外国人ドライバーは「救世主」となるのか? アメリカでは「年収2500万円」も
いわゆる「2024年問題」が大きな注目を集めている。「働き方改革」によって残業時間の法的上限が定められたが、トラックドライバーや医師など一部の仕事にはその適用が免除されていた。それが2024年4月から適用されることで、年間残業時間が最長で960時間(一ヶ月で平均すると80時間)となる。今後は、これ以上の残業は労働基準法違法になり、罰則も適用される。
このような長時間労働対策は必須の課題である一方で、この労働時間の上限規制によって、物流が停滞するのではないかという懸念が出ているのだ。
そもそも現時点でトラックドライバーは深刻な人手不足にある。今年1月時点の有効求人倍率は貨物自動運転手の場合2.26と全職業の1.29を大きく上回っている。その背景に劣悪な労働条件があるのは間違いない。
2021年の大型トラック運転手の労働時間は年間2544時間、中小型は2484時間と、全産業平均の2112時間を300時間から400時間も上回っている。その一方で、給料に関しては、全産業平均よりも低いのが現実だ。全産業平均が年間489万円のなか、大型トラック運転手は463万円、中小型は431万円と、5~10パーセントも下回っている。
このように労働時間が長くかつ給料が低いのであれば、人手不足になってもおかしくない。
一方で、宅急便取扱個数は毎年過去最多を更新し続けている(2022年度は50億588万個と前年度から1.1%増加)。10年前の2012年度は35億2600万個だったことを考慮すると、いかにアマゾンなどオンラインショッピングが浸透し、物流がわたしたちの日々の生活と密着しているかがよくわかる。
国土交通省「2022年度 宅配便・メール便取扱実績について」
このような物流問題を解決する一つの方法として、外国人労働者をトラックドライバーとして受け入れる案を政府や業界団体が検討している、という流れになっているわけだ。
ところが、「廃止」が決まった技能実習制度の問題によく表れているように、外国人労働者の受け入れは、これまで多大な労働問題を引き起こしてきた。そこで、ここでは過去の事例などをみながら、外国人ドライバーの導入による影響を考えてみたい。
参考:技能実習制度はなぜ「人身取引」なのか? 制度の「廃止」が議論されている背景とは
「特定技能」や「技能実習」での外国人労働者の受け入れ
政府はこのまま対策が講じられなければ、2024年には輸送力が14%不足すると予想している。そして、対処法として「女性や若者等の多様な人材の活用・育成」を掲げ、「外国人材の活用に向けて調整を進める」に言及している(物流革新に向けた政策パッケージ(案))。
過去には自民党がトラック運転手を技能実習生へ加えることを検討していたが、最近の報道によれば、在留資格「特定技能」にトラック運転手を加えることが今年中の実現が目指されているようだ。
そもそも特定技能とは「就労ビザ」の一種であり、政府が定めたいわゆる「単純労働」に分類される職種において外国人労働者も働くことができるように2019年から施行された在留資格である。現在ではその在留資格のもと、介護やビルクリーニング、建設、飲食料品製造業などで約17万人が働いている。ここにトラック運転手なども含めるというのが政府の方針のようだ。
しかし、すでに制度面で様々な懸念が示されているが、その一つに大型免許取得のハードルがあげられる。2022年5月の道路交通法改正以前は、普通自動車免許を取得してから3年以上経過していないと大型免許を取得することができなかったが、2024年問題への対応としての2022年道交法改正によって、最短で11日の教習を受ければ1年以上の運転経験で大型免許受験資格が与えられるようになった。
これによって、確かに免許取得のハードルは低くなったものの、それでも大型免許はいますぐに気軽に取得できるものではなく「即効性」があるとは考えにくいまた、こうした規制緩和には安全性への懸念もある。さらに、制度的に免許を取得できたとしても、普通自動車免許や大型免許取得のために教習所に通ったりすれば費用がかかる。
後に見るように、給料が低い仕事に就くために費用をかけてもその「投資」すら「回収」できないと外国人労働者が考えて、ドライバー職を避けるようになっても不思議ではないだろう。
すでに使い捨てられている外国人ドライバー
ここまで、将来的な在留資格改定による外国人ドライバーの拡大について検討してきたが、実はいまでも外国人ドライバーは存在している。「定住」や「永住」など就労制限のない在留資格であれば運転手として働くこともできるからだ。しかし、冒頭でみたドライバー全体を取り巻く状況とおなじように、外国人ドライバーも長時間かつ低賃金で働かせられている現状がみられる。
私が代表を務めるNPO法人POSSEに実際に寄せられた相談を紹介しよう。
