韓国で「愛の不時着」第1話放送、実は「スベった」 南北問題の当事国はどう観たか
最初は「タイトルもダサいイメージ」
「愛の不時着は、当初2019年秋の企画段階の期待感がかなり高かった。しかし、その後トレーラー映像が公開されるや、『理解ができない』『ありえない』という反応に変わっていったんですよ。パラグライダーに乗って北朝鮮へと越えていくという設定自体が、話にならない。そしてタイトルもなんとなく『ダサいな』と。韓国での第一印象ではそうでした」
そう語るのはソウルにある「京郷新聞」の芸能担当女性記者イ・ユジン氏。これまで愛の不時着の関連記事を3本執筆した。最初は韓国での初回オンエアがあった2019年12月中旬に「ジョンヒョクとセリの出会い」を議論する内容。2度めは韓国でのオンエアが終了した2020年2月16日の翌日に「視聴率が放映された局のドラマ最高を記録した」点を。3度めは2020年3月に「北朝鮮当局が不時着を批判か」という内容を記した。
2019年10月25日に公開されたトレーラー映像第1弾。確かにこのときは主演の“ふたり推し”でパラグライダーのくだりは紹介されていない
いっぽうこのドラマに対する韓国での「男性目線」はこうだ。
「たまたま再放送を目にして第3話から観たのですが、かなり面白かったです。ユン・セリが北朝鮮で生活を始めたあたりですね。まずは現地のディティールが描かれている点、そこでセリひとりがソウルの言葉を話しているギャップがおかしくて。一番ツボにはまったのが、セリが北朝鮮の市場で自分の会社の製品を見つけたシーンでした」
(ソウル在住のスポーツ系のメディア編集者、30代)
韓国でこの大作がどう見られているのか、韓国で記者を始めとした各方面に話をオンラインで聞いた。2月16日で韓国でのオンエア終了から1周年となることを記念して。これまで日本では「韓国記事の翻訳」による情報は多くとも、「現地でどう観られているのか」という点を日本から取材して伝える記事は少なかったのではないか。そんなことを思い。
序盤にあった「方向転換」
京郷新聞イ記者のいう、そもそもの期待感とは「ソン・イェジン(ユン・セリ役)、ヒョンビン(リ・ジョンヒョク役)そしてパク・ジウンというスター性のある脚本家が出会う作品」という点だった。しかし、上記の通り2019年12月15日の第1回オンエアから序盤は「スベった」。
「初回の視聴率は6%台でした。これは韓国では20代の頃からまで演技力を評価され続けてきたトップ女優とスター俳優、有名脚本家の顔ぶれからすると”不振だった”と言えます。ユン・セリが地雷だらけの南北境界線付近を駆け抜ける、韓流ドラマを観ていた監視役の軍人がこれを見逃す。そういった無理のあるストーリー設定のほか、『北朝鮮を美化しすぎ』という批判まで出て。『どうなっていくんだ』と心配したものです」(イ記者)
セリがジョンヒョクの家で「ボディーシャンプーがない」「アロマキャンドルがない」と泣き出すシーンは「韓国で百戦錬磨の事業家、というキャラ設定と合っていない」との声が。はたまた「北朝鮮の軍人にヒョンビンみたいなイケメンがいるのか? テレビのニュースでよく北の軍人の様子が流れるけど、あんな人はいない」という声まであったという。
ちなみに1989年に発表された同名の「愛の不時着」という楽曲。パク・ナムジョンという歌手によるもの。韓国の”アラフィフ”にはこのイメージも強かったか。歌詞の内容はドラマとは関係がないという
しかし反応が悪いと観るや、イ・ユジン記者は「脚本家が機転を利かせた」と感じ取った。
「キャラクターを楽しく描き、コミカルな展開にしていったと思うんです。そしてセットなどの精密さから北朝鮮のリアリティを表現していった。すぐに停電になる。スマートフォンも思い通りに使えない。そういった点です」
なかでも、イ記者自身が女性視点で”ハマった”というのは、「村のおばちゃんたち」の存在だった。
「韓国ではあの村のおばちゃんたちの人気が最高でした。本当に面白くて。私も彼女たちにハマり、結果として作品にもハマっていきました。4人とももともと演技力が評価されてきた女優ですし、4人の化学反応のようなものも面白かった」
脚本家のその狙いは的中したか。前出の男性編集者もこう続けた。
「自分も含め、韓国では(ヤン・ギョンウォン演じる)ピョ・チスに爆笑する男性は多かったですよ。セリと口喧嘩をするたびにもう笑いが止まらなくて。それも、やはり北朝鮮の田舎の村の描写が精密だったからこそ際立ったものだと思います」
