「金正恩氏重病」に振り回され……たまにある北朝鮮の「とびきり」の虚偽情報
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の「重病説」に同調していた北朝鮮出身の韓国政治家2人が4日、謝罪の気持ちを表明し、今後の言行には慎重を期すとの考えを示した。一方で「重病説」を報じた米CNNテレビは自社報道に対する検証結果などは伝えず、釈明するにとどめた。北朝鮮をめぐっては裏付けの取れない“機密情報”が少なくなく、外部メディアはそれに振り回される。ただ、北朝鮮で厳しい情報統制が続く限り、その状況が変わるのは難しい。
◇脱北の韓国政治家とCNNのけじめ
韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」が先月20日に「金委員長が手術を受けた」と報じ、CNNも「重体」と続けた。これに北朝鮮出身の韓国野党政治家である池成浩氏(未来韓国党)と太永浩氏(未来統合党)が反応し、それぞれ「99%死亡を確信」「自ら立ち上がれない状態」などと発言していた。
北朝鮮国営メディアが今月2日、金委員長の健在ぶりを伝えたことから、韓国国内で2人に対する批判がわき上がり、2人は4日、謝罪表明に追い込まれた。
太永浩氏は「この2日間、多くの叱責を受け、自分のひとことが及ぼす影響について、切実に実感しています。理由にかかわらず、国民のみなさまにおわび申し上げます」と述べた。そのうえで「今度のことを契機に、より慎重で、謙虚な議員活動を展開してまいることを約束いたします」と誓った。
池成浩氏は「国民のみなさまに深くおわび申し上げます」と謝罪。「過去数日間じっくり私自身を振り返ってみた」と明かしたうえ、先の韓国総選挙での当選と重ね合わせて「(国会議員という)ポストの重さを深く感じました。これから公人として慎重に行動します」と反省の弁を述べた。
一方、CNNは、北朝鮮メディアが金委員長の動静を伝えた2日の時点では「写真の真偽と撮影日は確認されていない」と慎重な態度を見せてきた。だが、写真が捏造ではないことを確認すると、「北朝鮮には言論の自由がなく、国の最高指導者に関する情報はしばしば『光が目に届かない黒い穴』になる」と表現するだけだった。
◇北朝鮮「韓国で虚偽ニュース横行」
北朝鮮側は、韓国政治家2人の発言を念頭に、対外宣伝媒体である「メアリ」が5日、「南朝鮮(韓国)で日増しに勢いを増す『虚偽ニュース』が、人々を混沌とした状態に陥らせている」と伝えた。
メアリはこの「虚偽ニュース」を「一定の政治的・経済的目的により、特定の対象・集団に対する虚偽事実を意図的に捏造して流す世論操作行為」と定義している。
ただし、メアリはこの報道の中で、金委員長の「重病説」には一切触れていない。「金委員長の健康問題に関連してデマが流された」と伝えるだけでも、住民らに動揺が生じる恐れがあるためだ。
◇“国境情報”
北朝鮮情勢を取材していると、時々“国境情報”といわれるものに出くわすことがある。これは中国に潜伏する脱北者支援組織のメンバーらが、北朝鮮側にいる協力者と連絡を取り合うなかでやり取りされるものだ。
北朝鮮の咸鏡北道や慈江道など、中国との国境付近では中国の携帯電話の電波が入るため、双方が中国のスマホを持っていれば、国境を隔てて文字情報や動画・写真などのやり取りが可能だ。
またこのルートは「双方向」になっているため、北朝鮮側の協力者は国外の情報に触れることができる。ここから公式メディアが伝えない「重病説」などが逆流している可能性もある。
北朝鮮の治安当局は時に、情報漏洩ルートをあぶり出すため、疑わしい複数の人物に、個別にそれっぽい話を握らせて、情報の流れを点検するとされる。たとえば、ある人物には「金委員長は3日前に死んだ」、別の人物には「金委員長の叔父が権力を握った」、残るひとりには「金与正氏が監禁された」といった、メディアが欲しがるような「故意の誤報」をあえて流し、どの人物に流した情報がどのようなルートを経て外部で報じられるようになるのかを確認するというものだ。こうした情報は絶妙なタイミングで流され、筆者もだまされて情報源を遮断された経験をもつ。