日本人の妻と、「日本人の配偶者等」という在留資格で日本で暮らす南米出身のAさん(男性)は、ドライバーとして従業員数数名の零細運送会社に1年契約の契約社員として雇われた。求人募集広告によれば、給料は30万円以上、残業代は支給されボーナスもあり、1日あたり8時間勤務となっていた。
条件としては悪くないようにみえたが、実際に働いてみると、労働時間は週6日勤務で、毎日12時間労働と過労死ラインを超える働き方であった。そもそも雇用契約書も交付されず、日勤のみという条件で入社したにも関わらず夜勤も担当させられたが深夜割増も支払われていなかった。
また、給料は基本給が30万円でプラス残業代支給のはずが、固定残業代の約7万円が含まれてはじめて30万円に届くという典型的な「求人詐欺」のケースであった。長時間労働のなか、夜勤もありこのままでは倒れてしまうと考えて、Aさんは入社して数ヶ月で退職に追い込まれた。
このケースの場合、まず、雇用契約書の不交付は労働基準法違反であり、固定残業代も実際の残業時間に対応した金額が支払われていなければ残業代不払いとなる。さらには、そもそも最初から求人広告に実際の給料を載せずに「騙して」採用しているところをみると、極めて悪質だと言えよう。
ただ、Aさんのような働き方を強いられているドライバーはまったく珍しくない。ドライバーの場合、「外国人」であることで特別労働条件が低くなっているというよりも(将来的にそうなる可能性はあるが)、労働者の国籍に関係なく全体的な労働環境が劣悪であるように思える。
そもそも運送業が人手不足なのは、Aさんのようにいつ過労死してもおかしくないほどの長時間労働に加えて、賃金未払いという違法状態で働き続けられないからであり、「特定技能」などで外国籍の労働者が働けるように制度改変したとしても、労働問題を放置したままでは簡単にドライバー希望者が増える状況になるとはは考えられない。
また、実はAさんの会社は労働基準法で定められる36協定を締結していなかったことで、管轄の労働基準監督署から是正勧告を受けていた。労働基準法は、会社が残業を命じる場合に、1ヶ月や1年単位で最長何時間まで残業させるかを労使で予め協議して書面(36協定)で合意しなければ、違法残業になるとしている。Aさんが働いていた会社はそもそも36協定を締結してすらなかったため、すべての残業が労働基準法違反にあたる状況であった。
これが何を示唆しているかというと、2024年4月以降に年間960時間を超える残業は違法となるが、仮に法的に上限が設定されたとしても、そもそも現時点で労働基準法を遵守していないため、960時間の上限も守られない職場が蔓延する可能性が高いということだ。むしろ、タイムカードや運転記録などを改ざんして、表向きは上限以内であるように偽装しようとする動きが加速化するかもしれない。
世界で相次ぐドライバーのストライキ
オンラインショッピングの飛躍的な拡大に加えて、近年のインフレによって労働条件が悪化しているのは日本のドライバーだけでない。いま、そのような劣悪な働き方に異議申し立てを行うドライバーによる賃上げや労働環境の改善を求めたストライキが世界各国で広がっている。
日本と同じ様にトラックドライバーの長時間労働や速度超過による危険運転が問題視されている韓国では「最低限の運送料の保障」を求めて昨年11月、2万2000人のトラックドライバーがストライキに突入した。また、アメリカでは今年7月、世界有数の物流企業であるUPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)の労働者がストライキ通告を会社に行ったが、直前で会社と労使協定に合意してストは回避された。
インフレ下での生活環境の悪化に対抗した労働者の異議申し立ての結果、UPSで働くドライバーの給料は5年後には平均して年収17万ドル(約2500万円)となる予定である。
参考:UPS workers ratify new five-year contract, eliminating strike risk
このような世界的な動きに対して、日本における議論のポイントは「いかに物流を維持するか」というところにあり、いま働いているドライバーの健康状態や将来的に働くことになるかもしれない外国人労働者の状況はほとんど踏まえられていない。
「人手不足だから外国人を入れよう」という労働者の権利を考慮に入れない議論や政策では、ますます過労死するドライバーが増え、その結果としてドライバー不足になるだろう。そもそも、日本に来るよりも、労使交渉で労働条件が改善できる、アメリカなどより賃金の高い国に行こうと考えるに違いない。
いま必要なのは、物流業界で働く人々の使い捨てにいかに歯止めをかけるかための議論に加えて、実際にそのような状況で働くドライバーの環境改善ではないか。そのためには、海外のようにドライバー自身が会社との交渉を通じて、よりよい状況を求めていくことも必要になるだろう。
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