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「最高益」なら還元しろ! アメリカのトラック・ドライバーは年収2500万円へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(写真:イメージマート)

 日本の物流が「危機的」状態にあると言われている。ラストワンマイルを担う配達員から長距離トラックドライバーまで物流業界での人手不足が深刻化してきただけでなく、2024年4月からはドライバーにも残業時間の上限規制がかけられることでさらにその問題が深刻化すると予想される。

 そもそもトラックを始めとするドライバーの人手不足は、あまりに劣悪な労働環境に起因している。以前の記事でも紹介したが、トラックドライバーの給与は全産業平均よりも5〜10パーセント下回っているにもかかわらず、年間労働時間は全職業よりも400時間も長い

 長時間労働で給料が低ければ、その業界で働きたい人が少なくても何ら不思議ではない。同じように、介護といった人手不足の職場では仕事の苛酷さのわりに賃金水準が低いことが敬遠材料になっている。

参考:外国人ドライバーは「救世主」となるのか? アメリカでは「年収2500万円」も

 ところが、日本のほとんどの議論では、賃上げは「解決策」とされていない。例えば、荷下ろし待ちの時間短縮のためのテクノロジーの導入や高速道路の速度規制緩和といった話ばかりが繰り返されている。果ては、万博対策でむしろ労働時間の延長を政策的に進めることで、人手不足を打開する案さえ出されている。

参考:大阪万博は、もはや「災害」? 過労死の危険を無視した「強硬策」は問題だらけ

 そうしたなかでアメリカ最大の物流企業のひとつ、ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)のドライバーや倉庫労働者は今年7月に、ストライキ突入直前で会社労働協約を妥結した。その中で、もっとも賃金水準が高いフルタイム労働者に関しては、5年間で200万円以上の賃上げを会社に約束させている(それまでも平均で年収2200万円)

 今回の記事ではUPSのドライバーへのインタビュー調査を通じて、物流における労働条件の改善について考えていきたい。

オンラインショッピングによる物流量の増大と実質賃金の低下

 今年7月に世界的にも大きな話題を呼んだ労働争議の主役となったのは、アメリカの物流労働者を組織する労働組合チームスターズと、その組合員でUPSで働く約35万人の労働者である。日本と同様にアメリカでもアマゾンを始めとするネットショッピングの拡大により宅配便取扱個数は増えており、2019年の取引量が154億個だったのが、2022年には212億個まで増加している

Study: US annual parcel shipping volumes to grow 5% through 2028

 そして、UPSはアメリカの民間物流企業の中では最大手であり、アメリカ国内で宅配される荷物の4分の1にあたる1日あたり2430万個を担っている。

参考:How likely is a UPS workers strike and how would it affect shipping?

 それに伴い会社の総収入は、2020年の約846億ドル(約13兆円)から2022年には約1003億ドル(約15兆円)と急増している。その一方で、労働者の働く環境はむしろ悪化していった。増加する荷物量に対応するために繁忙期には週6日勤務することもあり、1日あたり14時間働くこともしばしばあったという。それでも給料は時給で時給15.50ドル(約2300円)と、特にインフレ化においては生活賃金には程遠い。

 カリフォルニア州サンディエゴのUPSのドライバーであり、チームスターズの組合員でもあるジョー・アロー氏はわたしたちの取材に対してこう答えている。

「私は2018年からUPSで働き始めました。UPSでは全員まず倉庫での作業から始まって、その後ドライバーに昇進します。私が働いていたのは、他の倉庫から運ばれたものを消費者の家に配送する倉庫でしたが、例えばアマゾンの倉庫にイメージされるような本や小型の家電製品というものよりも、ベッドマットレスなど大型の荷物も多数あり、かなりの重労働です。しかし、給料は40年前から7.50ドルしかあがっておらず、いまのインフレ化においては実質的に低下することになり、まったく見合っていませんでした

スト突入直前での妥結

 組合側は要求を会社が拒否するようであればストライキに突入する準備をすすめていたが、会社側が新たな労働協約に合意したことでストは回避された。

「今回は、単なるはったりではなく、本気でわたしたちがストに入ろうとしていることを会社側も理解したのだと思います。35万人という組合員に加えて、UPSがストップすると物流自体がストップするのが目に見えていた。競合他社のフェデックスやアメリカ合衆国郵便公社はストに入った場合にUPSの荷物をすべて引き受けることは不可能だと宣言していたこともプレッシャーになったのでしょう。もちろん今回の労働協約が十分だとは言えませんが、「ボス交」ではなく、現場の組合員が声を上げて闘ったことで変えさせたという事実が明らかになったのは重要だと思います」(アロー氏)

 この新労働協約によって、賃金は大幅に引き上げられることになった。まず、現職の組合員には一律時給2.75ドル(約400円)の賃上げが約束されただけでなく、UPSで働く労働者の時給は最低でも21ドル(約3200円)まで引き上げられた。

 最も給料が高いフルタイムドライバーの時給は5年後には平均して49ドル(7300円)まで賃上げされる予定で、5万ドル(約740万円)の手当などを含めると5年後にフルタイム労働者が受け取る年収は平均して約17万ドル(約2500万円)となる予定だ。

 日本の水準からすると、今回の労働協約はかなりの好待遇だと考えられるが、それでもアロー氏によれば今回の労働協約の内容に組合員全員が納得しているわけではないという。

「UPSの60%を占めるパートタイマーの時給は21ドル(約3200円)になり、たしかに今よりも引き上がりましたが、そもそも組合は25ドル(約3700円)を求めていました。21ドルでは生活賃金には程遠いだけでなく、フルタイム労働者との賃金格差も縮小したとはいえなくなったわけではありません。会社が今後も職場で組合つぶしを行ってくるかもしれないし、そもそもこの約束自体がきちんと守られるかは今後注意してみていかなければいけません」

