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泊まり込みの学会、研究者は夜通し何をやってるの?  -「研究100連発」のルーツとなったWISS-

五十嵐悠紀お茶の水女子大学 理学部 准教授
お酒を片手に会話が弾む。そこから生まれる研究もある。(写真はイメージ)
お酒を片手に会話が弾む。そこから生まれる研究もある。(写真はイメージ)

年末になり、飲み会が増えるこの時期。仕事がらみの飲み会だと言っても、なかなか家族の理解が得られない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

実は学会もしかり。子どもの託児所が確保できなかった頃、子どもを親に預けて学会に参加したことがあります。ですが、学会のプログラムを見せると、懇親会というところはまるで見えてもいないかのように、「5時までだね。じゃあ6時には帰宅できるかな」と言われていたのを思い出します。

研究をしていく上でコミュニティで議論することが大事、ということは先月の記事「研究者が学会に参加する本当の理由」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48385)でも述べました。ですが、夜に行われる懇親会ではただお酒を飲むだけでなく、いろいろと面白い議論や成果が生み出されています。

今月も、日本ソフトウェア科学会のインタラクティブシステムとソフトウェア研究会が開催するシンポジウム「WISS(Workshop on Interactive Systems and Software)」が、12月14~16日に滋賀県長浜で行われました。

このシンポジウムの特徴は、2泊3日の泊まり込み形式での開催ということ。原則、途中参加や途中帰宅が認められません。このような泊まり込みの学会では、研究者が夜通し集まって何をしているのでしょうか。

WISSでは、「ナイトセッション」といって、夜の21~24時までの枠を30分間隔に区切り、会場内にある複数のプロジェクターやスクリーンなどを利用し、参加者自らが企画するイベントの実施も行っています。

そこでは、通常では発表できない研究の成果や失敗を披露したり、特定テーマについて深いディスカッションを行ったり、レクチャやハッカソンを行ったり、とさまざまな内容が繰り広げられます。どこでどんなテーマで話がされているかを可視化するために、Googleスプレッドシートでタイムテーブルを共有してあり、話をしたいテーマがある人はそのテーマを記入して時間枠を予約します。

ニコニコ学会で恒例の「研究100連発」

例えば、ニコニコ超会議でも話題だった「研究100連発」。5名の研究者が20個ずつ研究をプレゼンする「研究100連発」という発表フォーマットがニコニコ学会では恒例なのですが、これの発端は実は2010年に開かれたWISS2010のナイトセッション。

数年ぶりにWISSに参加した東京大学の五十嵐健夫氏が、自身の研究のデモをひたすら30分間発表する「デモ100連発」をナイトセッションで行いました。私の夫である五十嵐健夫氏の話なので、その頃を思い出してみます。

「自身が発表する論文がない」と言っていた夫に、「これまでの一連の研究を紹介したら学生さんは喜ぶよ!」とけしかけた私。「え? 30分も?」(ナイトセッションの1枠は30分)と、最初はうーんと悩んでいた夫でしたが、次の日には、WISSのナイトセッションタイムテーブルに、「デモ100連発」と書き込んでありました。

そしてシステムのビデオを流すだけではなく、リアルタイムデモにこだわる当日の五十嵐氏の姿に感銘を受けてくれたのが、産業技術総合研究所の江渡浩一郎氏。その後の、ニコニコ学会β第1回(http://niconicogakkai.jp/nng1/)で「5人で100個の研究紹介」というフォーマットを整え、世の中に送り出したのは江渡氏です。そのあたりの経緯の話はこちら(https://www.jst.go.jp/csc/archive/pdf/result26/nagayama_koizumi_besshi.pdf)に詳しく述べられています。

通常、研究は単体で発表されることが多いので、こうやって研究100連発のフォーマットができあがってみると、「あの研究の後にこの研究が始まったのか!」という流れとともに、知らなかった研究を知ることができる良い機会でもありました。

イグ・ノーベル賞のタネもここから!

2012年度のイグ・ノーベル賞を受賞した産業総合研究所の栗原一貴氏と、はこだて未来大学の塚田浩二氏による、おしゃべり妨害装置「スピーチジャマー」。これは、話者の聴覚に音声を遅延させて到達させることで、離れた場所から発話を阻害することができるというものです。

塚田浩二氏(左)と栗原一貴氏(右)。栗原氏が手にしているのが「スピーチジャマー」。(写真提供:栗原一貴氏)
塚田浩二氏(左)と栗原一貴氏(右)。栗原氏が手にしているのが「スピーチジャマー」。(写真提供:栗原一貴氏)

この研究は、海外の学会に何度も英語論文を投稿したそうですが、査読(学術雑誌などで、原稿を読み、掲載の採否を決定すること)に通ることはなかったそうです。

しかし唯一、この研究を「未来を変えるような可能性のある研究」と考え、採択した学会がこのWISSなのです。そもそも、それぞれ所属の異なるこの2人。コミュニケーション支援に関する研究をしていた栗原氏と、ハードウェアが得意な塚田氏とのコラボレーションが始まったのも、このWISSでした。

