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食糧危機と伝えられているのにロシアの食糧支援を断った北朝鮮の「不思議」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
握手するプーチン大統領と金正恩総書記(労働新聞から)

 今月は11日から18日にかけての金正恩(キム・ジョンウン)総書記のロシア訪問に国際社会の関心が集まっていた。

 無理もない。ウクライナに侵攻したものの苦戦を強いられているロシアに北朝鮮が武器を供給すれば、ウクライナ戦争が長引く恐れがあり、また仮に北朝鮮の核・ミサイル開発にロシアが技術支援すれば、北朝鮮の「脅威」が一段と増すことから露朝の軍事提携に無関心でいられるはずはない。

 それと、忘れられている感があるが、今月は日本も韓国も北朝鮮とは否が応でも関心を払わざるを得ない「メモリアルデー」がある。

 一昨日の17日は21年前に小泉純一郎総理(当時)が拉致問題解決のため訪朝し、故金正日(キム・ジョンイル)前総書記との間で「日朝平壌宣言」を交わした日である。北朝鮮が「でっちあげ」と言い続けていた日本人拉致を認め、拉致被害者5人の帰国を容認した日である。

 また、今日19日は韓国にとっては5年前に文在寅(ムン・ジェイン)大統領(当時)が訪朝し、金正恩(キム・ジョンウン)総書記との間で調印した「平壌共同宣言」(「9.19合意」)の日である。南北が「軍事対決を終息し、核の脅威のない半島にする」ことを誓った日である。

 「日朝平壌宣言」では懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが盛り込まれ、また「平壌共同宣言」では南北の和解と協力が謳われていた。しかし、時の流れと共に両宣言とも「不渡手形」となり、今では紙切れ同然となってしまった。

 その原因は日韓にすれば、偏にすべての拉致被害者を返そうとしない、あるいはミサイル発射を繰り返し、朝鮮半島の緊張を高めている北朝鮮にある。換言すれば、北朝鮮の約束不履行にある。それでも、日本も韓国も宣言を破棄しようとはしない。

 日本は小泉政権から安倍―福田―麻生、そして民主党の鳩山―菅―野田政権になってもまた再び自民党政権となり、安倍―菅―岸田政権になっても「日朝平壌宣言に基づいて拉致、核・ミサイルの諸懸案を包括的に解決し、北朝鮮との間で不幸な過去を清算して国交を正常化する」ことをモットとしている。

 また、金正恩政権への対決姿勢を打ち出している韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権も政権発足(2021年5月10日)当初から「北朝鮮がミサイル発射などの挑発を続けるならば『9.19合意』の破棄も辞さない」と発言し、担当部署の統一部も「9.19合意」無用論を唱えているが、北朝鮮が「尹政権相手にせず」の非妥協的な態度を一変させ、ある日突然対話を呼び掛けて来るかもしれないとの淡い期待からなのかなかなか合意破棄に踏み切ろうとはしない。

 日本及び韓国では北朝鮮が国際社会の制裁と圧力で経済的に困窮し、食糧確保もままならず、餓死者が発生していることからそのうちに手を差し伸べて来るのではとの見方が支配的である。

 日本人拉致被害者の家族会が親の世代が存命のうちに拉致問題を解決するため岸田政権が北朝鮮への人道支援を交渉カードに使うことに「反対しない」との方針を決めたのもそうした北朝鮮の食糧危機が背景にあるからであろう。

 新型コロナウイルス発生で北朝鮮が3年間国境を封鎖し、入国規制を緩和した後も世界食糧計画(WFP)や国連農業機構(FAO)の平壌駐在員の再入国を認めていないこともあって北朝鮮の食糧事情については今一つ正確なことは不明だが、韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は今年5月31日、韓国の国会情報委員会で「北朝鮮の食料難が深刻化している」と報告していた。

 また、「餓死者が例年の3倍に達し、自殺者も昨年より4割ほど増加した」との見方を示していた。その結果、社会の秩序が乱れ、「凶悪犯罪が昨年同期の約100件から約300件に増加し、物資を奪うために手製爆弾を投げつけるなど大規模な組織化した犯罪も発生している」と報告していた。十分にあり得る話だとみられていた。

 食糧確保は北朝鮮にとっては最優先課題である。食糧はまさにのどから手が出るほど欲しいはずだ。それだけに北朝鮮は「今は困ってないから」と言って、ロシアからの食糧支援を断っていたとの平壌駐在のロシアの大使の発言には正直驚いた。

 ロシアの「タス通信」の17日付の報道によると、平壌駐在のアレクサンドル・マツェゴラ大使は金総書記の訪露への「土産」として北朝鮮に対して「食料支援をする準備ができた」と伝えたのに「北朝鮮側が望まなかった」事実を明らかにしていた。

 報道によると、マツェゴラ大使は「2020年に我々は5万トンの小麦を人道的支援レベルで無償提供し、これをまた遂行する準備ができていると話したが、北朝鮮側は『今は問題ない』と答えた」とのことだ。

 大使によると、北朝鮮の今年の食料収穫量は「かなり良い」水準らしく、北朝鮮は食糧よりもむしろエネルギー、電力不足を解消するため水力発電の協力をロシアに求めたようだ。

 ロシア大使の発言が国情院の情報と違ったことについて国情院は「上半期は食糧難だったと推定している。その後、食糧の輸入が増加し、小麦と大麦の収穫が増えたので状況が少し変わったのであろう。秋になれば、状況はまた変わってくるだろう」と釈明していた。

 北朝鮮が食糧危機に瀕し、日韓に救いを求めない限り、日朝関係も南北関係も動かないというのでは何とも心もとない。

(参考資料:北朝鮮で本当に餓死が発生しているのか? 韓国の国策研究機関の研究員が分析した「北朝鮮の食糧事情」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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