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「フライボール革命」の先駆者に、大谷翔平のバッティングの凄さを聞く(1)

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 どのスポーツでもそうだろうが、メジャーリーグでも常に他球団より、他者よりも優位に立つために、さまざまな新しい試みがなされている。しかし、新しい何かはメジャーリーグの内部ではなく、メジャーリーグの外にいる人たちの試みと実践がきっかけになっていることが多い。

 日本でもよく知られるようになったシアトル郊外にあるドライブラインは2012年に設立され、動作解析をし、蓄積したデータから、最適なフォームを探り出すというサービスを提供している。メジャーリーグに及ぼした影響は大きく、今では、ドライブラインで仕事をしていた人たちが、球団のコーチや解析スタッフとして働いている。

 バッティングを変えた「フライボール革命」のきっかけとなったのも、プロ経験のない、全く外部の人物だった。カリフォルニア州ロサンゼルス郊外で、打撃コーチをしているダグ・ラッタさんだ。彼の顧客には、ジャスティン・ターナー、ムーキー・ベッツがいる。フライボール革命とは、効率的に得点するにはゴロを打つよりも強いスイングで打球に角度をつけて打ち上げるほうがよいとするもの。ターナーは、メッツに在籍していた2013年まではパワーに欠けるユーティリティー選手であったが、ラッタさんのコーチングを受けたことで、30歳近くになってから、ようやく打撃が開花した。

 メジャーリーグでは2015年から、ボールの打球角度や速度を数値化するスタットキャストが導入されて、打球角度が26-30度、打球速度158キロ以上が本塁打になりやすいと割り出された。

 しかし、ラッタさんは1990年代後半から打撃の指導を始めており、腕の軌道が適切であれば自然とアッパーカットを感じるスイングになる、と考えてきた。メジャーリーグはスタットキャストによる数値化の助けを経て、15年ほど遅れて、フライボール革命にたどりついたともいえるだろう。

 昨年のシーズン終盤、ラッタさんが、大谷翔平のバッティングをどのように見ているかについて取材したので、ラッタさんの見立てをご紹介したい。

 ラッタさんの話を理解するためのキーワードとしては、「地面から力を得る」、「バランス」、「打撃におけるタイミングの重要性」、「そのように動けばスイングが自然にできる適切な体の使い方」などがある。

 「どのように体を動かすか。どのように地面をしっかりと捉え、使うか。たくさんの人が話していることだけど、本当に理解しているとは思えない。本当に地面をうまく使うには、体をかなりきつい枠の中で動かさないといけない。これは、ピッチャーというアスリートにとっては極めて自然なことである。もう一度言うが、多くのバッターは地面を最大限に使えていない。肩を使い、腰を動かし始めるのが速すぎると、実質的に地面からの力を失ってしまう。だから、動きのタイミングと、その動きが実際にどのように機能しているかがすごく大事なのだ。ショーヘイの場合は、準備から最初の動き、バッターボックスで構えてスイングするまでのあらゆる要素を捉えれば、一つのことが分かる。すぐに着地し、地面を両足で非常にしっかりと捉えている。それから、スイングを始める。ショーヘイは、ボールの軌道に合わせた、ダイレクトハンドパスと呼ばれる腕の軌道でとても効率的にそのエネルギーを伝えることができ、そのエネルギーをあまり失うことなく、本当にうまくキープしているのだ」

 ただし、野球をする子どもたちや他の選手も、大谷のバッティングをマネすればよいというわけではないと言う。

「すべてのバッターの動きは、かなり個別的なものだ。この100年間の打撃の問題点は、誰もが偉大なバッター、ショウヘイ、マイク・トラウト、ミゲル・カブレラ、ベーブ・ルース、バリー・ボンズなどを取り上げて、誰もがそのようにするべきだ、と言おうとすることなのだが、打撃にはモデルがない。人の体の動きはそれぞれ少し違っている。しかし、ほとんどの優れたバッターに共通しているのは、タイミングがいいということだ」

 そして、大谷のタイミングの取り方について、このように続けた

 「彼が今、持っているような素晴らしいスイングができたとしても、タイミングがずれていたら、それほど良いものにはならないだろう。ショーヘイは最初の動きでいいタイミングが取れていて、それは前側の足のわずかな動きに表れている。右の腰を早く開きすぎることなく少しだけひねって体をコントロールすることができ、いい位置に着地して、両足が地面に対して文字通りフラットになっている。一コマごとに見ていけば、後ろ側の足が地面をしっかりと捉えていることが分かるだろう。それから、その足を解放し、パワーを生み出すことができる。極めて巧みに地面からパワーを生み出している。ショーヘイは体が大きく、すでにちょっとしたテコを持っている。そして、ボールの軌道に合わせるのが実にうまい。先ほど、彼は地面を非常にうまく使うことができると話したが、彼はスイングをするとき、地面をキープし、なおかつコントロールできるような動きを作り出すことができた。そして、そのメカニクスはかなりクリーンだ。きれいなトップハンド軌道でボールのラインに入る。そして、ボールをとらえ、それを打ち抜くことができる。その結果、明らかに、彼はもっと空中へ向けてボールを打つことができる」

 先に述べたようにラッタさんは、打球の角度という数字から最適なバッティングを導き出しているのではない。ラッタさんは身体への気づき、感覚も重要視しており、大谷にはこれが備わっているのではないかと推測した。

 「彼はアスリートとして、身体への気づきがよいと、私は推測する。一部の選手は、ただプレーしているだけで、自分の体がどのように動いているのか、自分が何を感じているのかということを、あまり意識できない。上にいけばいくほど、実際の修正点、問題点は非常に小さくなる。感じられないことをどうやったら修正できるのだろうか。だから、アスリートにとって身体に対してより気づきがあることは、大きな恩恵があるといえる」

後半は、ラッタさんの指導法と打撃哲学についてジャスティン・ターナーの話も含めてレポートする。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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