「嫌悪感を抱かせる生々しさが一番得意」。東京国際映画祭が世界に紹介する日本の鬼才・吉田恵輔。
バッドエンドも面白いけど、
最後に飴玉1個転がしたくなる。
会場を日比谷・有楽町・銀座エリアに移し、10月30日に開幕する第34回東京国際映画祭。現在の日本を代表する邦画作品を紹介してきた『Japan Now』部門に代わり、より多様性に富んだ邦画作品を世界に向けて紹介すべく新設された『Nippon Cinema Now』部門では、最新作『空白』が公開されたばかりの吉田恵輔監督を特集する。
『空白』は、サスペンスフルな人間ドラマ。万引き犯とされ、スーパーの店長・青柳に追いかけられた中学生の娘が逃走中に車に轢かれて死亡したことから、娘の無実を証明しようとする添田が、店長を激しく追及するうちに、周囲の人々をも追いつめていく。
常に怒気を放っている添田、疲弊していく青柳をはじめ、リアルに人間心理を抉りつつも、最後に感じさせてくれるのは「人間は捨てたもんじゃない」ということ。これこそが、映画監督・吉田恵輔の描きたいものなのでは?
「そうですね。自分はわりとそれ、やっちゃいますね。映画には突き放して終わるバッドエンドもあっていいんだろうけど、どうしても最後に飴玉1個転がしたくなるんですね。バッドエンドの映画を観て、“うわっ、なんか胸糞悪い”と言いながら出てくるのも面白い。でも、そういうものを自分が作るかというと、またそれは別ですよね」
この特集で上映されるのは、『空白』『BLUE/ブルー』という今年公開の2作と16年の衝撃作『ヒメアノ~ル』。
お調子者の家庭教師と秘密を抱えた女子高生のラブコメディ『机のなかみ』で商業デビューし、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』『銀の匙 Silver Spoon』などハートフルな作品も撮ってきた吉田にとって、森田剛が快楽殺人犯を演じたことも話題を呼んだ『ヒメアノ〜ル』はどういう位置付けなのか。
「初めて得意なもので勝負した感じですね。不良文化の中で育った人間なので、バイオレンスみたいなものは得意ではあるし、若い頃はアイドルとかオタクとかを見下してたところがあったと思うんですよ。それが映画監督になると、自分が知らない世界を描きたくなる。自分にとってのファンタジーとして、アイドルとかオタクのようなものをやっていた中で、俺のことをよく知っている『ヒメアノ〜ル』のプロデューサーが“もっと生まれ育った場所みたいなものを描いたほうがいいんじゃない?”というので、“それもあるよね”と」
この人のこういうところがすごい嫌い。
そんな「あるある」をどう見せるか。
その後は、得意なものにシフトしてきている感覚はあるのだろうか。
「あるのかもしれない。“こういう人のこういうところが、すごい嫌い”みたいな、“あるある”。そういう恥部をほじくり出すのが、俺の一番得意ではあるんだけど、それをポップに見せるか、冷たく見せるか、生々しく見せるか。そういう見せ方でいうと、生々しいのが一番得意といえば得意なんですよね。それも嫌悪感を感じる生々しさが一番得意な気はする」
「『空白』も事故のシーンとか嫌でしょ。あれもほかの監督ならアクションシーンのように撮れるけど、俺が撮ると罰ゲームみたいなことになっちゃうんです。見ちゃいけないものを見てしまったような感じ。『ヒメアノ〜ル』も、防犯カメラで殺人事件を見ている感覚みたいな雰囲気ですね」
とはいえ吉田は、見てはいけない状態そのものを直接的に見せない。『空白』もショッキングな状況をリアルに描くことで、見えていない部分をより強烈に想像させる。
塚本晋也監督作品の照明を担当してきた吉田は、日本外国特派員協会で行われた記者会見で「塚本監督の作品には、誰が撮ったか知らずに観ても塚本監督が撮ったとわかる塚本監督らしさがある」と話していた。自身の作品の吉田恵輔らしさはどういうところにあると感じているのだろう。
「わかんないけど、少しカラーはあるんじゃないかなと思うんですね。こうして特集していただけている時点で、ある種俺っぽいみたいなことは言ってもらえてるんだろうし。それに、わざと“俺っぽい”というふうに仕込んでやってるものも結構ある。登場人物が大事なことを独白するのは、だいたい昭和っぽい居酒屋なんですよね」
映画製作のプロセスで
一番好きなのは…
『ヒメアノ~ル』など漫画の脚色も手がける一方、近年は『空白』『BLUE/ブルー』と自らのオリジナル脚本による作品が続いている。映画製作の全てのプロセスで一番好きなのは?
