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未開拓の北欧音楽 都市の人がこっそり聞く「地方の音楽」とは?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
Photo: Morten Bjerk

北欧音楽と言えばポップ、エレクトロニカ、ブラックメタル、ジャズが有名だ。だが、それは国際市場でのことで、現地では異なる音楽が人気だったりする。

ビグデロックとは?

ノルウェー国内で今うなぎのぼりで人気急上昇中のジャンルといえば、「ビグデロック」(bygderock)だ。

日本語に訳すなら、「方言で歌われた、ノルウェーの村々で派生したカントリー・ミュージック」だろうか。ロックというよりも、カントリー、アメリカーナ、フォークミュージックにより近い。

実はこのジャンル、日本では有名なブラックメタルよりも現地では聞かれている。言葉や文化が近いお隣のスウェーデン(特に首都ストックホルム)にもリスナーがいる。

ビグデロックには、実は以前は「地方在住者が聞く音楽」というイメージがあった。

都市の住人は「ビグデロックを聞いている」ことを公にしはしたがらなかった。でも、Spotifyでは今やリスナーの大半は都市の人々になりつつある。

ビグデロックの良さをやっと認め、「聞いていることを隠さない」人が増えてきたのだ。

私はオスロ大学で「ノルウェー音楽」の授業も履修していたが、外国人向けだったため、取り扱われるのは国際市場で人気があるジャズやブラックメタル。ビグデロックのことは学んでいなかったので、後から知って、「とても気になる!」と好奇心がうずいた。

なぜなら、ビグデロックというジャンルを語る時に必要な知識が「都市と地方」という考え方。これはノルウェー社会や政治を理解するうえで、欠かせない重要用語だ。例えば、ノルウェーではなぜ数少ない野生オオカミを射殺するのかという議論でも、「都市と地方」の価値観の対立を知らなければ、理解できない。

音楽にも「都市と地方」の構造が関わってくるなんて、なんておもしろいんだ!

と、私は思ってしまうのだ。

そもそもノルウェーは歴史的に「農民の国」ともいえるほど、60年代に油田開発が始るまでは農家によって支えられてきた。

お酒やパーティーから美しいポエムへ

ビグデロックという音楽ジャンルが地方や田舎と強く結びつく中、人々が連想したのは「お酒」、「下ネタ」や「パーティー」だった。

昔ならではのビグデロックといえばHellbilliesが有名。

それが、最近はイメージを変えており、悲しみや失恋を歌うような、「日常的な美しいポエム」のような歌詞になってきているのだ。

以前だったら、居間で子どもに聞かせられるような歌詞ではなかったが、今はキッチンで料理をしながらのお供に、庭仕事をしながら、ベランダでゆっくりしながら、子どもにも聞かせられるような、美しく、哀愁漂う音になってきている。

ビグデロックというジャンルを聞いており、美しい音楽だと首都オスロ、都市ベルゲンやトロンハイムの人が認め始めた。

「5年前なら、オスロの人は聞いているなんて絶対に公言はしなかった」と業界では言われていたのが嘘のようだ。その変化は現地でもニュースになるほど。

相変わらず方言で歌われているが、ノルウェーの人はもともと他の地域に引っ越しても方言を話し続けるので、多様な方言には聞きなれている。

さて、ビグデロックを代表するバンドといえば、「ロートラウス」(Rotlaus)や「ハールハウス」(Hardhaus)が代表格だ。

現代の巨匠ロートラウス

本人にビグデロックの良さを語ってもらおう

こういう時期なので、Hardhausのボーカリストのヴィーダル・ヘルダルさんに電話でインタビューをして、その魅力を語ってもらった。

「ビグデロックは、たくさんのスタイルが混ざり合ったもの。ロックでもあり、カントリーでもあり、フォークロックでもあり、ポップでもあります」

「ブラックメタルも、もともとは90年代に地方で育った音楽なんですよ。地理的に長い国なので、市民は方言を愛して大切にしてきました。今の都市は地方があったおかげで成長したともいえる。たくさんの人が今も地方に住んでいて、地方在住者こそが国の魂ともいえます」

