られたわけじゃないですか。結果的はダンは失恋により成長し、成熟するわけです。後に彼女は気持ちを割り切って音楽に集中する日々がチラッと描かれていますが、この死でもまた成長した証なわけですよ。そう考えるとスンジュンの死は彼女の成長をより促したもの、とも考えられますね。死もまた、結果的には彼女の成長を支えたのです。

(ダンとスンジュンのストーリーは韓国でも大きな注目を集めた。「tvN」公式アカウントより)

--ダンは感情を表現するようになりましたよね。まあ、なんというか、個人的にはダンが相当好きだったんですよね…。ツンデレな感じがたまらなくて。橋の上でスンジュンから褒められて「他には?」と聞くシーンが最高で。ダンの人気はどうでした?

とても魅力的なキャラクターですが…いかんせん大女優が演じたユン・セリの前では少しインパクトが弱まりましたよね。キャラクター的にも正面衝突したストーリーのなかで。

--もうひとつ日本で話題になったシーンがあります。最終回でスイスの湖にてジョンヒョクとセリが再会します。そこで二人は「絶対に外さない」としていた指輪をしていなかったという…まあ僕自身も日本の女性のファンから聞いて知ったのですが。聞くと『先に海外ロケをやり、その後脚本に指輪のくだりが加わったため、つけていない』との説もあるようですが。韓国では何か知られていることがあるでしょうか。

うーん。ホントによく見ていらっしゃる! 一般論として考えられるのは、PPLといって間接広告が入っている場合が多い。ドラマの人気が出ると、進行の途中でその話がどんどん入ってくることが多い。ブランドの関係上、これが使用できなくなったということは…考えられますよね。

(インタビュー了)

「ホントに、日本の人のほうが細かく観ていますよね」と驚かれることが幾度もあった、という点は前回の原稿でも記した通りだ。日本ではドラマ映像以外の情報量が、ネットで関連記事を読める韓国よりも圧倒的に少ない。だから、”考察”が進むのではないか。こちらからはそう答えておいた。

インタビューでは聞けなかったものの(なかなか韓国の方とも共有し難い話ゆえ)、ドラマのなかで筆者自身が非常に印象的だったシーンがある。

ユン・セリが初めて北朝鮮の村(ジョンヒョクの暮らす「サテク村」)に迷い込んだ時、そこの雰囲気が霞がかった空気感と暗い街灯によりかなり幻想的に描かれていた。

初めて北朝鮮に足を踏み入れた時、もしその時間帯が夜なら本当にああ見える。筆者自身、2018年に旅行で初めて当地を訪れたが、順安空港から平壌市内までの郊外の風景をバスの窓から眺めると本当にドラマと似たように見えた。静かで、暗くて、資本主義社会にはなかなかない整然とした雰囲気。ちょっと幻想的だった。韓国では「美化」との批判もあったようだが、あれはうまく表現されているなと思ったものだ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

吉崎エイジーニョの最近の記事