韓国女性たちが感じた「ジョンヒョクの魅力」
いっぽう、韓国で本作が本格的に話題になっていったのは、「じつは中盤から後半に入る頃から」だったという。
「だいたい10話(全16話)あたりからグッと上がってきた感じですね。つまりは北朝鮮の軍人たちが韓国に来て、新しい環境に出会うストーリー。そこは韓国人としてはすごく面白かった。このあたりからもともとのドラマ好き、キャストのファン以外も見始めた印象です」
そこで韓国女性たちがハマったのは…リ・ジョンヒョクのある一面だった。
「北朝鮮での彼はスゴい人ですよ。でも韓国での彼は…いわば何もない存在。にもかかわらず、くじけることなく、堂々とユン・セリを守ろうとする。その点は女性人気を高めましたね。状況に関係なく、自分にとって大切な女性を守るという」
“北朝鮮編”で精巧な現地描写と、キャラクターの個性によりインパクトを植え付けた。それが“ソウル編”で大ブレイク。そういった構図だったか。
2019年10月31日のトレーラー映像第2弾。ここではじめて「軍人」「北朝鮮」といったキーワードが明らかになった
エンディング近くの「死」について ーー以降、大きなネタバレを含みますーーー
ドラマがエンディングに向かうにつれ、じつは韓国で物議を醸したシーンがあった。ドラマ宣伝ポスターにも登場する、主役級の一人(キム・ジョンヒョン演じる)ク・スンジュンの死だ。国内メディア「The Fact」は「愛の不時着の結末、ク・スンジュンだけ悲劇…“なぜ殺したのか”vs “記憶に残った”」という記事さえ掲載している。じつのところ、韓国内での反応はどうだったのか?
「彼の死については『いや、じつは死んでいない』『生き返るんだよ…ドラマだから』という声が挙がっていました。この作品、もともとファンタジーじゃないですか。だったとしたら、あえて死なせる必要があるのか。韓国ではドラマというのは、ハッピーエンドが人気の傾向があるのですが…」
「脚本家の立場を想像するならば、作品にリアリティをもたせる意味があったのではと思います。北朝鮮というのは韓国人にとっては『禁断の場所』なわけですよ。そこに男女一人ずつがそれぞれ別の経緯で行った。しかも現地でふたりともがそれぞれに恋に落ちる。これはあまりにもファンタジーが過ぎると、作家が自制をしたのではないか。そんなことも感じますよね。2組のカップルのうち、1組は悲しいエンディングに向かい、現実感を加えようと考えた。だから死ぬ設定にしたのではないか」
この点は、イ記者にとってもかなり気になる部分だという。
「この件については、脚本家は正式なコメントを出していません。そこのところは記者としてもぜひインタビューをやってみたいところですよね。韓国のドラマの中では、死というものを『愛の完成』とみる向きもあります。永遠の愛となるのだと」
韓国内の「端的な評価」とは?
いっぽうで、韓国では本作についてこういった評価もあった。
「韓国ではあくまで“北朝鮮に関する描写がスゴいドラマ”という印象ですね。むしろ、日本での人気ぶりに驚いているという面はありますよ。熱狂、という感じで韓国にも伝わっています」(ソウル郊外の出版社代表/男性)
じつのところ、京郷新聞のイ記者にはこちらが記憶している細かいセリフを基にいくつか質問をぶつけてみたが…「ホントに、日本の人のほうが細かく観ていますよね」と驚かれることが幾度もあった。日本ではドラマ映像以外の情報量が、ネットで関連記事を読める韓国よりも圧倒的に少ない。だから、”考察”が進むのではないか。こちらからはそう答えておいた。
最後にイ記者はこう続けた。
「『愛の不時着』は、韓国では『作品性のあるもの』というよりは、『あくまでエンタメ』として見られています。大ヒットした後もそうです。作品性というよりは、『ソン・イェジンとヒョンビンの豪華キャストの演技力で難しいストーリーを成立させた』という評価が一番端的なものです。ややもすれば幼稚なセリフ、荒唐無稽なストーリーをキャストが演じきったという点ですよね。キャラクターの魅力というよりは、俳優の魅力が上回っている。そういうところですね。そしてふたりともプライベートでも大きな問題がないのでイメージがよかった。その点も人気の背景にあるでしょう」
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】