虎の名伯楽・高代延博が惚れた次代のショート、小幡竜平(阪神タイガース)
■ルーキー・小幡竜平選手の初シートノックは?
「竜平、めちゃくちゃよくなったで」。
ニコニコしながらこう語りかけてきたのは、阪神タイガースの高代延博ファームチーフコーチだ。「竜平」というのはタイガースのルーキー、小幡竜平選手のこと。宮崎の延岡学園高を卒業したばかりの、プロ野球選手になりたてホヤホヤの18歳だ。
安芸キャンプ最終クールで顔を合わせた高代コーチの声は弾んでいた。「あのころとは全然違うで」。愛しい我が子(いや、孫か?)のことを自慢するかのように目を細める。「一昨日のノックはみごとやった。あいつは、きれいなショートや」。
「あのころ」とは序盤の第2クール、小幡選手がキャンプではじめて内野のシートノックに入ったときのことを指す。第1クールでは見学のみだったシートノックだが、第2クール初日に解禁となり、ショートのポジションに就いた。
第1クールのノックでさまざまな注意やアドバイスを受けていた。シートノック直前、高代コーチは「小幡はまだまだ時間がかかるんじゃないかな。きっとオレが言うたことも(頭から)飛ぶと思うよ。どれだけできるかな」と話し、じっと見守った。
しかしシートノック終了後、「意外によかったよ」と目を丸くした高代コーチ。「もっとひどいかと思ってたけど、今やってることをちゃんと意識してやってたわ。グラブを下ろす準備のタイミングとか、な。学習能力あるわ」。そう言うと、満足そうにうなずいていた。
小幡選手は「最初は緊張してうまくボールが投げられなかった。少し小さくなってたけど、徐々に慣れてきた。森越さんも熊谷さんも声をかけてくれるので、やりやすかった」と振り返り、「でもシートノックの一発目から声を出せていなかった。ちゃんと声が出せないと」という反省を口にしていた。
■キャンプ中に急成長
そして「あのころ」の後、小幡選手をしごきまくった高代コーチは、2週間ぶりに会ったときに冒頭の言葉を投げかけてきたのだ。
さらに「ひとつ感じたことがあるんや。あいつな、対外試合とか試合形式のほうがいいものを出すわ。球ぎわに強い。これはもう、持って生まれたものや」と、目尻を下げる。
2週間の間に、形をしっかり叩き込んだそうだ。「自分の近くでさばけるようになった。バットもグラブも体から遠かったらええことないからな」。
また、ボールを捕るときのグラブの音も大事だという。「いいとこで捕ったらパンパン鳴る。最初、竜平はまったく鳴らんかった」。
それらをひとつずつクリアしていった。「しっかりアジャストしてきている。飲み込みが早いなって、途中から思ったわ」。高代コーチの中で評価が右肩上がりになっていったようだ。
「途中からワクワクしてきた。こっちが言ってることを理解しているのが見えてきたんで」。賛辞が溢れ出す。
「もちろん、まだまだやで」とは付け加えたが、鍛えがいを感じさせてくれる愛弟子の存在に、高代コーチ自身が楽しくてしかたがないといった様子だ。
■高嶋仁監督からの教え
ふと、洩らした。「オレな、18歳の高校生を見るのははじめてなんや…」。
これまで広島、中日、ロッテ、日本ハムでの1軍コーチ、また日本代表でも内野守備・走塁コーチを務めるなど、30年の指導歴を誇る高代コーチだが、高校を卒業したばかりの18歳を預かるのは、なんと自身のコーチ人生初となる。
当初、接し方からどうしたものか考えた。そんな折、高校時代の恩師である高嶋仁氏に会った。
高嶋氏は1972年から智辯学園高、1980年から智辯和歌山高で監督として指揮を執り、昨年8月に勇退。現在は名誉監督に就いている。昨年12月1日、教え子たちで勇退パーティを開催したのだ。
「オレ、高嶋先生の一期生なんや」。智辯学園高時代の監督のことを誇らしげに口にする。
高嶋監督から授けられたのは「高校生に教えるのは難しい。自分も変わらないかん。向こうから話しかけやすいよう、受け入れやすいよう、そういう環境を作らないかん。一回一回訊くことや。『理解してるか?』って。会話としては幼稚かもしれんけど、一方通行で消化不良なんが一番よくない。会話して、相手をほぐすんや」という言葉だった。
恩師の助言を胸に刻み、2月からのキャンプに臨んだ。小幡選手にはこう話した。「教えていきなりうまくなることはない。根気を持て。教えるこっちも根気よくやる。意識するかどうかで、上にいけるかどうか(が変わってくる)。騙されたと思って、オレについてこい」。
ノック中もノック後も高代コーチは小幡選手に話しかける。特守でちょっとよくなかったなと感じた日は、「何が悪かったと思う?」と尋ねる。「わかりません」と答えると、「グラブが体から離れてたよ」など、気づいたことをわかりやすく伝える。
「よくなったと思っても、そのあとに必ず『おかしいな』という時期が来るものなんや。でもそこで諦めたらあかん。こっちも選手も根気や。でも竜平な、悪かったら自分からネットスローしてたわ、ひとりで。あいつ、そういうとこあるんや。物怖じしないっていうか、自分からやりよるんや」。
こう話すときの高代コーチの嬉しそうなこと。まるで宝ものを見つけた子どものようにウキウキしているのが伝わってくる。
「もちろん優しさだけでなく、締めるとこはしっかり締めるよ。アメとムチやな。まぁ今んとこアメのほうが多いけどな」。そう言ってまた、頬を緩める。
さらに「入団前の報告では体力ないって聞いてたけど、そんなことない。ノック打ってもヘロヘロにならん」と満足そうに笑う。そして「一流になった選手はみんな体が強い。金本、福留、井端、荒木…」と、自身が育てたビッグネームを引合いに出した。
それほどの選手になれる可能性を小幡選手に感じているのだ。
■キャンプ中の楽しみは「特守」?
