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「ラ・ラ・ランド」チャゼル監督:「今すぐ実現しないなら、それは今起こるべきでないということ」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
デイミアン・チャゼル(左)とエマ・ストーン(写真/Dale Robinette)

昨年夏のヴェネツィア映画祭以来、数々の賞に輝き、批評家に絶賛されてきたデイミアン・チャゼル監督の「ラ・ラ・ランド」は、現地時間26日のアカデミー賞でも、多数のオスカーを手にすると期待されている。作品部門でも最有力だが、チャゼルが監督組合(DGA)賞を受賞したこともあり、監督賞受賞は、ほぼ決まりの状態だ。過去69年間にDGAの結果とオスカー監督部門の結果が違っていたことは、7回しかないのである。チャゼルは現在32歳。受賞すれば、「スキピイ」(1931)のノーマン・タウログと並び、史上最年少のオスカー監督となる。

両親ともに大学教授。自身もハーバード大を卒業したエリートだ。幼い頃から映画の魅力にとりつかれていたが、音楽も大好きで、高校時代はジャズドラマーだった。名門音大に通うジャズのドラマーと彼を指導する鬼教師の関係を描く「セッション」(2014)は、その頃の体験に想を得て生まれている。

一方、「ラ・ラ・ランド」は、L.A.に住む売れない女優(エマ・ストーン)とジャズピアニスト(ライアン・ゴズリング)の恋を描くミュージカルだ。チャゼルは、今作の構想を、「セッション」以前から持っていた。本人に言わせれば、「セッション」は「『ラ・ラ・ランド』を実現できないフラストレーションから生まれた映画」らしい。

しかし、今振り返れば、時間がかかったのはむしろ良かったことと考えていると言う。今作にかけた情熱を、L.A.で聞いた。

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今作がここまで高い評価を得たことを、どう受け止めていますか?

驚いている。衝撃だよ。そうなってくれたらいいなと願ってはいた。でも、今作の実現には6年もかかり、その間、いろんな人に「そんなの誰も見ないよ」「やめれば」と言われて、「やっぱりそうかなあ」と思ってしまうこともあったから。フラストレーションは感じたけれど、今思ったら、6年かかったのは、僕にとってむしろ幸運だった。あの時の僕には、まだこれを作る準備ができていなかったんだよ。今なら知っていることを、あの頃は知らなかった。今作を通じて学んだ一番のことは、「もし、今すぐ実現しないなら、それは今起こるべきではないのだ」ということだね。6年であれ、60年であれ、必要なだけの時間がかかる。それを信じて、努力を続けないと。「ラ・ラ・ランド」も、それを語っていると思うよ。

ブロードウェイの有名ミュージカル劇の映画化はともかく、ミュージカルというのはなかなか当てにくいジャンルと、ハリウッドでは思われています。しかし、今作は幅広い人々にアピールしていますね。

ミュージカルファンのための映画を作るつもりは、最初からなかった。そうでなく、普段ミュージカルを見ない人にも共感してもらえるものにしたかった。今作は、人がミュージカルに対して抱いているイメージとは異なる映画だと思う。ずっと歌が続くわけではないし、ずっと華やかできらきらしているわけでもない。夢のようなシーンもあるが、僕が重視したのは、国境を越えて人が共感できる、リアルな心情を語ることだった。そのバランスをうまく取ろうと努力した。

エマ・ストーンとライアン・ゴズリングを起用したのも、それが理由なのでしょうか?

そうだ。できるだけ自然で人間的にするため。ブロードウェイ劇を見ているのではなく、実際の世界に音楽が加わったようなものにしたかったのさ。歌のトレーニングをたっぷり受けてきて、自分のソロの瞬間を待ち構えているような人ではなく、一緒にバーに座っておしゃべりしているような雰囲気をもっている人は誰だろうかと、僕は考えた。皮肉にも、エマに初めて会った時、彼女はブロードウェイで「キャバレー」に出ていたんだが、僕は彼女が話す時のハスキーな声が気に入っていたんだよ。話していた時のままに、歌になっても感情を伝える。それが、僕の望んだもの。曲が始まったとたん違う声になって、急に歌番組みたいになってしまうのを、僕は絶対にやりたくなかった。

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カメラを長回しして、カットをできるだけかけなかった理由も、そこにある。カットがかかるたびに、そこには少しの嘘が生まれる。実際に見るままであるほど、それはリアルに見えてくる。歌のシーンでは、とくにそうだ。普通ではあり得ないものを見せているんだから、できるかぎりリアルに撮らないといけない。過去の優れたミュージカルも、たいていそういう撮り方をしているよ。

オープニングシーンは、大渋滞したフリーウェイ。ほかにも、L.A.の名所や、あまり知られないところが出てくるこの映画は、この街へのラブレターでもあるのでしょうか?

そのつもりだよ。でも、美しいだけの見せ方をするつもりはなかった。良くない部分も見せたつもりだ。この街がもつ夢も、それを求めて集まってくる人たちのことも。

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冒頭のフリーウェイのシーンは、ただリアルなだけじゃなく、極端にひどい渋滞にしてみせたかったんだ。ロケに使ったのは、イージーパス・レーン(お金を払っている人たちだけが使える、渋滞を避けられる特別レーン)。そこに車を詰め込んだ。昔、僕は、あの車線の意味を知らなくて、違反チケットを受け取るはめになったことがあるんだが(笑)。

ピアノの経験がほとんどなかったライアン・ゴズリングは、この映画のために大特訓をし、手のアップも、ライブのシーンも、自分でこなしたのだとか?

ライアンは、これに出ると決めたとたんにピアノの練習を始めたよ。まだ出演条件の詳細が固まっていなくて、契約書にサインをしていなかった時だ。撮影までの4ヶ月、彼は毎日ピアノのレッスンを受けた。撮影中も、少しでも休憩時間があれば、ピアノの前に座っていたね。俳優は、自分をとことんプッシュして、不可能と思えることを達成してみせる人たち。少なくとも、僕がキャストする人たちはそうだ。

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またミュージカルを作りたいという気持ちはありますか?

ぜひやりたいね。音楽は、僕の人生の大事な一部。また音楽にからんだ映画を作ることは、あるだろう。でも次の映画は全然違うよ。またライアンと組んで、ニール・アームストロングの伝記映画を作るんだ。そこでは歌ったり踊ったりしないよ(笑)。僕は、いろいろ違うことに挑戦していきたい。ただひとつ変わらないのは、作曲は絶対にジャスティン・ハーウィッツに頼むということ。大学生だった18歳で出会ってから、僕らはいつも同じ目標をもってきた。僕らのコラボレーションは、これからも続くよ。

「ラ・ラ・ランド」は24日(金)全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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