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トランプと一夜を共にしたポルノ女優は、ハリウッド映画の理想的なヒロインか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ポルノ女優ストーミー・ダニエルズがインタビューを受けた番組は記録的視聴率を得た(写真:Shutterstock/アフロ)

 民主党が一丸となっても蹴落とせなかったトランプを弾劾に導くのは、ポルノ女優なのか。そんな信じられないことが、実際に起こるかもしれない。

 今、アメリカを最も騒がせているその女性は、39歳のストーミー・ダニエルズ(本名はステファニー・クリフォード)。27歳だった2006年に、妻メラニアとの間に息子が生まれたばかりだったトランプと肉体関係を持ち、後にそのことについて口外しないよう、トランプの弁護士から13万ドル(約1,385万円)を受け取っていたことを、今年1月、「The Wall Street Journal」が明かした。今月、ダニエルズは、弁護士を雇い、トランプとの口止め契約が無効だとする訴訟を起こす。理由のひとつは、契約書のトランプ本人の署名箇所が空欄であることだ。さらに彼女は、裁判所が動き出すのを待つまでもなく、25日(日)、CBSの報道番組「60 Minutes」に出演を承諾。一連の出来事を赤裸々に語ったのである。

自分は被害者ではない。「#MeToo」に巻き込まないでと主張

 彼女の出演が発表されて以来というもの、アメリカは、彼女が何を言うのかに好奇心を膨らませ続けた。まさに大イベントとも言えるこの番組で彼女をインタビューしたのは、人気アンカーのアンダーソン・クーパー。インタビューで、彼女は、トランプとの関係は一度だけだったこと、彼が当時プロデューサーとホストを務めていたリアリティ番組への出演の可能性をほのめかしてはまた関係を持とうとしたこと、2011年、彼女がタブロイド雑誌にトランプとの関係について話した後、ラスベガスの駐車場で何者かに「トランプに関わるな。記事のことは忘れろ」と脅されたこと(その記事は結局、出なかった)などを告白している。

 最も重要なのは、あの一夜について口外しないという契約書に署名させられたのが、大統領選を直前に控えた2016年10月下旬だったことだ。トランプの弁護士は、大事なクライアントであるトランプのために、自腹を切ってこの13万ドルを出したと発言しているのだが、もしも本当にそうだったとしても、目的が選挙に悪影響が出ないためであることは明白で、それは法律で決められた額を上回るキャンペーン献金となる。それが報告されていないことも、また違法だ。トランプの運命を左右するのは、ポルノ女優と不倫をしたかどうかではなく、この口止め料の存在、目的、出どころなのである(番組には、連邦選挙委員会の元会長も登場し、この問題の深刻さを強調した)。

 興味深いことのひとつに、彼女が、自分を「#MeToo」と一緒にするなと言っていることもある。「これは#MeTooじゃないの。私は自分が被害者だと言ったことは一度もないわ。自分たちの運動のために私を利用しようとする人たちがいるけれど、そんなことをしたら本当の被害者のためにならない」と言うダニエルズは、トランプとの一夜についても、あっけらかんと語った。

 彼のホテルの部屋で会話をした後、トイレを使わせてもらい、戻った時にトランプがベッドの端に腰をかけているのを見たダニエルズは、「誰かのホテルの部屋にひとりで行くなんて、こうなるのは見えていたはずよね。こうなったのは自分のせいだわ」と心の中でつぶやき、状況を受け入れたと打ち明ける。クーパーに「あなたは彼とセックスをしたかったのですか?」と聞かれて「ノー」、「彼に魅力を感じましたか?」と聞かれても「ノー」ときっぱり答えつつも、ダニエルズは、「でも私は被害者ではない」と、あらためて述べた。一方で、トランプが番組出演をエサに、再び彼女をビバリーヒルズのホテルに呼び出した時は、彼が何を期待しているのかを知っていながら、何もせずに部屋を出ている。

 ダニエルズは、トランプ側から多額の違約金を要求されるリスクを背負ってこの番組に出演した。権力と脅しに負けないその姿勢と、番組内で見せたさばさばした様子は、普段ならば決してポルノ女優のお友達とは言えないフェミニストたちをも味方につけている。2,200万人が見たこの回は(注:アメリカでは、視聴率をパーセンテージでなく人数で表示する)、この番組にとって、過去10年で最高の視聴率を上げることになった。

セックス、脅迫、陰謀。映画が好む要素がいっぱい

 放映の翌日、トランプの弁護士は、ダニエルズのコメントを虚偽だとする手紙をダニエルズ側に送り、逆にダニエルズ側は、トランプの弁護士を名誉毀損で訴えた。今後の展開はまだわからないものの、ハリウッドでは水面下ですでにきっと何人か、あるいは大勢が動いているはずだと、筆者は見る。今年1月に発売されてベストセラーとなったトランプに関するノンフィクション本「炎と怒り」のテレビ化権がすぐに売れて、すでに監督も決まったことを考えてみるといい。この本はたしかにおもしろかったが、政治の世界の話で、どうしても硬い部分はある。それに比べて、ダニエルズの場合は、ブルーカラー出身の、一児の母。最初から共感ポイントがあるのだ。

 情事があった時、彼女はセレブのゴルフトーナメントに参加していた27歳のセクシーなブロンドだった。そこで既婚のミリオネアに見初められ、ホテルの部屋に呼ばれた彼女は、体の関係を持つ。単なるワンナイトスタンドにすぎなかったのだが、何年か経って、まるで「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア」のような形で自分と娘の命が狙われているかのようなことを言われ、恐怖におののくことに。さらにその数年後には、相手が大統領になってしまったことで注目を浴び、さまざまなことを言われた挙句、立ち上がるかどうかの決断に迫られるのである。

 セックス、陰謀、そして、ハリウッドが愛する「意外なヒーロー(unlikely hero)」あるいは「ヒーローになるつもりのなかったヒーロー(reluctant hero)」と、映画が求める要素が詰まっている上、(ハリウッドの)政治上正しい「複雑で興味深い女性のキャラクターを出す」条件も満たす、まさに理想的なプロジェクトだ。うまく行けば、ジュリア・ロバーツをオスカー受賞に導いた「エリン・ブロコビッチ」、あるいはマーゴット・ロビーをオスカー候補入りさせた「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」(日本公開は5月)のような傑作になるかもしれない。それに、言うまでもなくハリウッドは反トランプ集団である。トランプを悪者にできる映画でお金や賞を稼げるのであれば、まさに一石二鳥だ。

「60 Minutes」は、ダニエルズに出演料を払っていないという。また、ポルノ女優である彼女は、番組内で、こうやってトランプに不利な発言をすることで「ファンの半分を失うだろう」とも語った。それでも出演を決めたのは、先に挙げた「他人の目的に利用されたくない」ということ以上に、自分で自分の話を語りたかったからだと、彼女は述べている。映画の権利を得たいなら、ほかの誰よりも彼女自身が納得のいく形で物語を語ってみせると説得することが、第一のステップだろう。彼女にプロデューサーの肩書をあげるのも、手段のひとつだ。完成の折には、プレミアに出席してもらって、レッドカーペットで主演女優とツーショットを撮ってもらうのがいい。

 もちろん、これらはまだ、あくまで想像の段階。だが、ハリウッドでは、十分にあり得る展開である。被害者ではないと断言はしても、脅しという恐ろしい目に遭ったダニエルズにとって、それは素敵なリベンジになるに違いない。この後、実際の訴訟がどう動くのかはわからないが、映画は映画。スクリーンでは、彼女にとってのハリウッドエンディングが用意されるはずである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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