パート差別や労働環境も争点に

 そもそも、パートタイム労働者とフルタイム労働者の間には明確な賃金格差が存在していた。いまでは労働者の約6割がパートタイムで働き、ドライバーの場合、パートタイムで働こうがフルタイム勤務であろうが全く同じ配送という仕事を担っている。それにもかかわらず、パートタイマーの給料は時給5ドルも低く設定されており、最低賃金とほとんど変わらない水準になっていたのだ。

 また、UPSの配送車の中にはエアコンが設置されていないものがあり、気候変動による記録的な気温上昇で、熱中症や日射病など屋外での配達行為がますます危険なものになっていった。

 このような賃金面での待遇改善に加え、安全衛生の観点からもより労働者が働きやすくなるような環境を求めて組合側は1年以上も会社と交渉を続けてきたが、合意に至る見込みが見通せなくなっていた。

 これらの問題も一挙に解決すべく、現行の協約の期限が切れる7月以降に、新協約を求めて大規模ストライキを計画し、妥協を迫っていたのだ。

組合に関わっている労働者に対する嫌がらせも深刻でした。私じしんドライバーとして配送中に、尾行してくる車に気がついて声をかけると運転していたのは上司でした。自家用車で組合員の後をつけてきて、きちんと働いているかを監視していたのです。これには非常に憤りを感じていました。

そのなかで組合は、フルタイム労働者とパートタイム労働者の賃金格差の撤廃や、長時間労働に対する規制などを求めてストを構えて交渉を続けてきました

下請けへの「抜け道」も規制

 今回の新協約によって、熱中症対策として、全配送車にエアコンと扇風機が設置されることになり、倉庫内では飲料水の提供や製氷機の設置が約束された。長時間労働に関しても会社側は残業を命令することはできなくなった。さらに、下請けや委託ドライバーの利用に関しても組合は歯止めをかけることになった

 UPSで新たな労働協約を締結しても、会社が仕事をより賃金が安い下請けに委託して組合員の仕事がなくなってしまえば元も子もない。そこで、長距離輸送の場合は、UPSで直接雇用されている組合員でその仕事を担当することができる場合は外注することが禁止されただけでなく、個人配送に関しても、年末の時期で最も忙しい11月15日から12月26日までの5週間のみ個人ドライバーに委託可能で、それ以外の期間はUPSのドライバーで担うことに会社は合意した。

 このような外注の利用に関して労働組合が規制を設けることじたいが珍しい。日本でも、先日ヤマト運輸が郵政に業務を下請けに出すことで、自社の労働者を大量解雇することが報道され大きな問題となったが、今回の協約は外注化が進み、労使関係が形骸化している日本社会にとっても大きな示唆となるだろう。

参考:UPS workers ratify new five-year contract, eliminating strike risk

過去最高益をあげる企業と実質賃金の低下に苦しむ労働者

 特にアメリカでは今回のUPSだけでなく、自動車製造工場で働く労働者からハリウッドで働く俳優や脚本家まで様々な層がよりよい働き方や生き方を求めて声を上げている。そのなかでも特に問題になっているのが、昨今のインフレ化において記録的な利潤を上げる会社やますます増え続ける役員報酬と現場の労働者との大きな格差である。

 例えばUPSは2022年には139億ドル(約2兆円)という過去最高益を記録しており、CEOの年間報酬額は1900万ドル(約28億円)と、UPSで働く平均的な労働者の年収の364倍を受け取っていることが明らかになっている。

 物流業界は特にコロナ禍で広がったオンラインショッピングによってますます大きな利益を上げることになったが、その背後には配送労働者がマスクなどの防護具の支給なしにコロナ感染の危険性を抱えながら注文された荷物を運ぶという、労働者を使い捨てにする様子が問題視された。

参考:2022 Annual report & 2023 Proxy statement

 このような「労資対立」を問題化する労働組合は少なくない。例えば自動車製造工場で働く労働者を組織する全米自動車労働組合(UAW)は、今年の要求として約40%の賃上げを求めたが、40%を要求したのは、交渉相手である自動車メーカーのビッグスリー(フォード、ゼネラルモーターズ、ステランティス)のCEOの報酬が過去10年で40%増加したからである。

 ある調査によれば、自動車製造工場の労働者の平均実質賃金は2008年と比較して19.3%も低下していることがわかっており、インフレや経済危機の影響が広く平等にあるわけではないことを表している。

参考:Striking auto workers want a 40% pay increase—the same rate their CEOs’ pay grew in recent years

 実は日本でも同じことが起こっている。あるコンサル企業の調査によれば、2022年度の日本の経営者報酬は前年度と比較して3割増え、増加率は主要5カ国で最も高かった(役員と従業員の報酬水準の動きに差異)。日本経済新聞も「一方でこの間の従業員給与は6%増にとどまり、役員報酬との格差拡大が鮮明になっている」と報じている。

参考:経営者報酬、10年で2割増 従業員との格差拡大

過去最高益なら還元せよ

 ここまでみると、労働者の生活の犠牲の上に成り立って莫大な利益を上げているのは物流業界だけでないことがわかる。そのため、今回のUPSでの労働組合の取り組みは、あらゆる業界に共通する労働者を犠牲にした「経済モデル」に対する異議申し立てともいえる性格を持っているのだ。

 今後も、物流業界など社会に欠かすことのできない労働者たちを犠牲にし続ければ、人手不足は収まらず市民生活にも影響を与えていくことになるだろう。労働者への還元を増加させることは、社会生活を守るためにも不可欠だといえる。

 アメリカで進む労使交渉の行方を、私たちも注視し参考にしていくべきではないだろうか。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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