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FWとして覚醒したきっかけは、あの元ブラジル代表Jリーガーだった【日本が決定力を高めた理由】

清水英斗サッカーライター
2026 FIFA W杯 アジア最終予選(写真:ロイター/アフロ)

決定力不足も、今は昔。

現在の日本代表は爆発的な得点力を誇り、かつチャンスが少ないこう着した試合でも、重要なゴールを挙げて試合を決める、決定力を備えるようになった。


前編中編では、上田綺世や久保建英、堂安律など様々な選手のゴールの秘密について、『TRE2030 ストライカーアカデミー』の代表であり、日本初ストライカーコーチとして活躍するFW育成の専門家、長谷川太郎氏に語ってもらった。今のA代表選手たちのプレーは、ゴールテクニックの宝庫だ。

前編:サッカー日本代表 『決定力激増』の秘密を解き明かす

中編:久保建英、堂安律のカットインゴールを分析した結果、わかったこと

だからこそ思うのは、「いったいいつから?」「いつの間に?」という疑問である。約10年前、2015年のアジアカップで、アギーレジャパンが準々決勝敗退の憂き目に遭ったときは、確かに「決定力不足」という言葉がメディア上で踊った。だが、10年後、それはもはや死語に近い。

なぜ、日本代表はこれほどシュートに長けた選手が増えたのだろうか。答えるのが難しい疑問ではあるが、思い切ってぶつけると、長谷川氏は自分の考えを語ってくれた。


「世界のサッカーの映像を自由に観ることができるようになったとか、様々な影響はあると思いますが、私個人的には(イビチャ・)オシムさんが大きいと思っています。自分が現役のとき、2005年くらいですが、みんながオシムさんのことを話していて、真似したり、意識したり、あの方がいたおかげで、指導者の質というか、知識の向上、アプローチの仕方がすごく変わったと感じます。今はそれから20年くらい経ち、あのとき選手だった自分のような人間が指導に携わったりとか、そういう経験が受け継がれてきました。オシムさんだけではないですが、先人の指導者の方々が築いてくれたもののおかげで、今のサッカーがあるんだなと思います。

 また、時間が経って、引退した選手が指導者になるケースが増えているので、質の高いデモンストレーションをできる人が多くなったことも、質の向上に影響があると思います。この前、現役時代のチームメイトと話しましたが、元プロ選手とずっと蹴る機会があって、うまい人を真似していたから、うまくなれたと。そんなことを言っていました。私は言語化も大切にしていますが、選手によってはデモンストレーションをして、視覚や聴覚などの五感を刺激したほうがいい場合も多々あります。言葉で伝えるか、ビジュアルで伝えるか、やって見せるか。その方法は指導する相手を見てアプローチしていますが、伝え方の幅は広くなったと思います。

 そこからさらに向上心を持ち、指導されたこと以上の探求をする選手は、指導者の上を行くようになります。その点は自分たちの時代よりも、選手のイメージ力というか、海外の映像を見たりもできるので、そういう中で質を伸ばす選手が増えた気がします。A代表の選手を見ても、サッカーへの探究心を持っている選手が多く、海外でも色々なものを吸収しているので、全体的な質が上がっていると思います。

 まとめると、日本代表の決定力が一気に上がった、というよりは、今までの蓄積が花開いてきた感じですね。自分たちはそれを途切れさせないように、今後もつないでいかなければいけません」

技術の継承。知識の継承。サッカーの継承。

長谷川氏も現役時代、とある元ブラジル代表Jリーガーのプレーから、大きな学びを得たことがあるそうだ。自身も育った柏レイソルに所属した、その選手の名は、フランソアウド・セナ・ジ・ソウザ。通称フランサだ。

「私も現役時代の中頃までは、あまりサッカーを深く考えていませんでした。ただ、柏にいたFWのフランサと話したとき、ボールの回転をどうやってかけるか、逆にかけないか。彼は回転までこだわって、技術を突き詰めていました。

 たとえば味方の右サイドからのクロスに反応するとき、ボールは左回転で飛んできます。フランサは、ボールの回転をなくさないように、インステップでカットするように蹴り、より回転をかけてボールの勢いを更に増すようにしてゴールを決めたことがあると教えてくれました。そこまでこだわっているのかと驚きましたが、ゴールなんてボール1個分の差で決まるか決まらないかなのです。そこにこだわらないと世界では通用しない。さりげなくフランサが語った言葉が、すごいなと思いました。

 また、FWは背中を向けてボールを受けることも多いのですが、動き方や駆け引きも勉強になりました。基本的にはマークされているDFと一緒に移動しますが、味方がコントロールした瞬間、少し斜めにDFから離れる。スライドする方向と逆へ動く。そしてボールを見つつ、間接視野で相手を見ながら腕を入れる中で、もし腕が当たらなければ、そのままターンできるし、腕が当たったときはその場所で相手の重心がどちらに傾いているかがわかるので、スルッと身体を入れ替わるように、相手を軸にしながらターンする。相手の力を利用してターンできれば、相手は怖がってプレッシャーに来なくなるので、駆け引きが有利になります。

 そういうフランサのような上手い選手が当たり前にやっていることを、自分でも試してみたら、こういう感覚なんだと、30才を越えてから理解できるようになってきました。それまではドリブルばかりやっていた私ですが、色々わかるようになると、最後の3年間くらいはサッカーがより楽しくなりました。

 『ブルーロック』というサッカー漫画でもありますが、いくつかの成長のきっかけのようなパズルがつなぎ合わさり、ある瞬間に覚醒する。私は30才を越えてから、それを経験したのですが、若い選手や子どもたちには今から伝えていきたいと思っています。プルアウェイのステップとか、細かいポイントはたくさんあるので。

 そういう意味で言えば、今の日本代表は若くて身体のキレがあるうちから、すでに覚醒しているから、決定的なプレーをできるのだと思います。

 しかも、全員です。全員がこれほどゴールを決めそうな感じは、この日本代表が初めてのような気がします。昔はストライカー、ファンタジスタ、黒子のサイドバックとか色々ありましたけど、今はみんなが決めそうな期待感がある。すごいなと思いますね」

長谷川氏は、今のA代表のように世界の舞台でゴールを奪える選手を育てるべく、2015年から『【TRE2030 Striker Project】〜2030年 みんなで育てよう! W杯得点王〜』というビジョンを掲げ、ストライカーの育成を行っている。

「2030年W杯の得点王を輩出しようと活動してきたので、あと5年しかありませんが、自分がやりたかったこと、ストライカーコーチやストライカークリニック、キャンプは増えてきて、思った以上に文化が広がってきてくれました。今後はより日本のサッカーに貢献できるようにしたいです。また、これからは2015年から10年やってきた中での蓄積を、ストライカーコーチ講座として、指導者へ還元していこうとも考えています」

日本代表の決定力が驚くほど高まってきたのは、偶然でも、突然変異でもない。たくさんの人の蓄積が今、大輪の花を咲かせようとしている。

取材協力:STRIKER One

『ストライカーワールドセレクト』 2024/2025

https://academy.tre2030.com/news/striker-world-select2024-2025/

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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