なぜ若者は「闇バイトに」手を染めるのか 福祉の「強制収容」が招く闇バイトの現実
今年8月以降、首都圏で相次いで「闇バイト」による強盗事件が発生し、社会を震撼させた。いわば「捨て駒」とされた実行役は次々と逮捕されているが、その指示役は未だ逮捕されていない。政府は今月17日、犯罪対策閣僚会議を開き、警察の捜査員が身分を偽って闇バイトに応募する「仮装身分捜査」の早期に実施することを明言した。
警察庁によると、2023年の全国の刑法犯認知件数は70万3351件で、2022年と比べて10万2020件増加した。刑法犯は2002年をピークに2021年まで19年連続で減少していたが、2022年から2年連続で増加に転じた。殺人や強盗などの「重要犯罪」は前年比30%増、特殊詐欺の被害件数は過去15年で最多となり、被害額は前年を70億余り上回っている。
こうした情勢を踏まえ、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEでは、「闇バイト」に関する報道記事を収集した。国内の新聞・雑誌記事の横断検索データベース「ELDB」を利用し、2024年1月1日から11月14日時点で「闇バイト」関連の事件は87件であった(なお、記事のヒット数は2210件)。
そのうち、闇バイトへの応募動機が記述されている記事が28件であり、そもそも動機について言及している記事は多くない。生活費の必要が7件、借金返済が9件、遊ぶ金欲しさが2件などとなっている。その上、記述がある場合にも詳細のわかるものはごく少数である。
「闇バイト」に関する政府の動向や報道の論調としては、あくまで犯罪対策の域を出ておらず、貧困問題として捉える向きはあまりに少ない。もちろん、捜査の強化、SNSなどでの求人募集情報の規制、若者に対して「安易」に闇バイト案件に応募しないよう呼びかけるといった対策を一概に否定するものではない。しかし、これだけ多くの人々がお金欲しさに「闇バイト」に応募する背景には、深刻な貧困問題が横たわっていることは、想像に難くない。
そこで今回は、POSSEに寄せられた闇バイトに関連する相談事例を見ていくことで、貧困と闇バイトの関係について考察していきたい。
派遣寮を追い出され、無料低額宿泊所に
北陸地方出身のAさん(25歳男性)は、自営業を営む両親と5人兄弟の7人家族に育った。高校進学には自分で学費を出すように父親から言われていたため、Aさんは中卒で働き始め、実家の自営業の手伝いなどに従事してきた。20歳の時に親から実家を出るようほのめかされ、上京した。
上京とともに会社寮に入り、東京の多摩地域の自動車工場で派遣社員として働いた。昼夜二交代性である上、残業を毎日2時間半は行うことが前提とされていた。Aさんが残業に対して異議を唱えたところ、「会社の方針だから」と言われ取りつく島もなく、自分から辞めた。
退職とともに即日で退寮させられたため、役所に相談したところ、生活保護の申請を勧められた。住居がなかったため、当然のように無料低額宿泊所(以下、無低)への入所を求められた。施設の環境は以下の通りである。
- 食事がまずい。アレルギーを考慮してくれない。
- 外出時に届出が必要。行き先の場所や外出の目的、帰宅の時間など事細かに報告を求められる。
- ワンルーム程度の広さの部屋を仕切った2人部屋。相部屋の人の生活音の影響で不眠症や不安障害を発症。
- 家賃や食費などを除くと、本人の手元には保護費が2万円しか残らない。
2〜3ヶ月滞在したが、耐えられず役所に辞退届を提出。保護は廃止となり、実家に戻ることになった。
「闇バイト」に応募
Aさんが「闇バイト」に応募したのは、実家に戻った2、3年前の頃だ。実家のため家賃や光熱費などはかからず、必ずしも切迫していたわけではない。ただ、生活保護を廃止されたばかりで貯金もなく、多少の蓄えがあった方が精神的に余裕を持てると思った。そうした中で、地方の低い最低賃金で働いて稼ぐのがバカバカしいと感じ、「闇バイト」を探したのである。
また、Aさんが「闇バイト」を探した背景には、捕まって刑務所に入ったとしても、前述の無料低額所と変わらないと思ったからだ。もともと刑務所の環境をネットで調べていた上、過去に交際相手の事件に巻き込まれて逮捕され、二日間だけ留置所に入ったことがあったため、どちらも経験があった。違いと言えば、無低は外出できるというくらいだと思った。刑務所で外出できないのは仕方ないと思えるが、むしろ無低では外出時の詳細な報告を求められるのが嫌だったという。
Aさんは、SNSで「高収入」「単発」などのワードで検索し、出てきた仕事に応募。DMでやり取りしたのちに秘匿性の高いメッセージアプリ「テレグラム」に移行。そこで具体的な案件の情報を知ることになった。地域は全国各地、内容は「受け子」や何かモノを渡す仕事などで、最近頻発している強盗はなかったという。内容を見てやはり犯罪に加担することに躊躇があったこと、報酬が1回200〜300万円と大きすぎて非現実的に思えたため、辞めた。それ以降に同じようなバイトは探していない。
福祉の「強制収容」が闇バイトの温床?
