驚異的なレコードで重賞を勝った2歳馬に対する伯楽と名手の評価とは
キャリア2戦目の重賞で1番人気の支持
11月16日、東京競馬場のメインレース、東京スポーツ杯2歳S(G3、芝1800メートル)をコントレイル(牡2歳、栗東・矢作芳人厩舎)が優勝した。
舞台となる東京競馬場の1800メートルは最後の直線だけでなく、スタート後の向こう正面の直線も長い。そのため道中、息の入る場面が少ない。つまり、それだけ実力を要されるシチュエーションといえる。だからこのレースの過去の勝ち馬の中にはディープブリランテやワグネリアンら後のダービーウイナーやG1ホースが多数いる。
今年は8頭立てと決して多い頭数ではなかったが、役者が揃った感はあった。
新馬戦はペースが遅かったため勝ち時計こそ平凡だったが、33秒台の脚で最後方から楽々と差し切ったアルジャンナがいた。ディープインパクトとアパパネの子供という事でデビュー前から評判になっていたラインベックは1番人気に応えて新馬、中京2歳Sと2戦2勝でここに臨んで来た。名門藤沢和雄厩舎でリーディングジョッキーのクリストフ・ルメール騎手が乗るオーロラフラッシュは直線半ばでもまだ「届かないのでは?」と思える位置から差し切って勝ち上がって来ていた。
そして彼等を差し置いて1番人気の支持を得たのがコントレイルだった。
父ディープインパクト、母ロードクロサイトの2歳牡馬は、栗東・矢作芳人厩舎の管理馬。9月15日に阪神競馬場、芝1800メートルの新馬戦でデビューした。このレースでは出走9頭中最も速いスタートを切ったが、手綱を取った福永祐一騎手は逃がす事をせず、好位に控えさせた。3コーナー手前では掛かり気味になったが、ここも鞍上が諦めずに抑えてみせると、直線ではほとんど持ったまま先頭へ並びかける。一瞬、逃げ馬に抵抗されるシーンがあったものの、気合を入れる程度に追うとアッという間に先頭。最後は流しながらも2着に2馬身半の差をつけ1分48秒9の好タイムで勝利してみせた。大物感たっぷりのその勝ちっぷりが評価され、2戦目での重賞初挑戦でも1番人気に推されたのである。
結果は名手も世界レベルと認めるモノ
さて、こうして1番人気馬となったコントレイルは冒頭に記した通り1着となるのだが、そのパフォーマンスはこの馬を支持していた人達をも驚かせるそれだった。前半1000メートル58秒8の流れを中団で追走すると、4コーナーでは外から進出し先行勢を射程圏に捉える。そしてラスト400メートルを切って先頭に立つとあとはもう独走態勢。ライアン・ムーア騎手に鞭など要らんとばかりに追われると2着アルジャンナに5馬身の差、3着のラインベックには9馬身もの差をつける独擅場でのフィニッシュ。走破時計は従来の2歳レコードを1秒4も更新する1分44秒5。これは3歳以上を含めたコースレコードに0秒3と迫る優秀な時計。2歳で、キャリア僅か2戦目でマークするとは正に度肝を抜かされる走りぶりであった。
後に日本ダービーを制するディープブリランテでもこの重賞を制している指揮官の矢作は言う。
「ブリランテはもっとパワータイプでした。今回はレースが流れてくれた事もあるけど、折り合いもコントレイルの方が楽につきますね」
優秀な厩舎だけに日々の調教の中でも折り合いに関しての教育はしているのだろうが、絶好のスタートを切りながらも好位で抑えた初戦の福永の手綱捌きがここに生きた点もあるだろう。調教師は更に続ける。
「少し口の敏感な面があるのは事実です。でも今回の競馬をみる限り、2000メートルまでは延びても大丈夫でしょう」
東京競馬場の1800メートルでこれだけ走れれば2400メートルでも大丈夫そうだが、ダービーディスタンスに対しては慎重に言葉を紡ぐ。
「名手が折り合わせてくれた事もあるけど、想像を超えた走りを見せてくれたので、2400でもそうなって欲しいです」
そう言われた名手・ムーアとはレース後にゆっくりと話す機会があった。ジョッキールームへ戻る通路を歩きながら名手は言った。
「2000メートルは勿論だけど2400メートルでも期待できる。今後が楽しみな若駒です」
今後については再び矢作の言。
「(東京スポーツ杯2歳Sの)競馬ぶりによっては朝日杯フューチュリティSに挑戦しようと思っていたのですが、この勝ち方なら(2000メートルの)ホープフルSですね。その後は弥生賞から皐月賞まで考えていきたいです」
ちなみにムーアに「世界でも通用すると思うか?」と問うと「レベルの高い日本の重賞であれだけちぎって勝てるのだから、行く行くは世界へ出ても戦える資格のある馬でしょう」という答えが返ってきた。
3週間前にはリスグラシューでコックスプレート(豪G1、芝2040メートル)を制した伯楽に「将来的にはコックスプレートですね?!」と声をかけると、ニコリと笑って答えた。
「行きたいですね。そういうタイプだと思いますから」
しかし、そこまで言った後、キリリと表情を引き締めて再び口を開いた。
「時計が速過ぎたので、脚元が心配です。まずはこの後の状態に注意します」
浮かれて遠くの月ばかりを見ていると足元の石に躓きかねない。こういう姿勢がこの厩舎を名馬達の梁山泊としている。そう思わせるひと言だったし、だからこそ彼の元からコントレイルのような馬が出て来るのだろう。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)