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鉄道が伝える台湾人の物語/珠玉ドキュメンタリー『郷愁鉄路~台湾、こころの旅~』明日公開

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
台湾・南廻線(提供:Pineal Culture Studio)

台湾一周鉄道の最後の区間「南廻線」

 台湾の鉄道はぜんぶで1100キロ。海岸線がそれほど複雑に入り組んでいない台湾では、ぐるっと一筆書きで円形の路線を描きやすい。台湾の山は険しく、海に迫って平地が少なく、線路がある場所は海岸線に限定されている。ただ、いくつか鉄道にとっての難所があり、一つは東部の蘇澳ー花蓮の区間であり、もう一つが本作の舞台となる「南廻線」である。南廻線は鉄道で繋がった台湾一周の最後の区間だった。その南廻線が、台湾で2023年に公開され、高い評価を受けた本作の舞台である。

 南廻線は屏東県の枋寮から台東県の台東までを結ぶ。日本統治時代にも、国民党の一党支配のなかで蒋経国総統が進めた十大建設の時代にも、完成しなかった路線だ。台湾山脈の険しさに鉄道建設が阻まれてきたからである。

李登輝総統も祝った開通

 完成したのは1991年。たった98・3キロの路線に35本のトンネルがあり、トンネルだけで総延長は38キロと全路線の3分の1以上の距離を占める。南廻線の通っているところは台湾の中央山脈の南端に近いのだが、さすがに同山脈は富士山より高いだけあって南廻線が通っているところでも海抜1000mはある。完成時には当時の李登輝総統が試乗し、「台湾にとって鉄道一周を実現した貴重な一歩」と述べた。それほど、象徴的な意味を持つ路線なのである。

 今では一日あれば台北を出発してプユマ号などで台東まで行き、南廻線を使って高雄に移動し、台北まで新幹線などを使って夕方には戻ってこられる(逆ルートも可)。何度か南廻線に乗ったことはあるが、屏東サイドから台東サイドに向かうとき、トンネルを出たり入ったりして最後に台東の海岸線に「飛び出す」感じで、台湾南部の陽光に一気に包まれる感覚は格別であった。

 その南廻線が近年電化された。その時代の転換期に、鉄道をめぐる人間ドラマを徹底した取材と資料収集で描きした本作が7月5日から新宿武蔵野館で公開される(作品公式HP:https://on-the-train-movie.musashino-k.jp/)。公開を前に来日した蕭菊貞(シャオ・ジュイジェン)監督にインタビューを行った。

訪日時に取材を受けるシャオ・ジュイジェン監督(野嶋撮影)
訪日時に取材を受けるシャオ・ジュイジェン監督(野嶋撮影)

完成まで5年を費やす綿密な取材

 作品は電化に伴って古い世代の車両が引退していくタイミングで撮影され、鉄道にかかわる人々への膨大な証言と歴史的記録を元に構成されている。もともとは2年かけて鉄道員の話をとるつもりだったが、記録を集めれば集めるほど、人に合えば会うほど、どんどんテーマが広がり、準備に5年を費やした。

 「取材を始めたとき、なぜ台北の列車を映画にしないの?と何度も聞かれました。南廻線は、台北から最も遠いところにある列車で、忘れられがちな存在だからこそ記録に残したかったのです。このことはこの作品の文化的意義の一つかもしれません。インタビューを集めるなかで地元の方々から『私たちは30年も待ったんだよ。とうとう私たちを取り上げてくれる人が現れた』と喜ばれました」

 台湾にも鉄道マニアは多く、日本の『鉄道員』という映画も人気だ。鉄道が映画に登場することも多い。ただ、鉄道を動かす「人間」に焦点を当てた映画はこれまでなかった。本作を見ると、改めて鉄道は我々の社会が近代から現代にかけて作り上げたもっとも重要で身近なインフラなのだと思い出させられる。

人々の集団記憶を呼び起こす鉄道

 それゆえに、鉄道は、人々との生活と細かやかに関係している。集団記憶を呼び起こす作用があるのだとシャオ監督は言う。

 「映画館で上映したあと、多くの観衆が手を挙げて、映画の感想もそっちのけに、みんな自分の物語を語り始めるのです。私は子供のころ列車に乗ってああしたこうした、おばあちゃんが列車に乗せてくれた、学校帰りに列車のなかでこんなことがあった、という話をしてくれます。そのことは全然不思議ではありません。ホームや駅、列車自体が、人々の思い出の場所です。人生のドラマが鉄道と関係のある場所で起きます。私自身、高雄出身で子供のころ車酔いしがちなので、酔わない鉄道に乗るのが好きでした。私は高雄で生まれ育って学業も仕事も台北だったので、いつも列車で台北に向かいました。鉄道は私にも身近な存在でした」

台湾・南廻線(提供:Pineal Culture Studio)
台湾・南廻線(提供:Pineal Culture Studio)

台湾で生きる日本の鉄道精神

 鉄道と台湾の物語を、あえて最南端の南廻線から取り上げることにした狙いは「記録」のためでもあったと、シャオ監督は言う。

「台湾の街は鉄道の駅を中心に発展してきた。街の歴史が鉄道の歴史なのです。じゃやどこから始めようかと考えた時、台湾で最後に電化されるタイミングの南廻線を選んだのです。ほかのところはあとで撮ればいい。でも古いものが消えてしまうタイミングの南廻線を逃せないと」

 台湾の鉄道は、木材や果物、サトウキビから作った砂糖を日本に運ぶために、日本時代に施設され、戦後も残されたインフラであり、日本的な駅名も多い。板橋、田中、松山・・・。日本人にとっても台湾鉄道はロマンをかき立てるテーマだ。

「撮影のとき、日本の鉄道ファンに南廻線のところでいつも出会いました。特別な鉄道の旅ができる場所だからでしょう。日本人の皆さんには台湾の最も美しい鉄道・南廻線のことをもっともっと知ってほしい。取材した鉄道員の家族は多くが三代、四代と鉄道の仕事を続けており、日本語の話せる鉄道員もいました。本作を通して、台湾の鉄道文化には『一生に一つのことをやり遂げる』という日本時代の職人精神が息づいていることを日本の皆さんにも感じ取ってほしいと思います」

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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