学会を良くしていくための話し合いの場

WISSそのものを良くしていくための話し合いも、ナイトセッションで行われます。

通常、学会運営には委員が組織されており、委員会で決められていきます。しかし、この委員会は大御所の限られた人が委員になっており、全体の意見を必ずしも反映しているとは言えません。

WISSではナイトセッションを使って、初参加の学生さんや、分野を広げて興味を持ってくれた初参加の違う分野の研究者まで、みんなで話し合いをしています。

産総研の後藤真孝氏は、WISSの委員長だった2010~11年に、ナイトセッションなどの話し合い、委員会での話し合いなどをもとに、未来の学会のあり方を時代に先がけて示すために、さまざまな改革をされています。

特に後藤委員長の時期には、WISSの人気が増して参加者が増加していくにつれて、議論を中心としたワークショップというよりは、会議を聴講するカンファレンス形式に近い雰囲気になる場面が増えてきていた時期でした。そのため「WISSは単に拡大していけばいいのか?」「他の通常の学会と差別化を図るには?」など、WISSの方向性について考える必要がありました。

例えば後藤氏の改革の1つに、「論文に『未来ビジョン』を示すこと」というのがありました。「こういう未来社会が到来してほしいから、我々の研究でこう貢献していきたい!」といった意気込みを図表も織り交ぜながら書けるスペースを、論文フォーマットに導入しました。

このような未来ビジョンを論文に書いて投稿する、といった話は前代未聞だったと思いますが、WISS参加者には大いに受け入れられており、自分の研究の立ち位置を再確認するいいきっかけにもなっていました。

消極的な仲間たちが集まったら本になった

今、話題の書籍『消極性デザイン宣言 ―消極的な人よ、声を上げよ。……いや、上げなくてよい。』(ビー・エヌ・エヌ新社)も始まりはWISSのナイトセッション。ちょっと消極的な人たちが集まって、「そういうことあるある」という話をしていたところから、「消極性研究会(SIGSHY: Special Interest Group on Shyness and Hesitation around You)」が立ち上がりました。

この研究会では否定的な意味合いで捉えられがちだった「消極性」をターゲットに、対人コミュニケーションの苦手意識や日常生活における「やる気」のなさを研究しています。

消極的メンバーと積極的メンバーが混在する場のデザインだったり、ICT支援だったり。「やる気」がないユーザの状態を考慮したアプリケーション、ユーザーインターフェイスの提案であったり。

「学会は楽しいんですけど、懇親会がちょっと辛いんですよね。知った人もいないし・・・」「あ! それはシャイハラスメントだよね?」といったように、シャイや消極的という言葉が建設的な形でHCI(Human Computer Interaction)系の人たちでは使われるようになり、それを支援するようなシステムや仕組みを研究する人たちも増えてきました。

人の迷惑行為に文句を言うとその行為自体が迷惑になる場合には、何か頭の悪い人工知能のせいにしよう、といったアイデアなど、興味深い記述がたくさんあります。こういった内容に興味のある方は、ぜひこの本を手に取ってみてください。

このように、様々な人との出会い、つながり、新たなチームの形成、コミュニティの増強などにつながる学会の懇親会。過去には、アイデアは素晴らしかったが、さまざまな事情でお蔵入りになってしまった研究を発表する「お蔵入りユーザーインターフェース救済シンポジウム」が開催されたことも。(参考:http://www.itmedia.co.jp/news/0212/17/nj00_wiss_03okura.html

私と同じく子持ちの女性研究者とは、「3日間日帰りでWISSに参加するくらいなら、2日間でいいから1泊で参加したい」という話で盛り上がるくらい、深夜までの活発な議論というのはたくさんの得るものがあります。私はこのコミュニティでの出会いがあったからこそ、今の職に就いていると思っています。

仕事つながりの飲み会でも同じことが言えるのではないでしょうか。忘年会・新年会シーズンを、より楽しんでみませんか。

(この記事は、JBPressからの転載です。)

お茶の水女子大学 理学部 准教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).日本学術振興会特別研究員PD, RPD(筑波大学), 明治大学総合数理学部 専任講師,専任准教授を経て,現職.未踏ITのPM兼任.専門はヒューマンコンピュータインタラクションおよびコンピュータグラフィックス.子ども向けにITを使ったワークショップを行うなどアウトリーチ活動も行う.著書に「AI世代のデジタル教育 6歳までにきたえておきたい能力55」(河出書房新書),「スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子 (ネット社会の子育て)」(ジアース教育新社),「縫うコンピュータグラフィックス」(オーム社)ほか.

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