ビグデロックという言葉自体も、人々が方言で歌う頃から名付けられた新しいノルウェー語だとヘルダルさんは話す。

彼がまだ若かった頃はCDで音楽を聞くことが普通で、新しいCDが出るのを待つのが楽しみで仕方がなかった。CDのカバーをアートとして見て楽しむことは、デジタル時代の今は失われてしまったが、ヘルダルさんの音楽への情熱は変わらなかった。

Photo: Kai Hansen
Photo: Kai Hansen

「今のビグデロックは、普遍的な人間の感情を歌っています。悲しみや失恋などは、誰もが体験していることですからね」

ビグデロックというジャンルでは必ずしも通常の音楽のPR戦略が必要とされていない。都会に住む音楽ジャーナリストは地方のことを忘れがちで、都会向きの音楽ばかりに目が行ってしまいがちだからだという。

「ビグデロックはもう大きな市場となっていて、とても市民に近い『フォルケ』な音楽なので」、今いるリスナーとのつながりでも十分にやっていけるとヘルダルさんは話す。

北欧社会をさらに理解できる言葉「フォルケ」

この「フォルケ」(folket)という言葉は「フォルケリ」(folkelig)とも言い、デンマーク語やスウェーデン語にも存在する。

日本では、デンマーク語やノルウェー語で「心地よい」という意味の「ヒュッゲ」(hygge)、フィンランド語で「忍耐」を表す「シス」(sisu)がすでに話題になっただろう。

実は、それと同じくらいに、今後知っておくとためになる北欧の言葉が、「フォルケ」だと私は思う。

市民らしさ、普通の人らしさ、地方の人、農家、日常らしさ、典型的な大多数の人、などを連想する言葉だ。

例えば、日本でも人気のあるヴィンテージの北欧食器のかわいらしい絵柄もフォルケリであり、政治家はフォルケリではないと市民から人気を得られにくい。

つまり、「ビグデロックがファンに根強く支持されるのはフォルケリだから」とヘルダルさんは言っているのだ。

地方の哀愁を感じるファッションと家畜小屋とは?

Photo: Morten Bjerk
Photo: Morten Bjerk

実はこのアルバム『Prellaer a』のカバー写真には、ビグデロックやフォルケリを象徴するシンボルがたくさん詰まっていて、とてもおもしろい。

ジーンズ、革ジャン、ジーンズジャケット、キャップ、カウボーイハット、自家製ネックレス、コンバースの靴、Tシャツなどのファッション。

昔の地方でのコンサート会場を連想させる家畜小屋が舞台。加えて干し草、ワイン瓶、牛乳缶など。昔は、夏になると空きスペースができる家畜小屋の2階を借りて催しが行われていた。写真では干し草が少ないので、これからパーティーが始まる準備ができているということになる。

ノルウェー、フィンランド、アイスランド、デンマークの人たちなら、このシンボルの集合体をみて、「お!」とすぐに哀愁を感じる。

新型コロナで打撃を受ける音楽界

さて、新型コロナの影響で、ノルウェーの音楽界も大きな打撃を受けている。

昨年の収入額に応じて国から日当手当は補償されるが、コンサートや音楽祭の中止でたくさんの人々が仕事の機会を失っている。それでも、ヘルダルさんは未来の音楽業界を明るく見ている。「音楽に飢えている観客が、私たちを待っていますからね!」と笑うヘルダルさん。

ノルウェーでは政府が3月12日から様々な規制に乗り出した。その時にロンドンに出張に行っていたヘルダルさんは、帰国後は2週間の自宅隔離に入り、多くの時間を家で過ごす。

現在はアーティストたちがライブを生放送でFacebookなどにアップしており(閲覧は無料)、ファンは送金することで好きな音楽を支えることもできる。

Hardhausのカルチャーハウスでのライブもアップされているので、自宅で過ごす時間が増えている今、遠くかなたの国のカントリーミュージックを聞いて、ちょっと心を休めてみるのもいいかもしれない(YouTubeリンクはこちら。公開期間は1週間ほど)。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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