香港の新トップ李家超氏は香港の「中国化」を加速させる
8日、香港の新しい行政長官に、前政務官の李家超(ジョン・リー)氏が、圧倒的多数の支持で選出された。任期は5年。警察官僚出身で、民主派の封殺に辣腕を振るった「強硬派」の権力掌握で、香港の「中国化」が加速するとの見方が支配的だ。
「北京の意中の人」の候補として
新型コロナ蔓延のため延期されていた香港行政長官選挙。もとの制度は民主派が当選しにくい仕組みであったが、それでも親中派同士や民主派候補との間で選挙戦があり、一定の民主主義が存在した。中国主導の選挙制度変更で民主派を排除する仕組みとなってから初めての選挙となった今回、李氏一人だけが立候補し、選挙委員による投票の得票率は99%。事実上、形だけの選挙だった。
その立候補プロセスは李氏が「北京の意中の人」であることを見せつけるものだった。
選挙前に一時は前職の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏の再任も含めて多くの候補者の名前が上がり、「乱戦」になりそうな気配もあった。林鄭氏は出馬に含みを持たせていたので、再選意欲がないわけではないと目されていた。
そんな騒がしいムードが、一瞬にして静まったのは4月だった。
林鄭氏が北京の「使者」と隣の広東省で面会したとの情報が流れた。そして「家庭」を理由にした不出馬表明。それと並行して、李氏の名前が急浮上した。北京が望むのは、林鄭氏ではなく、李氏であることが誰の目にも明らかになり、出馬意向を見せていた人物たちも一斉に沈黙した。
コロナ流行の抑え込み失敗が林鄭氏の退場の原因とも言われたが、当初から北京の意中の人は李氏だったとの見方もある。
李氏選出は習近平時代の「治安重視」の表れ
第5代香港行政長官となる李氏は高卒たたき上げの警察官僚出身であり、行政長官としても異例のバックグラウンドとなる。初代行政長官の董建華氏は経済人、次の曽蔭権氏は高級官僚出身。次の梁振英氏は測量士出身だがもともと政界に近い人物だった。そして林鄭氏で再び高級官僚がトップとなった。
基本的に経済人と高級官僚による香港統治を想定してきた鄧小平時代の路線が継承されてきたといえる。
そんな慣例を覆す李氏の当選は、香港が「習近平時代」に入ったことを改めて示すものだ。今後香港は2020年に導入された香港国家安全維持法(国安法)に象徴される「治安重視」の社会に変化していくことが予想される。
李氏は、2019年の香港デモを力で抑え込み、運動側に警察への憎悪を植えつけた。そもそもデモの発端となった逃亡犯条例改正を推し進めたのも、当時保安局局長であった李氏だったと言われる。デモへの強硬な対応が北京に評価され、保安局長からナンバー2の政務官に昇進。国安法を駆使して民主派の弾圧を進め、リンゴ日報の廃刊にも李氏は深く関わったとされる。
行政長官選出への決め手となったと考えられるのは、そこで示された北京に対する忠誠度の際立った高さだ。
庶民性をアピールするが
李氏は貧しい家庭の出身で庶民性をアピールしている。住宅供給不足や地価高騰など市民の不満の温床となっている問題にテコ入れする政見も発表した。だが一方で、中国との交流拡大を最重要課題として、さらに国家安全法の制定(現在の国安法とは別に香港自身の法律としてより詳細な法律を制定することを指す)を掲げている。
経済問題や民生問題以上に「中国との融合」や「国家安全」を優先する姿勢がうかがえ、それは北京の意向だと目されている。李氏が北京の操り人形ではないかとの疑念は、今後もくすぶり続けるだろう。
香港の内政に対して、過去、中国はできるだけ表立った影響力の行使を控える慣習があった。それは「高度な自治」の維持という国際社会への公約に反する恐れがあり、独自の通貨を持ち、独自のルールを持つ香港社会への尊重でもあった。
しかし、今回、行政長官の選出も我々がすべて決めるといわんばかりの事態となり、「一国二制度」「高度な自治」の有名無実化は否めない。
香港が直面する「第二の返還」
香港では、国安法が2020年に導入されて以来、批判的なメディアの取り潰し、大学の自治組織や教員組合などの解体、選挙から民主派を排除する制度変更など、「愛国者による香港統治」のための「改造」が急ピッチで進められてきた。李氏の当選もその大きな流れの一つである。
現状について、香港の人々の間には「二次回帰(第二の返還)」と呼ぶ向きもある。1997年の香港返還が「一次回帰(最初の返還)」だとすれば、それとは質的に異なる状況に追い込まれていることを実感しているからだ。
李氏の当選は、香港市民の意向とは一切関わりなく、北京さえ望んでいれば、どんな決定もそのまま通ってしまう「習近平の香港」を体現している。