「一番好きなのは、ダントツでダビング。編集が終わって、色も調整されて、音楽の発注終わって、その音を調整するとき。多分、映画監督はみんな、それが一番好き。
撮ってる時は“いい映画になる”と思って撮ってるけど、“明日、雨降ったらどうしよう”とか、いろいろ不安があるわけよ。で、それを編集して、“これならいいな”となったものを何回も観て、ここからダビングというときには、もうプラスしかないの。今まで聞き取りづらかった台詞がちゃんと聞けるようになり、一個一個の音も付いてくる。ボクシング映画の『BLUE/ブルー』なんて、編集してるときはパンチが当たる音とかないから弱そうなんだけど、付いていくと迫力が出てくる。撮影してるときのような天気の不安も一切ない、今日明日明後日でどんどん映画が良くなるだけの日というのは、ただただハッピーな気持ちになる(笑)。
脚本を書いてるときは、脳に電気が入るような喜びは非常に強いけど、一番苦痛でもある。一番苦しいけど、“ああ、それだ!”と思ったときの幸福度みたいなのが一番あるかなという気はします」
『空白』は、吉田監督が得意とする「あるある」が共感を誘う作品でもある。脚本を書いていて、自分で泣けてくることはないのだろうか。
「俺、部屋で全部演じるんだよ。だから、“ここで涙が流れる”と書いてあるシーンは、俺が3回ぐらいやって、3回とも泣いたポイント。
これまでの作品でもわりとそういう感じで書いてますね。“何かこれ、言いづらいな”とかもあるし、“告白するにしても何かもう2ターンくらいないと、「好き」という勇気は俺にはないな”とか。そういうことを結構やるので、自分が演者だったらやりやすいセリフ回しにしちゃうから、より一層、俺の癖が出ちゃうかもしれないけどね。
(添田の心境に変化をもたらす)片岡(礼子)さんのシーンもめちゃめちゃやってるもん。監視カメラで撮られてたら、すごい気持ち悪い画だと思うよ(笑)」
映画監督を目指したきっかけは
ジャッキー・チェン
そもそも監督を志したきっかけは、子供時代にジャッキー・チェンの大ファンになったから。まだ会ったことはないそうだが、ジャッキーで映画を撮りたいという野望は?
「今はもう、それはないかな。さすがに、俺にその能力と発想力はないもんね。 俺、ジャッキーのカンフーが好きなんだ。そこにあるものを使っていかに面白く撮るかというのをもう40本ぐらい撮ってるから、ネタ切れまくる(笑)。
それに、俺はアクション映画も得意じゃないし、カンフー映画は多分撮れない。以前、俺の作品でアクション部に来てくれた人に、“吉田さんがいつも撮ってるのはアクションじゃなくて暴力ですね”と言われたことがあって(笑)。だから、『るろうに剣心』みたいな派手なアクションものみたいなのは撮れない。斬り合ってるのが防犯カメラに映っちゃったという映像になっちゃう。俺が一番面白く撮れる自信があるという感じじゃないと、ちょっと手を挙げたくない気はするな」
そんな鬼才の魅力が、『Nippon Cinema Now』で世界に紹介される。吉田自身の世界への思いは?
「世界に注目されてる監督を見ると、“ああ、いいな”とか思ったりするけど、どこか自分とは関係ないなという意識が今もあるし、“えっ、俺?”っていう感覚が正直なところあるんだけど(笑)。それでもね、そういうふうに1人でも多くの人に観てもらえるのはありがたい。でも、俺、これまで、『キネマ旬報』とかのベストテンに1回も入ったことないからね」
とはいえ、『空白』を観た人なら、今年のベストテン入りは確実と感じるはず。
「うーん、7位とか8位とか。10位以内には入ってくるかもしれないけど、結構惜しい11位とか(笑)。だから、別に、俺、何でもいいんだよね。これは監督として一番良くないことなんだけど、本当はもう、自分が作って、自分が観て、満足した時点で終わってるんだよね。頭の中では次の作品のことにすぐシフトしちゃう。
もちろん作品のことは、なるべく“面白い”と思ってもらいたいけど、感想は十人十色だしみたいな感覚もあるし。逆に言うと、悪いレビューを読んでも、その人がそういう見方をするのは自由だから気にならない。もし俺がツイッターとかやってて、そこに“つまんないな”とか攻撃してこられたなら腹立つだろうけど(笑)。その人が感じたことを書くのは自由なんだから」
笑いを封印し、巨匠の風格すら漂う『空白』の次回作は、真逆なトーンのおバカな作品なのだとか。
「“俺たちの元から離れてったな”と言ってたら、ダッシュで帰ってきたみたいな(笑)。またいつものノリが帰ってきたみたいな感じになる。自由でいたいなっていう意識が強いですね」
吉田恵輔/1975年生まれ。2006年に『なま夏』を自主制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。『机のなかみ』(’07)で商業デビュー。(吉田監督の“よし”は、土と口)
第34回東京国際映画祭
開催期間:2021 年 10 月 30 日(土)~11 月 8 日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区