なぜ日本人は「酒に弱くなった」のか
酒にはアルコール(エタノール)が含まれ、アルコールはアセトアルデヒド(acetaldehyde)という物質に代謝される。アルコールもアセトアルデヒドも強力な発がん性物質だ。我々はこのアセトアルデヒドをさらに代謝し、無害な酢酸に換えて体外へ排出している。酒の強さ弱さとは、アセトアルデヒドの代謝能力の差ともいえる。
酒に弱い日本人の遺伝的変異とは
適度な量の酒は百薬の長といわれたり(※1)、いやちょっとの量でも認知機能に悪影響を与える(※2)などといわれたり、酒好きとしては適量を推し量るのに苦労する。大量飲酒が身体に悪いのはわかるが、週に1日だけそれも1合未満などといわれると、いっそ飲まないほうがマシという左党も多そうだ。
ただ、こうした研究では、一国内や地域など特定の集団に限定した疫学データを利用したものが多い。例えば前述の例では、韓国人や日本人では適量のほうが酒を飲まない人よりも健康だったり、逆に英国人では少量でも認知機能に悪影響を与えるといった結果が出ることがある。
先日、日本の理化学研究所などの研究者が、日本人2200人の遺伝子解析を行い、日本人集団の遺伝的な特性を英国の科学雑誌『nature』の「COMMUNICATIONS」オンライン版に発表した(※3)。その中に飲酒量やアルコール代謝についての遺伝子(ALDH2遺伝子領域)などが日本人集団の適応進化の主な対象になっていた、という分析結果があり、日本人は酒が弱くなるように進化したという研究者の発言が報道されて話題になっている。
この適応進化というのは、世代を経るごとに周囲の環境に対応し、生物の性質などが変化していく現象をいい、遺伝子に現れた遺伝的な変異が周囲の環境に適応し、生存が有利となった場合などで、そうした変異が現れた個体から集団内へ拡散していく。その結果、集団内の遺伝子に変化が生じ、ほかの集団との遺伝的多様性の違いになるわけだ。
この研究結果では、2000〜3000年のスパンで酒に弱い遺伝子が適応進化したことがわかったが、特に飲酒量に関するBRAP-ALCH2という12番染色体にある遺伝子に対して比較的最近に強い選択圧力があったのではないかという。この最近というスパンは2000〜3000年で約100世代となる。
日本人の遺伝子については、ネアンデルタール人の遺伝子が混ざり、それが病気などに現れているのではないかという指摘もあるが、今回の研究結果ではネアンデルタール人由来の遺伝子が何か特別な適応進化に影響を与えている証拠は見つからなかった。研究者は、日本人に特徴的な遺伝的特性は2000〜3000年というスパンで強く変化したことも、ネアンデルタール人由来の遺伝子の影響を受けていないことを示すという。
日本人集団の病気の発症や臨床検査値の個人差に影響を与える遺伝的な変異がどれくらい適応進化に影響を与えているか、その強さを検討した。飲酒量などアルコール代謝と、脂質(HDL・LDLコレステロール値)や血糖値、電解質(カリウム・ナトリウム)、タンパク質、尿酸値や痛風など、栄養代謝に関わる形質が日本人集団ではその適応進化の主な対象となっていたという。Via:理化学研究所のリリースより
酒の強弱は酒量ではない
そもそも酒に強い弱いというのは、いったいどんなことを指していうのだろうか。これは、酒量が多い少ないでもなければ、酔っ払う程度でもない。よく知られているのは、アルコールパッチテストといって皮膚にアルコールをしみ込ませたガーゼなどをあて、7分後と10分後に肌の色の変化で評価する方法だ。7分後に赤くなった場合は体質的に酒を飲めない人で、10分後でも肌の色が変化しなければ酒に強く、10分後に赤くなった場合は酒に弱いとなる。
酒は飲めるが顔が赤くなるのは10分後の場合で、いくら酒量が多くても酒は弱い人だ。また、7分後に赤くなるような人には、酒を勧めず無理に飲ませてはいけないということになる。
なぜ肌の色が変化するかといえば、アルコールの代謝機能に違いがあるからで、アルコールは体内に入ると肝臓で2段階の代謝を行って無害化する。まず、アルコールをアセトアルデヒドに分解するADH1Bという酵素(酵素タンパク質を作り出す遺伝子)が働き、さらに有害なアセトアルデヒドを無毒な酢酸に分解するALDH2が働く。この機能が低ければ、アルコールやアセトアルデヒドの影響で肌が赤くなる。
日本人の場合、その75%がアルコールをアセトアルデヒドに分解するADH1Bの機能が低く、また25%がアセトアルデヒドを酢酸に分解するALDH2の機能が低いタイプとされ、ほかの集団と比べて酒が弱い、つまりアルコールを無害化する機能が弱い人が多いことが知られている。
有害なアセトアルデヒドを無毒な酢酸に分解するALDH2の場合、この研究ではALDH2の前にBRAPという接頭詞がついている。BRAP-ALDH2は、付加的なタンパク質の修飾がついた遺伝子変異という意味で、日本人集団に特異的な遺伝子変異の一つと考えられている。12番染色体上の遺伝子にはこのBRAPがついた多型がいくつか知られ、乳がんや心血管疾患に関係しているようだ(※4)。
では、なぜ日本人に酒が弱くなる遺伝的変異が現れたのだろうか。