Aさんのように仕事と住居を失い、無料低額宿泊所などに収容されるケースは珍しくない。2023年度にPOSSEに寄せられた生活相談のうち、若者(10代〜30代)に限定すると、45.7%がホームレス状態であった(なお、ここでの「ホームレス」とは、路上生活者に限定する国の定義とは異なり、海外諸国での定義を参照し、友人宅での居候、ネットカフェに滞在、実家にいるが、家族からの暴力に晒されている場合、などを含んだ広い定義となっている)。
また、行政に相談したことのある者のうち、75%が何らかの違法行為を受けていると見られ、1割以上の者が無料低額宿所への入所を強要されたり、その劣悪な環境のために退所を求めても認められないという相談を寄せている。これでは事実上、貧困者の強制収容である。実際、私たちがホームレスにききとりを行ったところ、「行政に相談をすると無料低額所に強制的に入れられるから、路上生活をしている」という人が大半だった。
こうした福祉の現実から、「生活困窮で暮らせない→劣悪施設への強制収容→闇バイト」というルートが現に多数存在していることが疑われるのだ。
参考:「学生たちの調査で「若者のホームレス」急増が判明 実態と背景とは?」
無料低額宿泊所は、ホームレスの受け皿として急速に増加してきた。1998年には43施設だったが、最新の2020年には608施設まで激増し、入所者は16397人である。入所者数は国が調査したホームレス数(2024年、2820人)の5倍以上にも上る。
参考:「無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査結果について(令和2年調査)」
無料低額宿泊所にはもともと法定の最低基準が設けられておらず、徴収する費用に対する規制もなかったため、設備やサービスにかけるコストを抑え、受給者から保護費を多く徴収すれば、利益が生み出される構造があった。そのため、もちろん施設の優劣はあるものの、その一部はホームレスを相手にした貧困ビジネスとして拡大したと考えられる。
ただし、先にみたように、無料低額宿泊所の拡大の背景には事業者側だけでなく、行政自身が積極的に活用している面もあることを忘れてはならない。事実、厚労省の2020年の調査では、入居者が施設を知った経緯の57.5%は福祉事務所の紹介であり、他のルートより圧倒的に多い。
行政が無料低額宿泊所を活用する理由の一つは、「管理コストの削減」だ。社会福祉法では、生活保護を受給する80世帯に対し、1人のケースワーカーの配置を標準数としている。しかし、現実にはケースワーカー1人が担当する生活保護受給世帯はもっと多く、100世帯を超えることは珍しくない。厚労省の調査によれば、指定市・東京23区・県庁所在地・中核市の全国107市区のうち、配置標準を満たしていない自治体は約7割にのぼるという。
こうしたケースワーカーの人員不足を背景に、ホームレスの人たちが1カ所にまとまり、かつ管理もしてくれる無料低額宿泊所が「重宝」されてしまっている。普段の生活を施設の管理人が管理(決して支援ではない)してくれて、家庭訪問も1軒ずつ回る手間も省けるというわけだ。いわば、ケースワーク業務の「アウトソーシング」である。
以上の経緯により、「刑務所と変わらない」と言わしめる劣悪な福祉施設が跋扈し、闇バイトへのハードルを著しく下げていると考えられる。
日本の福祉は100年以上前の水準に逆戻り?
これまで見てきたような、劣悪な福祉が闇バイトへのハードルを下げているという実例は、明らかになっていないだけでたくさんあってもおかしくはない。Aさんのように無料低額宿泊所が刑務所と変わらない、あるいは刑務所の方がマシだ、という証言をPOSSEのスタッフは相談者から何度も聞いてきた。
また冒頭で、報道では闇バイトの動機が明らかになっていないと述べたが、数少ないものの一つに、生活保護を受けていたが、困窮していて闇バイトに応募したと見られるケースもある。これは保護費が少なすぎるが故の犯行ではないだろうか。
このように劣悪な福祉がまかり通る現実は、社会福祉の歴史に登場する「劣等処遇の原則」をほうふつとさせる。劣等処遇の原則とは、自立した最下層の労働者の生活水準よりも救済水準を劣等にすべきであるというものだ。かつてのイギリスの救貧法においては、強制労働をさせられる「ワークハウス」への収容が劣等処遇の内実であった。
劣等処遇の原則は人々の尊厳をひどく傷つけるものであったから、「真に困窮している人」でさえできるだけ回避すべきものと考えるようになった。当然、犯罪を抑止することもできなかったといわれる。日本の福祉は、100年前の水準にもどってしまったのだろうか。
闇バイトを回避するために
本記事では、劣悪化する福祉の問題が「闇バイト」を助長することを述べてきた。だがしかし、現代日本の法律上の原則からは、上記のような劣悪な施設の入所は強制できず、アパートなどの居宅での受給が原則である。
したがって、生活に困窮し住居を喪失しても、行政と交渉し、施設への入所を回避することは法的には、可能だ。もしすでに入所してしまった場合でも、交渉により速やかにアパートへの転宅もできる。行政との交渉のサポートをPOSSEも含めた各地の支援団体が行なっている。
もし生活に困り福祉にも頼れずに、闇バイトへの応募を考えている人は、諦めて闇バイトに応募する前に、支援団体にぜひ相談してほしい。
無料生活相談窓口
TEL:03-6693-6313 土日祝13:00~17:00
メール:seikatsusoudan@npoposse.jp
LINE:@205hpims
*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。