そこまで見込まれている小幡選手。キャンプ中、楽しみは何かと尋ねたとき、なんと「特守です!」と答えた。先輩たちが話しかけてくれ、コミュニケーションをとれるのが嬉しいのだそうだ。
しかし肉体的には相当しんどいはずだ。それでも「きついけど、そういう楽しさを持っとかないとできないんで」と涼しげに言う。しんどい中に楽しみを見つけられるポジティブ思考なようだ。
技術的にも各段に進歩した。はじめは実戦の生きた球に対して「体が固まって足が止まって、言われてることが全然できてなかった」と省みていたが、「最初に比べると全然よくなったと思う。捕球までの動きのイメージというか、捕球の仕方も変わったっていう実感がある」と、しっかり身についてきた。
高校時代は、スローイングに自信があるがゆえ、「なんとか捕って、肩でごまかしていた(笑)」と首をすくめる。捕ることへの意識はそこまでなかったのだ。
「キャンプで一番教わったのは、体の近くで捕るということ。グラブが前(体から遠いという意)だとイレギュラーバウンドに対応できない。今までは近くだと見えないんじゃないかと思ってたけど、逆に近くでしっかり見て捕ることが大事」。
プロは打球の速さも質も違う。対応するために必要なことを、まるで乾いたスポンジのように急速に吸収している。
■内野守備が一番うまいのは楽天・藤田一也選手
内野守備の話で盛り上がっているとき、高代コーチが思い出したように口にした。「そうや!こないだな、インタビューで『高代さんから見て、今の現役内野手で一番うまいと思われるのは誰ですか』って質問されたんや。オレな、『藤田一也が一番や』ってスッと答えた。楽天のな。今、12球団の中であいつが一番うまいなぁ」。
「うまい守備」―。高代コーチにとってそれは、「ノッカーから見て、グラブの手のひらの面を長く見せている」のだという。つまり「準備ができている」ということだ。
「点じゃなく線で、というイメージやな。ゴミを拾ってチリトリに入れるというのを考えてみ。まず先にチリトリを固定して、そこにゴミを掃き入れるやろ、一連の動作で。これが両手を一緒にパッと出したら、うまいことゴミを入れられへん」。そんなふうに例えた。
時間にしてほんのコンマ何秒の世界だが、そこには線…つまり流れがある。“藤田一也級”になれるよう、その極意を小幡選手にも伝授していく。
「実はな、ファームのコーチをやりたかったんや」と明かす。念願がかなった今、新鮮な気持ちで取り組んでいる。日々精力的に汗を流すのは、1軍とはまた違った姿だ。
キャンプではほぼ毎日、早出の山崎憲晴選手に約30分、ノックを打つことから始まり、全体練習でも休む間もなく動きまくっていた。さらには「ちょっと見とけよ」とグラブをはめて、捕球の実演までして見せる。
「何十年もやってなくても、できるもんや。体が覚えているからな」と胸を張ったかと思うと、「でも腰が痛いわ…(笑)」と本音も漏れる。腰に巻いたコルセットがちらりと覗くと照れくさそうに笑ったが、それでもじっとすることはない。
■“ショートらしいショート”になれる可能性大
そんな高代コーチが、自分にはないものを小幡選手に見て取る。「手足が長いからな。ショートにいるときのしぐさなんか、ええもん持っとる。きれいとか、かっこいいっていうのはうまいってこと。少年が憧れるわな」。
見栄えのよさも技量のうちだ。いや、技量があるから見栄えがいいのか。いずれにしろ、小幡選手にはその“華”が備わっているという。
さらにこんなことも付け加えた。「あいつな、練習でもベンチから守備位置に就くのに、後ろから回り込んでいきよるんや。そんなこと教えてないのにな。自分の守るところは荒らさない。そういうとこな」。相好を崩して、くくくと笑う。愛弟子の内野手としての資質が、名伯楽をこんなにも喜ばせる。
「投げることには自信を持っとる。着々と力をつけていけば、“ショートらしいショート”になれる可能性があるなぁ」。視線の先にその姿が見えるかのように、高代コーチは遠くを見つめながらそうつぶやいた。
二遊間のポジションはベテランの鳥谷敬選手、中堅の上本博紀選手、キャプテン・糸原健斗選手、7年目の北條史也選手、ルーキーの木浪聖也選手が激しいレギュラー争いを繰り広げ、そこに隙あらば割って入ろうと森越祐人選手や荒木郁也選手、熊谷敬宥選手、植田海選手が虎視眈眈と狙いすましている。
小幡選手は「まだ自分のことで精一杯なので」と決して浮つくことなく、しっかりと自分の足元を見ている。この先、一年でも早くその競争に加われるように、今はただ牙を研ぎ続ける。
そしてその後押しをするために高代コーチは、持てる引き出しをすべて継承していく。深い愛情をもって。
(撮影はすべて筆者)
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