飲酒と喫煙が口腔・咽頭がんのリスクを格段に高めることがわかっているが(※5)、この研究でも食道がんの発症が日本人集団で特異的に目立つとしている。アルコールを代謝できず、アセトアルデヒドを無害化できなければ、発がん性のあるエタノールやアセトアルデヒドが体内に長く残ることになる。
その結果、こうした遺伝子を持った個体は生き残ることができず、遺伝子を残せない。当然ながら、2000年前にタバコは日本になかったし、発がんまでには寿命よりも長い時間がかかることが多い。つまり、アルコール代謝の機能が弱くても子孫を残すことができ、なおかつそれが環境に適応するために有利に働いたことになる。
多様な遺伝子の混在が原因か
もしかすると、アルコールによる攻撃性の高まりが理由の一つかもしれない。飲酒とノーアルコール、プラセボ(酒と偽ったノーアルコール)を比較した研究によれば、飲酒によって人は攻撃的(Aggression)になることがわかっている(※6)。
3000〜2000年といえば縄文時代の末頃から弥生時代初期になるが、原始的な水耕農耕文化が入ってきたのもその前後だろう。日本列島に大陸や朝鮮半島、南方、北方から多種多様な民族集団が入り込み、現在の日本人集団の原型を形成していった時期とも考えられる。
あくまで想像だが、こうした遺伝的な混在状態がアルコールの代謝機能を減退させる環境圧力になった可能性もあるかもしれない。酒を飲んで暴力的になる遺伝子は、日本列島という狭い地域で複数の集団が割拠する過程で淘汰されてきたのだろうか。
ALDH2は飲酒以外の疾患にも関係しているから、その影響もあるかもしれない。また、酒に強く飲んでも気分が悪くならない人はアルコール依存になりやすい。
もしかすると、酒の弱さは日本人に与えられた遺伝的に有利な特性なのかもしれない。日本人には酒に弱い人が多いことを前提に、酒に飲まれず、あくまで適量、休肝日という適度なインターバルをとって接したいものだ。
※1-1:Shoichiro Tsugane, et al., "Alcohol Consumption and All-Cause and Cancer Mortality among Middle-aged Japanese Men: Seven-year Follow-up of the JPHC Study Cohort I." American Journal of Epidemiology, Vol.150, Issue11, 1201-1207, 1999
※1-2:Soo Joo Lee, et al., "Moderate alcohol intake reduces risk of ischemic stroke in Korea." Neurology, Vol.85(22), 2015
※2:Anya Topiwala, et al., "Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline: longitudinal cohort study." tha bmj, Vol.357: j2353, 2017
※3:Yukinori Okada, et al., "Deep whole-genome sequencing reveals recent selection signatures linked to evolution and disease risk of Japanese." nature COMMUNICATIONS, 1631, DOI: 10.1038/s41467-018-03274-0, 2018
※4:Yoshiji Yamada, et al., "Identification of polymorphisms in 12q24.1, ACAD10, and BRAP as novel genetic determinants of blood pressure in Japanese by exome-wide association studies." Oncotarget, Vol.8, 43068-43079, 2017
※5:「口腔・咽頭がんリスク『2.4倍』〜タバコを吸う男性」Yahoo!ニュース個人:2018/01/28
※6-1:Brad J. Bushman, et al., "Effects of Alcohol on Human Aggression: An Integrative Research Review." Psychological Bulletin, Vol.107, No.3, 341-354, 1990
※6-2:Charlene Navis, et al., "Predictors of injurious assault committed during or after drinking alcohol: a case-control study of young offenders." Journal of Theoretical Social Psycholgy, Vol.34, Issue2, 167-174, 2008